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花を吐く病の騎士団長を私がお世話します(有料)



 私の人生は常に『お金』との戦いだった。



 私――フラウの実家である男爵家は由緒は正しいが内情は火の車。

 壁には隙間風が吹き荒れ夕食が硬いパンとスープだけの日も珍しくない。

 そんな極貧生活の中で育った私は幼い頃に一つの真理に到達した。


 ――愛も名誉も素晴らしいけれど最後に物を言うのは『現金』である。


 そう悟った私は猛勉強の末に自身の計算能力と経済感覚を高め、王宮騎士団の事務官という職を勝ち取った。

 主な業務は騎士団の運営資金の管理。


「遠征の携行食、こちらの業者の干し肉なら二割安くなります!」


 貧乏実家で培った、一ゴールドたりとも無駄にしないドケチ……ではなく徹底した経済観念。

 この能力は騎士団の財政を良化させ、上層部からも「君がいると助かる」と重宝されるまでになった。

 成果が出れば給金も弾まれる。

 おかげで私の生活は潤い、実家への仕送りも欠かさない順風満帆な日々を送っていた。



 そんな私の平和ボケした脳天をとてつもないビッグビジネスの予感が殴りつけてくるのだ。




 騎士団長フィアス様。

 長身で鍛え抜かれた肉体と美貌を兼ね備えた美男子。

 本来ならば女性たちが放っておかない優良物件だが、彼は「剣こそが恋人」と公言して憚らない鉄壁の堅物だ。


 そんな彼がここ数日ひどく顔色が悪い。

 執務室の机に突っ伏して苦しげに喉を押さえるのだ。


「団長、顔色が土気色ですが……」

「……問題ない。少し胸がつっかえるだけだ」


 強がってはいるがその声は掠れている。

 噂によると彼は『精霊花症』という奇病にかかったらしい。


 精霊花症。

 それは恋愛感情によって胸を高鳴らせると体内の魔力が美しい花へと変換され、口から吐き出されてしまうという病らしい。

 自然に治ると言われているが、我慢して花を体内に溜め込みすぎれば気管を詰まらせて死に至ることもあるという。


 部下である副団長が心配そうに声をかけていた。


「団長、色町にでも行って綺麗なお姉さんに相手をしてもらって花を吐いてきたらどうです? このままだと死にますよ」

「馬鹿を言うな……ッ」


 フィアス団長は脂汗を浮かべながら睨みつけた。


「騎士団を束ねる男が恋愛ごときにうつつを抜かすなどまかりならん! こんな花を吐く病なぞ気合いでなんとかしてみせる!」

「いや、気合でどうにかなるものでも…」


 副団長の呆れた声も団長の耳には届かない。


 なんという石頭。

 顔は良いのに性格のせいで全てを台無しにしている。恋愛に興味がないのは勝手だが、殉職されては騎士団の運営に支障が出る。新しい団長が浪費家だったら私が苦労するのだ。


 早く治ればいいのに。

 私は他人事のようにそう思いながら騎士団の修練所を後にした。




 その日の午後、私は友人のメディーとお茶をした。

 彼女は街で薬屋を営む優秀な薬師。

 そして数少ない友人だ。


「……ということがあってね。団長ったら本当に頑固なのよ」


 私がお茶を飲みながら団長の病状を話すと、メディーは怪訝な顔をした。


「精霊花症ってあの奇病の?」

「うん?私も詳しくは知らないんだけど珍しいの?」

「数万人に一人が患うと言われる稀有な病で、魔力が純粋で高潔な人しかかからないと言われているわ」


 へえ、あの堅物団長、魔力まで堅物だったのか。

 感心しているとメディーがとんでもないことを口にした。


「それにね、精霊花症で吐き出される花は万病に効く幻の霊薬の材料として使われるのよ」

「ふーん、そうなの」

「薬師の間じゃ喉から手が出るほど欲しがられていてね。一輪で一〇万ゴールドは下らない値段で取引されてるわ」


 カチャン。


 私が持っていたティーカップがソーサーの上で小気味良い音を立てた。


「メディー、今、なんて?」

「え? だから一輪で一〇万ゴールド…」

「一〇万ゴールド!?」


 私は思わず身を乗り出した。

 一〇万ゴールド。

 それは私の半月分のお給料と同額である。

 たった一輪の花が?

