書店
線香の残り香をまとったまま迷い込んだ書店は人が閑散としていた。平日の午前中とは、こんなものだろうか。店員は棚に本を並べ、客がぶらぶらと棚をながめては立ち止まる。その静けさは、先程立ち寄った地とよく似ていた。
誰にもおかされず、対話できる場所。
あの日から、俺にとって書店は人探しの場所となっている。
中身を無理矢理押し込まれた棚の前に、本が平積みされている。おすすめ本と混じっているため、今月の新刊とポップをつけられたものが先月のことか、先々月のことか疑わしい。
だが、一つだけ本日発売の作品と断言できるものがあった。 黒部小路の新刊。
読書を堪能する余裕もないほど多忙な日々の中で、この著者の作品だけは必ず読んでいる。読まなければいけない気がして、次の作品が出るまでに幾度も読み返してしまう。
年に一度の発売日を待ちこがれ、新たな課題を与えられることに焦り、ページをめくっては戻ってみるが見つけ出すことができない。物語の流れはつかめても、著者のメッセージが上手く読みとれないまま時だけが過ぎ、別の作品と向き合う時期が来る。
気付けば、もう七冊目。
毎年この日発売になって、五冊目。
お前がなくなって、五年。
まだ黒部小路はなくなっていない。 塔のように積まれた頂上の一冊を手にとり、しみじみと指でハードカバーの名をなぞった。
黒部小路
別のなが浮き上がるようにかぶる。
浅野浩司
久々の休暇は、お前と語り合おうと決めていた。そのために有給をとった。
先程あれだけ語ったのに、まだ語り足りない。いや、俺の一方的な近況報告だったから、今度はお前の語りにききいる番か。
ささやかに本の創造主へ語りかける。
表紙をめくれば、いつでも浩司との会話が始まる。
黒部小路の名に隠された浅野浩司を知ることができる。そう信じている。