覚悟
トラウマ。それはきっと誰もが持つものであり、誰でも触れられたくはないものだろう。
コンプレックス。それも等しく心に陰を落とすもの・・・・・・・。
私はそれが人よりとても強かった。
絶望。絶望、絶望、絶望、絶望、絶望。
いままさに、雨宮好はそんな気分だった。
雨宮 好。19歳。性別女。
彼女の小さいころからの夢は歌手になることだった。・・・・・いや、現在進行形で彼女の夢はそれだった。
そのために今まで数多くの血の滲む努力をし、オーディションを受けまくった。しかし彼女のトラウマはいつでもその夢を阻んでしまう。
1時間前・・・・・・・。
「・・・・・よろしく、お願いします。」
オーディション会場、そこで好は小さな声を震わせながら、深々と頭をさげた。
彼女は、汗ばむ両手を握りしめマイクへ向かう。
「それでは21番の方。お願いします。」
その声を合図に曲のイントロが流れ始めた。
「・・・・・-------♪、♫ーーーー・・」
「・・・・・・・・・・え、」
審査委員のひとりから、そんな声が漏れ出る。
好は少し眉を寄せながら、それでも歌い続けた。
いつものように彼女彼女自身の声で・・・・・・・・
歌われている曲は、切ないバラードソング。しかしそれは男性ものの曲だった。それも、まったくキーを変えずに好は甘く切ない・・・・男性のような声と音程で。
シーーーン。歌い終わるとあたりは、静寂につつまれた。
「・・・・・・えー、結構です。次の方、」
「・・・・・・ありがとうございました。」
そういった好の声は、また普通の女性の声に戻っていた。
これが、彼女のトラウマの結果。好の声は歌う時のみ、声質が変化し、男性のような声がでてしまうのだ。好自身決してふざけているわけでもなんでもなく、どうしようもない。
好は深いため息をついた。さきほどの審査委員たちの顔を思い出す。
怪訝そうな顔、驚く顔、眉をひそめた厳しい顔。どれも好印象を持たれたような反応ではなかった。
(今回もあまり期待はできないな。)
そもそも元から好はこんな特殊な声を持っていたわけではない。これは彼女のトラウマの結果だった。
トラウマ。
彼女のそれは、幼いころにまでさかのぼる。幼い頃彼女にはコンプレックスがあった。
それは、舌足らずな声で聞き取りづらい・・・・つまりは滑舌がよくなかったのだ。
そのため好の声は、どこか甘えたな感じのするものだった。
当たり前、とういかどこにでもありそうな悩みである。が、
それで彼女はいじめにあった。
「わぁーーー気持ち悪い、可愛い子ぶって・・・」
特に幼い子供の発する言葉は辛辣だ。
もちろん好にそんなつもりはない。ただ、いつも自分は普通に話しているつもりであった。
本来、好の声は、ソプラノ。もともと高いのだ。それがさらなる勘違いをうんでしまう。
好は自分の声が嫌いになり、必死に努力した。発音や発生の練習をし、いまではむしろいいと言われるほどだ。
そして、どんなにあざ笑われようと歌をてばなすことができなかった。しかし確実に回りの攻撃は好の心に傷をつくった。
ある日突然
好は、本来の歌声を失った・・・・・・・・。
ザァァァァァーーーーーーー・・・・・・・・・。
「うわぁ・・・・・、しまった。傘持ってきてないってのに。」
会場を出るとそとはまさにどしゃぶりであった。
「・・・・・また、無理なのかな。」
審査員のあの表情が、まだ記憶にはっきり残ってしまっている。好は静かに目を閉じると、
ただ、小さく歌いはじめた・・・・・。
「・・・・・・・あぁ。みっけ。」
ここが、彼女の人生の大きな分岐点になることを彼女はまだ知らない。