それから…
ここに黒部小路がいる。
目次とにらめっこをしていた本を閉じ、最後に題名と著者名をたしかめる。
『黒き路の在処 黒部小路』
この中に和也はいない。
書店の中を見回し、積み上げられた山に新刊を戻す。
和也から便りがわりの荷がそろそろ届くはずだ。自宅に帰れば、運送会社の不在通知がポストに入っているかもしれない。
書店をあとにしようと、出入り口近くの雑誌コーナーを通りかかると、顔なじみが立ち読みをしていた。
男性ファッション誌など、浩司や和也が読まないたぐいだ。
「よっ」
そっと肩を叩く。
「おぉ、朱里」
浩司より低く、変声期をとおに過ぎた声。顔の基礎は酷似していても、和也なら浮かべない驚きの表情。
「制服じゃないな」
「巡回じゃない、非番だ」
「あいかわらず、回転率良好みたいだな」
雑誌を棚にもどしながら、恋人にでも会うように、バッチリ身なりをきめた朱里ににやけた顔をよこす。
「女の」
イロがらみと踏んだらしいが、彼女の入れ替わりが激しい色男に言われたくもない。だが、警察学校時代から、お互いあそび相手にこまらなかったことは周知の事実だ。
「瑞希のほうこそ、デートだろ」
「相手は男ってか」
冗談めかしながら、瑞希は別の雑誌を手にとる。読者世代をずいぶんと前に卒業した十代向けのファッション誌だ。表紙を朱里に向け、男性と呼ぶには幼い少年モデルを指差した。
「仕事か」
警察官を辞職後、探偵業をしていると風の噂で聞いた。
「デートは和服美女しかうけつけないからな」
「そうだったか」
「雑食朱里とはひと味ちがって、ツウなんだ」
朱里の場合、本命が瑞希に似た和服美人だから、あそび相手がおのずと、その他になるだけだ。いや、朱里にとって、本命以外のムスメは全てオトナの遊び相手でしかない。
「そういえば、妻藤さんの娘って、和服美人らしいぞ」
「それは、ぜひお会いしたいな」
「今さら俺等に紹介するか」
「オヤジはしないな」
娘に会わせても安全な妻子もちの同僚は頻繁に妻藤の家に呼ばれている。
「だろ」
浩司との別れをきっかけに、新たに出会った瑞希とこうしてバカ話をしている。
浩司と和也。
共に過ごすことは、もうない。
だが、想い人にどこかで出会う機会が俺にはあるらしい。
謎も解き終わらないまま、明日が訪れ、事件に追われる生活にまた戻る。
他の事件にかまけて、おもい人と当分過ごせそうにもない。課題は自ずと後回し。
読書もしなかった俺が歩む路を…
あの世で浩司はわらってる。
稚拙ですが、お読みいただいてありがとうございます。瑞希、和也、浩司と主人公をかえてこれからも書いていくつもりなのでできればこれからも僕の作品をお読み下さい。