 あの団長が「苦しい」とか言って無駄に溜め込んでいるあの花が?


「一輪で?一束じゃなくて?」

「一輪よ。花びら一枚でも高値がつくわ」


 私の脳内ですさまじい速度で計算機が弾かれた。

 一輪で一〇万。十輪なら……一〇〇万ゴールド!?


 目の前が黄金色に輝き出した。


 かわいそうな団長? 頑固な上司?

 いいえ、違います。



 彼は歩く金脈です!



「メディー。その花を私が持ってきたら買い取ってくれる?」

「買い取れるけど、まさか団長から採取してくる気?」

「当然じゃない! これはビジネスチャンスよ!」

「あんたねぇ……」


 呆れるメディーをよそに私は固く決意した。

 団長に花を吐かせよう。


 私の貯金を潤すため。

 ――いや、彼の命を救うために!



 ◇



 翌日。

 私はいつもより念入りに化粧をしてから騎士団長室へと向かった。


 扉を開けると昨日よりも具合の悪そうなフィアス団長。

 喉元まで花がせり上がってきているのか、呼吸が浅く眉間に深い皺を刻んでいる。


「決済書類をお持ちしました」

「そこに置いておいてくれ」


 声も絶え絶えと言った様子。

 これはチャンスだ。花を吐けば彼も楽になるし私もお金がもらえる。

 まさにWin-Winの関係ではないか。


 私は書類を置くふりをして机の向こう側にいる団長へと接近した。


「団長、精霊花症だと伺いました。とてもお辛そうですね」

「心配無用だ。こんなもの気合で……うぐっ」


 気合でどうにもなっていない。

 この男はどこまで痩せ我慢をするつもりなのだろうか。


 さあどうやって花を吐き出させようか。

 恋愛感情による胸の高鳴りがトリガーなら、要はドキドキさせればいいのだ。


「フィアス様」


 私は普段の事務的な口調を捨て、名前で呼びかけた。

 そして彼の喉元へそっと手を伸ばす。


「ッ!?」


 団長がびくりと肩を震わせた。


「大丈夫ですか? こんなにお辛そうで……体調が悪いと訓練にも差し支えますよね」


 私は心配げに眉を下げ、彼の顔を覗き込む。

 至近距離で私たちの視線が絡み合う。

 彼の整った顔が耳まで赤く染まっていく。

 噂通りの堅物、純情ボーイだ。


 私は彼の喉元から手を滑らせ、机の上に置かれた彼の大きな手を両手でぎゅっと包み込んだ。

 そして満面の笑みを浮かべて甘い声で囁く!


「早くよくなると良いですね、フィアス様!」


 その瞬間だった。


「ぶばああああああッ!!!」


 団長の口から凄まじい勢いで何かが噴出した。

 それはまるで祝福のクラッカー。


 鮮やかで色とりどりの美しい花々が執務室の宙を舞う。


 わあ、すごい!

 綺麗! そして多い!

 ポトポトと机の上に落ちてくる花は十輪を超えている。


 やった! 一回で一〇〇万ゴールド確定!

 ひゅー!!


