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課題  作者: 直美
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黒部小路

葬式でたえまなく流れていた坊主の経と線香の煙が、悼みの香りをともない、まだ残っている。

隣で正座している和也に寄りかかっていなければ、身も心もくずれてしまいそうだった。

浩司の遺影も、木製の棺桶も、煙がうつろに姿をぼやかしていた。坊主の袈裟がくさけりゃ、浩司の死もくさい。だが、木魚の音は一定で、疑いに旋律を狂わすことはなかった。

浩司に供えた白菊は事実だけを咲かせ、みずみずしいまま煙とかし、骨となった。


自殺。な、わけないよな。

荷をまとめている和也の背にもたれ、足を投げ出した朱里は、浩司が使っていたテーブルを眺めていた。

ミステリー小説、医学や警察関連などの本が原稿用紙に混じり散らばっていた。和也が片付けているせいか高校の参考書など、一つもみあたらない。

独り暮らしのアパートは、今も浩司の頭同様ひとつのことでうめつくされている。

四十九日も過ぎていないのに、部屋をかたづけることは、借り主が帰ってこないことを認めざるおえず、自然にサボってしまう。 夢、人生。浩司のつぼみはやっと開き始めたばかりだ。幼稚から脱皮して、羽音を奏でる夏は儚すぎる。だが、人生の夏はもっと先で、青くさい春に終止符を打つにははやすぎだ。

「あいたっ」

不意に和也が立ち上がったため、床に頭をぶつけた朱里をどこからともなく蝉がバカにして鳴いている。天井からも浩司の笑い声はない。ぶつけた痛みが眼を熱くする。

天を仰いでいる気になれず、横に転がり、くちゃくちゃに丸められた紙くずのひとつを開く。

黒字でマスをうめた原稿用紙は、ところどころ赤色で二重線がひかれ、原本をぬりつぶすくらいあらゆる書き込みがされている。裏を返せば、蚊取り線香やらのくだらない落書。

表、裏、どちらにも浩司がかかれていて、捨てるなんて朱里にはできない。

浩司が自分から、筆をたつわけがない。書き足りないぐらいに未来の構想はあふれ、ストーリーをかきたくて煮詰まるほど、浩司の活力は渦巻いていた。

ゴミひとつからもわかることだ。

「今年こそ卒業するんだろ」

課題を手伝ったのは、なんのためだ。去年も、今年も、手を貸したのが無駄に終わった。

成人式も、同窓会も、一緒に参加すると勝手に思い込んでいたことが、バカみたいだ。

朱里の前で、和也が新たな段ボールを組み立て、三段ボックスから黒紐で綴じられた原稿の束をいくつも取りだし、しまいこむ。

書きためた作品達も燃やされるのか。

形ある浩司を葬るなど、できない。

ガムテープで封をする和也に懇願する。

「そいつらを俺に、くれ」

「いつか渡す」

マジックペンで段ボール箱に中身の内容を書きこむからには、和也も燃やす気はない。

「いつか…」

たずねながら、起き上がる朱里にかたづけ作業を中断し、和也は手近にあった本を差し出す。立て膝歩きで和也のもとへ行き、受け取った文庫本に目をやる。

『課題 黒部小路』

期待の新人が放つ学内ミステリーという宣伝文句の帯がついている。

浩司の愛読書だろうか。和也がわざわざ教えるからには、有名な作家の作品かもしれないが、長期休みの課題である読書感想文のためにしか本を読まなかった朱里が知っている作家といえば、旧札の夏目漱石ぐらいだ。

「小路を知りたければ、まずはデビュー作を読んだほうがいい」

「コウジ」

訊きかえす朱里にわざわざ封を開け、段ボール箱から原稿を探し、束を取り出す。

「浩司は小路だ」

手にした本と同じ題、同じ作者名、をつづる手書き文字は、課題を手伝ってやった浩司の筆跡だ。

本を置き、黒い蝶々で綴じられた作品の表紙をめくった。

[殺したのは誰だ。]

小説の一ページ一行目は朱里の中で渦巻く謎そのものから始まっている。

「良作を選出し、刊行することを出版社も承諾している」

和也が交渉したのか。

[他者か、アイツ自身か。寮にも、校内の個人ロッカーにも、遺書はなかった。]

浩司は何を残した。

「作業指示が記されたものは、私が忠実に手を入れる」

和也ができる精一杯のこと。

俺は浩司のため何ができる。

[俺達はいつも通りの言葉をかけ、アイツと別れた。

俺達がアイツのために敬礼をしてやることはできなかった。全員で卒業し、立派な警察官になろうと誓った。アイツとの誓いを果たし、墓前に立つまでは敬礼をしないと俺達は決めた。]

俺の精一杯は、浩司と過ごした時を思いだし、花と線香を供えることか。

「黒部小路の新作が世にでるまで、待て」

待つしかないのか。いつか、あの世で浩司に会うまで、浩司の死の理由を考えるだけか。

何もせずに…

[殺人の可能性もある。

後日、事件担当の刑事から色々訊かれたらしい教官はそんなことをにおわせながらも、イヌらしく俺達をさぐり始めた。

『些細なことだろうと、田中のこと、仲間同士のこと、何でもいいから話せ』]

プロローグをつづり始めた人生の夢を投げ出し、中途半端に話を止めた者が作者だなんなんて言えるのか、と主人公は浩司をわらうだろう。

わらってんだろ。

俺には解決できない。和也でも解決できない謎を、浩司は俺達に残した。

だから、俺は主人公となり、アイツを殺した殺人者を暴いてやる。

「必ず会おう」

本の中で…

心の中で…

しばらくは、あの世で留年してろ。

お前が残した課題は、俺が解いてやる。


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