必要なもの
「……うん、本当に素敵なお店だね、美唯さん。外の景色も、彩り豊かですごく綺麗だし」
「……あっ、いえそれほどでも! その、まだまだ未熟なお店ゆえこれからも精進を――」
「……あの、美唯さん? それは恐らく当店側が言うことかと……まあ、いいですけども」
それから、数日経たお昼頃。
店内へと足を踏み入れほどなく、柔らかな微笑でお褒めの言葉を口になさる端整なお顔立ちの若い男性。そして、そんな彼に少し慌てたご様子でお答えになる美唯さん。……あの、美唯さん? それは恐らく当店側が言うことではないかと……うん、よほど緊張なさっているのですね。まあ、もちろんお気持ちは分かりますけども。
ともあれ、改めてですがこちらの男性は奏さん――高校生たる美唯さんの想い人の、少し巻き毛の黒髪を纏う端整なお顔立ちの大学生で。
「ところで、美唯さんのオススメはなにかな?」
「あっ、はい! その、当店のオススメは生チョコたっぷり味噌ラーメンで――」
「そんなのありませんよ!?」
その後、カウンターのお席にて奏さんの質問に少し慌てつつお答えになる美唯さん。そして、そんな彼女に思わずツッコミを入れてしまう私。……いえ、決してお二人の邪魔をしたいわけではないのですが……うん、流石に口を出さずにはいられなくて。いやないですよそんなメニュー。仮にラーメンがあったとしても、絶対にその組み合わせでは出しませんよ。……うん、やっぱり相当に緊張なさっていますね、美唯さん。
ちなみに、斎月さんはというと……どうしてか、背中を丸めつつ後ろを向いていて。そして、身体が小刻み震え……いや笑ってる場合じゃないんですよ。言うまでもないですけど、貴方にとっては他人事じゃないですからね?
ともあれ、その後は少しずつ緊張も解けてきたようで和やかに会話を交わすお二方。そして、しばらくしてお手洗いのため席を立つ奏さん。そして、彼の姿が見えなくなった辺りで――
「……あの、斎月さん。一応の確認なんですけど……ほんとに、入れてくれてます?」
そう、心持ち小さな声でお尋ねになる美唯さん。そして、そんな彼女のご懸念も尤もで。それぞれの学校でのことなど、楽しそうにお話をなさるお二人はとても温かで微笑ましい雰囲気ではありましたが……ですが、奏さんがコーヒーを召し上がった後もそれまでと何ら変わったご様子はなかったわけで――
「――ああ、ごめんね美唯ちゃん。実は、ご希望のものは入れていなくてね」
「…………へっ?」
そんな斎月さんの返答に、ポカンとお声をもらす美唯さん。そして、少しの間があった後――
「……どういう、ことですか? 斎月さん」
そう、じっと見つめお尋ねになる美唯さん。そのお声には、傍からもありありと分かるほどに明確な怒気を孕んでいて。……まあ、そうなりますよね。奏さんと二人で来るという、斎月さんから提示された条件を満たしたというのに、当の彼が約束を破ったわけなのですから。
「うん、その怒りは尤もだ。だけど、僕は最初から君の要求に応じるつもりはなかった」
「……っ!! ひどい! 騙したんですね!」
すると、事も無げに答える斎月さん。そして、そんな彼の態度も相俟ってか、バッと立ち上がり声を上げる美唯さん。そして、すぐさま他のお客さま方へと謝罪をする私。ですが、気にしないでと伝えるように皆さん温かな微笑を浮かべてくださり……うん、ありがとうございます。
……ですが、美唯さんのこのお怒り……想定内とはいえ、もちろん放っておいていいはずはなく。なので、
「……私からも申し訳ありません、美唯さん。斎月の意思を知っていながら、ずっと黙っていましたので」
「……っ!! ……琴水ちゃんまで、私を騙して……」
「……想い人に、自分のことを好きに……ええ、そのお気持ちは痛いほどに分かります。……私だって、いつもそう願っていますから。
……ですが、それはこのような方法で叶えても良いのでしょうか? 確かに、惚れ薬のようなものを飲ませれば、奏さんは貴女の虜になるかもしれない。ですが、それは果たして本当に美唯さんのお望みと言えるのでしょうか?」
「……それは」
「……以前、仰っていましたよね。奏さんとお二人で来るようにという、斎月さんの提示した条件に対し、そもそもお誘いすることができなくて悩んでいると」
「……う、うん」
「はい、仰る通りだと思います。なので、斎月さんはそれを後押ししたんです。惚れ薬の代わりに、ある植物を入れることで」
「……ある、植物?」
「……斎月さんが入れていたのは、タイムという植物のエキスです。そして、その効能は勇気――以前、美唯さんに唯一必要だと申し上げた要素です」
「……勇気」
そう、じっと美唯さんを見つめ告げる。……そう、斎月さんが入れていたのはタイム――地中海沿岸を原産とする、清々しい香りが特徴のハーブです。
そして、タイムとはギリシア語で『勇気』を意味する言葉が由来ともされ、その香りや効能は古代から人々に勇気を与えてきたとされています。そして、それは彼女に唯一必要だった要素で――
「……うん、分かるよ、琴水ちゃんの言いたいこと。でも……やっぱり、分からなくて。奏さんの気持ち。今日だって、奏さんは優しいから一緒に来てくれただけかもしれないし……」
「……美唯さん」
すると、ややあって少し俯きつつお話しになる美唯さん。……ええ、よく分かります。理屈ではダメだと理解していても、魔法のような方法に縋りたくなるお気持ちも。ですが――
「――うん、それなら聞いてみようか」
「……へっ? ……あの、何を……」
すると、ふとそう告げる斎月さん。そして、ポカンとする美唯さんには答えず再び口を開き――
「……ねえ、奏くん。君はどうして今日、美唯ちゃんの誘いに応じたのかな?」
「……っ!? ちょっと、斎月さん!!」
そう、つい今しがたこちらへ戻ってきた美青年へと尋ねる。すると、唐突だったからか少し驚いたご様子の奏さん。ですが、ほどなくして――
「……そうですね、こちらのお店がとても素敵だと教えてくださったこともありますが……やはり、何より美唯さんが誘ってくださったから、ですね」
「……っ!! ……奏、さん……」
そう、少し照れたような微笑でお答えに。そして、そんな彼にハッと目を見開く美唯さん。これは、私の都合の良い解釈なのかもしれませんが……それほど歳の離れていない若い男女が二人でお茶をする、などという状況は、そもそもお互いその相手に多少なりとも好意がなければ成立しないのではないかと。なので、今のこの状況こそが美唯さんに対する奏さんのご好意を証明していると思うのです。……うん、きっともう大丈夫でしょう。
そっと、カウンターの向こうへと視線を移す。そこには、微笑ましそうにお二人を見つめるボッサボサの美男子。すると、ほどなく視線に気がついたようでこちらを見つめ口の動きで何かを伝える。そして、同じく私も声を出さずに想いを……ええ、こちらこそありがとうございます、斎月さん。