 私は内心で歓喜のサンバを踊りつつ、表情だけは冷静な事務官を装った。


「あらあら大変。片付けますね」


 さっと懐から用意していた布袋を取り出し、机の上に散らばった花を素早く回収していく。

 傷つけて商品価値を下げてはいけない。宝石を扱うように慎重に、しかし残さず全て奪い取る。


 団長は顔を真っ赤にして口元を押さえ、小刻みに震えていた。


「はぁっはぁっ! すまない……取り乱した……」

「いいえお気になさらず。大変なお病気ですね」


 私は袋の口を縛りながら団長を見た。

 先ほどまでの土気色が嘘のように、彼の顔色が幾分か良くなっている。呼吸も楽そうだ。


「すっきりしましたか? フィアス様が楽になったなら私も嬉しいです!」


 にっこりと笑いかける。


「ごふっ」


 団長は再び小さく呻き、追加で二、三輪の可愛らしい小花を吐き出した。


 ……なんだろうこの感覚。

 儲かるから嬉しいのは間違いないが、それ以上になんだかちょっと……楽しい。

 あの堅物な騎士団長が私の仕草で顔を赤くして花を吐く。

 その反応の良さ。初心(うぶ)な姿。


 ――いたずら心をくすぐられるというか、征服欲が満たされるというか……。


 落ちた追加の花も回収したいところだが、根こそぎ持っていくと怪しまれるかもしれない。

 私は明日も収穫しようと心に決め、その場を後にすることにした。




 その日の夕方。

 私はスキップ交じりにメディーの薬屋へと駆け込んだ。


「大収穫よ!」


 カウンターに袋を広げるとあふれんばかりの精霊花が転がり出た。


 メディーは目を見開き、そして少し引いた顔で私を見た。


「すごいわね。昨日の今日で収穫に行ったの?」

「もう入れ食い状態! 手を取って微笑んだだけでこれよ!」

「……さすが守銭奴。行動力が違うわね」


 守銭奴。

 友達に言う台詞だろうか。

 だがそんな些細な悪口など、これから手に入る大金を前にすれば小鳥のさえずりのようなものだ。


「査定をお願い!」

「はいはい……。これだけ品質が良いなら高く買い取れるわよ」


 メディーが提示した金額は私の予想を遥かに上回るものだった。


 大好き、お金……じゃなくてメディー!


「ありがとう! これで実家の屋根が直せるわ!」

「よかったわね。でも、ほどほどにしなさいよ?」

「大丈夫よ。私と団長は最強のWin-Winの関係を築いているんだから!」


 私が胸を張って断言すると、メディーは深いため息をついた。


「Win-Win、ねぇ…」

「明日も収穫祭よ!」


 金貨の詰まった革袋の重みを心地よく感じながら店を後にした。



 待っていてくださいね、私の愛しい精霊花……とフィアス様!



 ◇ ◇



 それからの私は勤勉な農夫のように毎日せっせと騎士団長室へと通う。


 目的はもちろんフィアス様の口から溢れ出る『黄金』の収穫である。


「今日の調子はいかがですか?」


 私は書類を届けるついでに自然な動作で彼の二の腕にそっと触れる。


「ふばあああっ!!」


 豪快な音と共に彼の口からピンク色の花弁が噴き出す。

 まるで祝砲だ。今日も豊作である。


「また溜まっていましたね」


 私は手慣れた手つきで宙を舞う花をキャッチして袋に詰めていく。

 一輪、二輪……。



 別の日には。


「フィアス様、お顔が赤いですけれどお熱とかはないんですか?」


 心配そうな顔で背伸びをして彼の広い額に私の掌をぺたりと当てる。


「なっ、フラウ?」

「熱くはないようですけれど…」


 至近距離で上目遣いに見つめると、彼はゆでダコのようになって口元を押さえた。


「ぶほおおおおっ!!」


 青や黄色の鮮やかな小花を盛大に吐き出す。

 チャリン、チャリン。

 私は脳内で金貨の落ちる音が鳴り響かせながら、フィアス様の背中をさする。


 こんなに美味しい仕事は他にない!

 実家の屋根どころか離れの改築もできるわ!


 ……けれど、最近はそれだけではない感情が芽生えつつあった。

 私はちらりとうずくまる団長を見る。

 普段は鉄壁の堅物と恐れられる屈強な騎士団長が、私のちょっとした接触で顔を真っ赤にして照れる。


 その様子がなんだか…かわいい!

 花を吐かせるのが単なる金策以上に楽しくなってきている自分がいた。

 花を吐くとフィアス様も楽になるし、私はお金が儲かるし、まさに一石二鳥!

