忘れたい人
「……そう、なのですね」
そんな彼の言葉に、控えめに相槌を打つ私。……忘れたい人がいる、か。決して、珍しい類のお願いではないでしょう。きっと、同様の願いを抱く方は世の中に枚挙に暇がないほどいらっしゃることでしょうし。
「……それは、どのような方のことを……」
「……恋人、です。今からおよそ二年前、病気でこの世を去ってしまった大切な人で」
「……そう、なのですね」
ともあれ、控えめにそう尋ねる。すると、柔らかな微笑でお答えになるお客さま。ですか、微笑には確かに深い悲痛の色がありありと窺えて。彼にとって、相当に大切な人であったことがひしひしと伝わります。……ですが、
「……お気持ちは、痛いほどに理解致します。大切であればあるほど、そのご心痛がいっそう強くなってしまうことも。……ですが、だからこそ――それほどに大切だからこそ、尚のことお忘れになってはいけないのではないでしょうか?」
「……はい、店員さんの仰る通りです。ですが……それでも、どうしても耐えられなくて。それに……いえ、何でもありません」
「…………そう、ですか」
すると、やはり悲痛の色を湛えたままそう口にする優星さん。……ええ、分かりま……いや、よそう。彼の悲痛は、私の想像を遥かに越えるものなのかもしれないのですから。……ただ、最後に何を言いかけ……いえ、これも控えておきましょう。気にはなりますが、彼自身が留めたのなら私が詮索するのは無粋という他ないわけですし。……ともあれ、今ここで私がすべきことは――
「……かしこまりました、お客さま。微力ながら、ご期待に添えるよう誠心誠意努めさせていただきます」
「……っ!! ありがとうございます、店員さん!」
そうお伝えすると、パッと顔を輝かせ感謝を告げてくださるお客さま。……うん、そのような笑顔をされてしまうとお応えしないわけにもいかないですね。
さて、ひとまずご注文を……と言いたいところではありますが、その前に――
「……畏れ入りますが、お客さま。よろしければ、お名前をお聞かせいただけませんか?」




