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四季折々の喫茶店  作者: 暦海


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17/18

想い

「――おっはよ〜、琴水ことみちゃん! 今日のオススメはなに?」

「おはよう、琴水さん」

「おはようございます、美唯みゆさん、そうさん。本日はキャロットケーキがオススメです。実は昨日、とても上質な人参が収穫できましたので」

「わぁ、めっちゃ美味しそう! じゃあ、今日はそれで決まり!」

「うん、僕も同じものを」

「かしこまりました。それでは、お席へどうぞ」



 それから、二週間ほど経て。

 扉が開くやいなや、それぞれ挨拶をしてくださる一組の男女のお客さま。女性は晴れやかな、男性は穏やかな――そして、どちらもとても温かな素敵な笑顔で。いつもありがとうございます、美唯さん、奏さん。


 さて、お二人についてですが――およそ二週間前のあの日以降、もう何度もお二人で当店へと足を運んでくださっていて。そして、その度に少しずつでもお二人の距離が縮まっているように思うのも、きっと私の気のせいではないでしょう。お付き合いを始めた、というおめでたい報告をいただけるのも、きっとそう遠いお話でもないでしょう。



 

 ――カランコロン。



 それから、数十分後。

 柔らかに響く鈴の音に、さっと振り返りお迎えの言葉を――だけど、不意に喉の辺りで止まる。……いや、止める理由なんてない。なのに、言うべき言葉が喉につっかえたまま出てこない。……それでも、どうにか声を絞り出し――



「……いらっしゃい、ませ……紗弥さやさん」



 そう、たどたどしく口にする。そして、ちらとカウンターの向こうへ視線を移す。すると、果たして目を見開きお客さまを見つめる斎月いつきさん。そして――



「……ええ、ありがとう。久しぶりね、琴水ちゃん、斎月」


 私を――それから、カウンターの向こうへ視線を移し穏やかな微笑で告げるお客さま。彼女は紗弥さん――長くつややかな黒髪を纏う20代半ばの……そして、斎月さんのかつての想い人たる清麗な女性で。



「……あっ、はい! ……その、お席へどうぞ、紗弥さやさん」

「ふふっ、ありがとう琴水ちゃん」



 その後、ややあってたどたどしくご案内をする私。そして、そんな私に少し可笑しそうに微笑みお答えになる紗弥さん。そして、カウンターの席へと腰かけ斎月さんへと微笑みかける。その微笑はとても穏やかで、かつて目にした苦痛の色などまるでないことが傍目にも明確に分かります。……まあ、それもそのはず。かつて、彼女を強く苛んでいた強い想い――斎月さんに対する強い想いをすっかり忘れてしまったのですから。



 斎月さんと紗弥さんは、幼少からの旧知――即ち、お馴染みのご関係で。そして、傍から見ても疑う余地もなく相思相愛のご関係にあって。

 ですが、紗弥さんにはご両親がお決めになった婚約者がいました。なので、斎月さんへの想いが強ければ強いほど、いっそう彼女の心が強度を増して苛まれていったのは想像に難くなく。――そして、その苦痛はついに自殺未遂にまで及んでしまって。


 だから、斎月さんは決めた。紗弥さんに伝えることなく、萱草のエキスを入れたコーヒーを飲ませることで彼女の想いを忘れさせることを。


 すると、効果は覿面てきめん――ご自身でさえ理解できないまま、それでも紗弥さんのその種のその苦痛はすっかり無くなっていたようで。そして、そのおよそ一ヶ月後に無事ご入籍を……ええ、これでよかったのでしょう。本来であれば、人の想いをこのような方法で無理に忘れさせてしまうのはご法度かと思いますが……ですが、この件に関しては致し方なく。あのまま放っておけば、紗弥さんは今度こそ自らその尊い生命いのちを絶ってしまっていたかもしれませんから。





「……うん、とっても美味しい。特に、このキャロットケーキが本当に甘くて濃厚で……でも、すっごく後味も良くて何個でも食べられちゃいそう」

「……この上もないお褒めのお言葉、本当にありがとうございます、紗弥さん。斎月もたいそう喜びます」



 思わず見蕩れるほどの優雅な所作にてケーキをお口へ含んだ後、ややあって頬を緩ませご感想をくださる紗弥さん。そんな彼女のお言葉に、きっとこちらも頬が緩んでしまっていることでしょう。もうそろそろしつこいかもしれませんが、斎月さんの作ったものを褒めていただけるというのはいつでも心が震えるほど嬉しいものですから。


 その後、しばし歓談に花を咲かせる私達。斎月さんも入ってくるかな、とも思いましたが彼はいつもの通りご自身のお仕事に没頭していて……まあ、貴方らしいですけど。




「……それでは、そろそろお暇しようかしら。今日はありがとう、琴水ちゃん、斎月」

「あっ、はいこちらこそありがとうございます!」



 ご来店から、およそ一時間後。

 そう、徐に立ち上がり口になさる紗弥さん。私もさっと立ち上がり、お見送りのため共に扉の方へと歩いていき――

 


「……ねえ、紗弥さん。一つ、聞いてもいいかな?」

「……うん、どうしたの斎月」

「……今、幸せかい?」


 店を出ようとした紗弥さんへ、柔らかな微笑でそう問い掛ける斎月さん。すると、些か唐突な質問に少し驚いたご様子の紗弥さん。ですが、



「……うん、もちろん。怖いくらいに幸せだよ」

「……そっか。うん、それなら何よりだ。これからも末永くお幸せに」

「ふふっ、ありがとう斎月」


 そう、柔らかな微笑でお答えに。その笑顔は、お言葉の通り温かな幸せに溢れていて。そして、そんな彼女のご様子に、斎月さんの笑顔もまた温かな幸せに溢れていて。それは、とても尊く素敵な光景……なのに、どうして私の心はこれほどまでに痛むのでしょう?



 ……なんて、本当は分かっています。かつての、なんて言いましたが……今も、斎月さんは彼女のことを――







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