 そう言って私は今日も彼をいじり倒すのだ。




 ある日のこと。

 騎士団全体で行う大規模な演習があった。

 準備のために演習場へ向かうと天幕の裏で苦しげに胸を押さえるフィアス様を見つけた。


「ぐぅ……」


 様子がおかしい。

 顔色は青白く呼吸も荒い。額には玉のような脂汗が浮かんでいる。


「フィアス様! 大丈夫ですか?」


 私は慌てて駆け寄って彼の手を取る。

 いつもならこの接触で花を吐いて楽になるはずだ。


 しかし。


「大丈夫だ。問題ない…」


 彼はギリギリと歯を食いしばり、必死に堪えている。

 ちっとも大丈夫そうじゃない!


 今日の大規模演習で総指揮を執る責任感から無理やり花を飲み込もうとしているらしい。

 馬鹿真面目な人だ。

 このままでは演習どころか花が気道に詰まって倒れてしまう。


「早く吐き出してください!」

「騎士団長たるものこれしきのこと……ぐっ」


 頑固だ。

 私の手握り作戦も額タッチ作戦も、今の彼の強固な意志の前には通用しない。


 ――こうなれば、荒療治が必要だわ。


 彼の理性を吹き飛ばし、強制的に花を排出させるほどの衝撃を与えなければ。

 私は覚悟を決めた。


「お薬ですよ、フィアス様」

「え……?」


 私は彼の襟首を掴んで引き寄せると――


 頬っぺたに、チュッと唇を押し付けた。


 時が、止まった気がした。

 フィアス様の目が極限まで見開かれる。

 頬に触れた私の唇の熱が導火線に火をつけたように彼の全身を駆け巡った。


「――――ッ!!?」


 声にならない叫びと共に、ダムが決壊したかのような勢いだった。

 彼の口から精霊花が怒涛のごとく噴出した。

 視界が花で埋め尽くされる。

 花の吹雪だ。いや、花の嵐だ。


「フィアス様!?」


 彼は白目を剥いて、そのまま後ろ向きに盛大にぶっ倒れた。

 完全に気絶している。

 その周りには彼を埋葬するかのように美しい花々が降り積もっていた。




 結局、フィアス様は演習中ずっと目を覚まさず、指揮は副団長が代行することになった。

 副団長は「団長が花畑で昼寝してた」と笑っていた。


 やりすぎただろうか。

 さすがに唇は刺激が強すぎたかもしれない。

 もしこれで花を吐いてくれなくなったら、私の将来の年金計画が……。


 そんな不安を抱えながら迎えた翌日、恐る恐る団長室を訪れた。


「おはようございます、フィアス様」


 執務机に向かっていた彼と目が合った。

 その瞬間。


「ッ!!」


 彼は私を見ただけで、顔を真っ赤にして口元を押さえた。


「ごふっ……」

「えっ」


 彼の口から花が零れ落ちる。

 ただ目が合っただけなのに!


「フラウ。すまない、君の顔を見ると昨日のことを思い出して……ごふッ!」


 また花が出る。

 私の顔を見るだけで花を吐く体質になってしまった。


 いつもなら「入れ食い状態だわ!」と喜んで袋を取り出すところだけれど。


「……っ」


 なぜだろう。

 顔を真っ赤にして私を見つめながら花を吐く彼を見ていたら、私の頬まで熱くなってくる。


 私を見るだけでこんなに動揺している。


 うぅ、私まで恥ずかしくなってきた。

 心臓がうるさい。

 お金儲けの道具で堅物上司だったはずなのに。



 ◇ ◇ ◇



 そんな折、騎士団の宴会が開かれた。

 大規模演習の成功を祝うための席だ。


 会場には騎士たちの活気に満ちた声が響く。

 私は事務官として経費に無駄遣いがないか目を光らせるために参加した。


 しかし私の視線の先には常にあの人がいた。

 騎士団長フィアス様。

 彼は上座で部下たちに酒を注がれ、労いの言葉をかけている。


 だが、ふと私と目が合うと――。


「ごふっ」


 口元を押さえてテーブルの下に隠すように小さく花を吐く。

 相変わらずだ。

 周囲の騎士たちはもう慣れたものだった。


「あ、また団長が吐いてるぞ」

「この忙しい時期に精霊花症とは団長も大変だなあ」


 皆生温かい目で見守っている。

 私はいつものように、あとであの花を回収しに行かなくてはと計算盤を弾く。


 しかし、宴もたけなわの頃。

 酒が回り、気が大きくなった一人の騎士団員が大声でこう言い放ったのだ。


「騎士団長ともあろう方が精霊花症とは! 恋煩いで花を吐くなんてまるで思春期の小娘じゃないですか!」


 その言葉にどっと笑いが起きた。


「図体はでかいのに中身は乙女か!」

「もっとシャキッとしてくださいよ!」


 悪意はないのかもしれない。酒の席の無礼講、ただの冗談のつもりなのだろう。

 フィアス様は何も言い返さずただ黙って酒を煽っていた。


 その瞬間。

 私の中で何かがパチンと弾けた。


「――情けない?」


 ガタンッ!

 気づけば私は椅子を蹴って立ち上がっていた。


 会場の視線が一斉に私に集まる。


「フィアス様がどれだけ苦しんでいるかご存知なんですか?」


 声が震える。

 自分でも驚くほどの怒りが腹の底から湧き上がってくる。


「喉に花が詰まる苦しさに耐えて弱音ひとつ吐かずに執務をこなしているのですよ!」


 私は彼らを睨みつけた。


「それを……何も知らないくせに、情けないですって?」


 場が凍りつく。

 酔っ払っていた騎士たちが酔いも醒めたような顔で私を凝視している。

 でも止まらない。


「笑っている皆さんも同じです! 団長がどれだけ無理をしてこの騎士団を守っているか誰も分かってないくせに!」


 シーンと静まり返った宴会場に私の荒い息遣いだけが響く。

 ふと視線を向けるとフィアス様が目を丸くして私を見ていた。



 その顔を見て私はハッとした。


 あれ?

 私、なんでこんなに怒ってるの?


 私はただお金のために彼に近づいただけだ。

 彼が苦しむのは私にとってビジネスチャンスだったはず。


 なのになんで彼が笑われるのがこんなに許せないの?


 急激にこみ上げてくる熱いものに視界が歪む。

 いたたまれなくなった私は、誰の言葉も待たずに宴会場を飛び出した。




 夜の王都をひたすら走った。

 スカートの裾が汚れようとも構わずに。

 走りながら、自分の心に問いかける。


 ――なんであんなに怒ったの?

 お金のために近づいたのに。花を収穫できればそれでよかったはずなのに。

 でも、あの人が馬鹿にされるのが許せなかった。

 あの人が苦しんでいるのを笑われるのがどうしても許せなかった。


 思い出すのは黄金色に輝く精霊花ではない。

 私を見て顔を赤らめる不器用で真っ直ぐな彼の表情。

 私に触れられて照れる顔。

 いつも私に優しい声をかけてくれる誠実な声。


 ポロポロと涙がこぼれ落ちて風に流れていく。



 ……ああ、そうか。

 ――私、フィアス様のことが好きになっていたんだ。

 お金なんかよりも彼のことが大切になってしまっていたんだ。



 気づけば私はメディーの薬屋の前に立っていた。

 夜も遅い時間だというのに店の奥には灯りがついている。

 私は扉を激しく叩いた。


「メディー、いる!?」


 しばらくしてガチャリと鍵が開く音がした。

 寝巻き姿のメディーが顔を出す。


「フラウ? こんな夜中にどうし……って、あんた泣いてるの!?」


 普段冷静なメディーが目を剥いた。

 私はメディーの胸に飛び込んだ。


「精霊花症を治す特効薬はないの?」

「え?」

「あの人、ずっと苦しそうなの。笑われて、馬鹿にされて、それでも我慢して…」


 しゃくり上げる声が止まらない。


「フィアス様が吐いた花で貯めたお金も全部払うから! お金なんかいらないから、あの人を治してあげたいの…!」


 メディーが目を見開いたまま固まった。


「……フラウ、あんた今お金いらないって言った……?」



 その時だった。


 バンッ!!

 店の扉が、勢いよく開かれたのは。


「メディー! フラウを知らないか……って、ここにいたのか!」


 そこには息を切らしたフィアス様が立っていた。

 宴会場から走ってきたのだろう。額には玉のような汗が滲んでいる。


「フィアス様……」

「急に飛び出すから心配した。……泣いているのか?」


 フィアス様が心配そうに眉を寄せて一歩近づいてくる。

 私は咄嗟にメディーの背中に隠れた。

 酷い顔をしているだろう。今の顔をこの人に見られたくない。



 そんな私たちの様子を見て、メディーが深いため息をついた。


「……はあ。もういいか。二人とも、中に入って」

「メディー?」

「ちょうどいいわ。二人揃ってるなら今夜で終わりにしましょう」


 促されるまま、丸テーブルを挟んで私とフィアス様が向かい合って座る。

 フィアス様は困惑した顔で私とメディーを見比べていた。


 メディーが腕組みをして口を開く。


「フラウ、さっき『お金いらないから治してあげたい』って言ったわよね」

「う、うん……」

「団長、聞きました? この筋金入りの守銭奴が『お金はいらない』って言ったんですよ?」


 フィアス様が息を呑んで私を見る。

 私は恥ずかしさで俯くしかなかった。


 メディーが淡々と続ける。


「もう潮時ね。フラウ、あんたに言わなきゃいけないことがあるの」

「なに……?」



「精霊花症の花が高価だっていう話、あれ全部嘘よ」



「……え?」


 時が止まった。


「嘘…?」

「あの花に薬効なんてないし市場価値はゼロよ」


「そんな……」


 じゃあ、私が必死に集めていたのは?

 一輪一〇万ゴールドだと思って、袋いっぱいに詰め込んでいたあれは?


 あまりの事実に呆然とする私に致命的な疑問が浮かぶ。


「じゃあ私がもらったお金は? メディーが買い取ってくれた大金はどこから…」

「俺の給料だ」


 重々しい声で答えたのはフィアス様だった。


「…え?」

「君に渡っていた金は全て俺の私財だ。君に会う口実のために、メディーに預けて支払ってもらっていた」


 私は開いた口が塞がらなかった。


 私が「一財産築いた!」と喜んでいたあの額。

 騎士団長の給料は高いとはいえ、ポンと出せるような額じゃない。


「フィアス様、バカじゃないですか……?」


 声が震える。


 それは怒りなのか、感動なのか、自分でも分からない。


「君に会えるなら安いものだ」

「……っ」


 彼は真剣な顔で即答した。



 どうしよう、涙が止まらない。


「部下には『色町に行け』と言われたが、君以外では絶対にドキドキできないと分かっていた。だがどうやって君との接点を作ればいいか分からなくて…」


 彼は顔を赤くして頭をかいた。


「直接言えばいいのにと自分でも思う。でも君の前だと言葉が出なくて。こんな馬鹿げた方法しか思いつかなかった」


 と言うことはフィアス様は初めから……。

 私の顔もカッと熱くなっていくのが分かる。


 メディーがやれやれと肩をすくめた。


「団長から相談されてね。『どうしてもあの子に近づく口実が欲しい』って。つい協力しちゃったのよ」


「なっ!」


 私は涙目のまま友人を睨んだ。


「あんたまでグルだったの!? なんで教えてくれなかったの!」

「だって、フラウは鈍いんだもん。普通に誘われても気づかなそうだし」

「くっ……!」


 それは否定できない。

 当時の私なら恋愛よりも残業代の方に興味を示した。


 私は改めて目の前の男性に向き直った。


「……なんで、私なんですか」


 絞り出すように聞くとフィアス様は少し照れたように目を逸らした。


「騎士団の帳簿を預かる君を見て、初めから素敵だと思っていた」

「え? 帳簿を見て?」

「ああ。出入りの武器商人にも徹底的に交渉し、一ゴールドの浪費も許さないその姿勢。そして、給料のたびに目を輝かせる君が、なんというか……しっかり者でいとおしいと思っていて……ごふっ!」


 そう言いながら、団長が花を吐く。



 待って、どうしよう!

 なんだか猛烈に恥ずかしくなってきた!



「それに目を輝かせながら俺が吐いた花を回収する君がたまらなく素敵で。俺のために…ではなくても必死になってくれている姿を見るだけで、胸が高鳴ってしまって……」


「ああ、もうやめてください!」


 私は顔を手で覆った。

 なんてことだ。この人は私の守銭奴なところも含めて好きだと言っているのだ。

 むしろ、私が金に汚ければ汚いほどときめいていたというのか。


 変態だ。

 とんでもない変態だ!

 でも、そんな言葉を愛おしいと思ってしまう私もおかしい!


「……私はお金目当てでフィアス様に近づいてしまいました」

「俺は金を使って君を近づかせた」

「……お互い様ですね」


「ああ。でも俺の気持ちは本物だ」

「……私も途中から本物でした」


 二人で顔を見合わせ、ふふっと笑い合う。

 胸のつかえが取れたように心が軽い。


「……これからは、有料じゃなくてもお世話しますね。花を吐く背中もさすります」

「いや、一生かけて払わせてくれ」


 フィアス様が私の手を取り、熱っぽい瞳で見つめてくる。



「君の幸せそうな顔を、一番近くでずっと見ていたいんだ」



 ああ、本当に。

 不器用で、一途な人。


「……高くつきますよ?」


 私は涙を拭って精一杯の笑顔で答えた。

 フィアス様の首に手を回し、そっと背伸びをする。


「覚悟の上だ」


 重なった唇は吐き出される花の香りよりもずっと甘くて、温かかった。


「ぶばあああっ!」


 唇が離れた瞬間、団長は過去最大量の花を噴水のように吐き出してぶっ倒れた。

 店の中があっという間に花畑に変わる。


「ちょっ、あんたたち! 店の中でいちゃつくのはいいけど掃除してってよね!?」


 メディーの怒声が響く中、私は花に埋もれて気絶している愛しい人の寝顔を見つめていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 それから、不思議なことに団長はピタリと花を吐かなくなった。

 どうやら最後の口づけと大量噴射で体内に溜まっていた魔力も全て出し尽くしたらしい。




 そして数ヶ月後。

 私たちの結婚式が執り行われた。


 バージンロードを歩く私たち。

 降り注ぐのはどこか見覚えのある美しい花々だ。


「これ……」

「ふふっ、綺麗でしょ?」


 参列席にいたメディーがニヤリと笑った。


「あんたたちが店で撒き散らした花、私が全部保存しておいたのよ。今日の演出用にね」

「メディー!」

「代金はタダでいいわよ。ご祝儀代わりね」


 メディ―ったら、私をからかって……。


「……懐かしいな」


 隣を歩くフィアス様が花を手に取って苦笑した。

 その顔が少し赤くなっているのを見て、私もつられて顔が熱くなる。


「そうですね。……もう吐かないでくださいね?」

「君が綺麗すぎるから保証はできないな」


 そんな甘い台詞をサラッと言うようになった夫に私は呆れつつも幸せを噛み締める。


 私の人生は常に『お金』との戦いだった。

 でも、これからの人生は『愛』と、そしてほんの少しの『計算』と共に歩んでいくことになるだろう。


 ねえ、フィアス様。

 この式の花、終わったら回収してドライフラワーにしませんか?

 ……なんて言ったら、貴方はまた顔を赤くして笑ってくれるかしら。


 舞い散る花の中で、私たちは永遠の愛を誓ったのだった。



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マッチポンプ! チョイと違う? ジレジレもだもだ、メディーは良い仕事しましたけど、結婚式でのアレは鬱憤晴らし? 店目茶苦茶でしたものね、おそらく。 にしても、フラウさんという乙女囲い込むフィアスさ…
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