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ZEXアドベント  作者: ケン


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第六話

「ぐへぇ」


 ようやく六時間目のLHRが終了し、俺は机に突っ伏してしまう。

 学園の授業時間は一コマ六十分だ。

 中学時代まで五十分がデフォルトだったからたった十分、伸びただけでもかなり来るものがある。

 周りを見渡しても俺と同じように疲労を表情に滲ませている子が結構いる。


「……ヤバいな」


 周りを見渡すとこの六時間の間にグループが出来ている。俺はと言えばそんなもの出来るはずもなく、偶然、視線が合うだけで逸らされるくらいだ。

 Go to Bocchiだ。

 でもこの一年間で友達を作る気はさらさらないし、近づいてくる奴らは全員、俺に対して差別や偏見をぶつけてくるだけだから別にかまわない。


「は~い、みなさん~。終礼しますから座ってください~」


 と、自動ドアが開いて赤阪先生がパタパタと教室へ入ってくる。


「本当なら終礼は神原先生なんですが指導が長引いているので私が終礼をしますね~」


 二時間目の脅しが良い具合に効いているのか全員、物音一つ立てずに姿勢をまっすぐ直線にして座っている―――俺を除いて。


「神原君」

「は、はいっ!」

「あとで神原先生のところに行きましょうね~」

「おっふ」


 その後もつらつらと明日以降の連絡事項が伝えられるがこの後の恐怖の大魔王との面談で頭がいっぱいで脳内に残らない。

 終礼が終わり、号令が終わると女子たちは大きな荷物を持って寮へと向かっていく。

 全世界から生徒が来る関係上、ZEX学園は全寮制となっている。

 ただ俺はまだ部屋がない―――ZEX学園内で犯罪に巻き込まれる可能性はほとんど0に近いだろうがZ族しかいない場所に平民が入る以上、警護関係の話は付きまとってくる。

 それがまだまとまっていないので俺の部屋はまだ決まっていない。


「では行きましょうか~」

「は、はい」

「そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ~」

「は、はぁ」


 先生の後を追いかけて歩いていると外から活気の良い声が多数聞こえてくる。

 窓からチラッと外を見ると上級生たちが新入生を出迎えており、何やらチラシなどを配っている。


「毎年、この時期は新入生の争奪戦なんですよ~」

「そうなんですか?」

「クラブで有望株を囲うことが出来ればクラブの名前も広がりますからね~」

「……もしかして神原先生は」


 続きは話せなかった。

 なんせこちらを振り返った先生が人差し指を立ててそれ以上は、と話を遮ったからだ。

 多分、あの人は俺が変なことに巻き込まれないために放課後の呼び出しを―――とも考えたが普通に生徒指導な気がしてきた。


「さ、ここですよ~」


 着いたのは面談室の表札がかけられている扉の前。扉の隙間からとても重苦しい空気が流れ込んでいるのは気のせいだと思う。

 すると扉が開き、一人の女子生徒が出てくる。


「ひっぐ……うぅ」


 その女子生徒はリボンの色が違ったので恐らく上級生だろう―――その人は嗚咽を我慢できず、大粒の涙を流しながら足早に去っていく。

 俺はクルリと回れ右をするがいつの間にか俺の背後に周った赤阪先生によってもう九十度回されてしまい、その場で一回転するという奇行をしてしまった。


「逃げはダメですよ~?」


 理解した。

 この柔らかい雰囲気に騙される生徒がいっぱいいるのだと。確かに別ベクトルの怖さだ。

 俺は若干、震える手で扉を三回ノックする―――向こうからどうぞ、の一言が聞こえ、ドアを開け、挨拶を行い、一礼をしてから扉を閉める。

 そしてそのままソファへと向かうがもちろん座らない。座ったら殺される。


「……」

「……座れ」

 座ることを許可され、恐る恐るソファに座るが俺達の間には会話は生まれず、部屋には沈黙だけが流れて非常に気まずい。

 沈黙がこんなにも重いのは初めてだ。

 足を組み、腕を組んだ仕事モードの姉ちゃんはとても怖い。


「秋冬」

「は、はい!」

「……今は家族として話している……力を抜け」


 そう言われて少しだけ力を抜く。

 目の前に座っている姉は昔、俺に見せてくれていた柔らかい表情だ。


「あ、うん……」

「……何故、あの時逃げなかった」

「……」


 ZEXに対する憧れは確かにあった。

 でも自分の命が危険にさらされている状況下で憧れを優先するほど夢に酔っているつもりはないし、現実だってちゃんと理解している。

 それでもあの時は―――


「あの時は……逃げちゃだめだって思ったんだ。あの人を置いて逃げたら……俺は一生、その光景を思い出して何もできなくなると思ったから」

「……はぁっ。組みなおしだな」

「へ?」

「いや、なんでもない。こっちの話だ……とにかく、来年は転科をしろ」

「そうしたいのは山々なんだけど……今の俺の状況で出来るかな?」


 Z因子を持たない俺が動かしてしまった以上、そんな貴重な存在をみすみす整備科の方に動かすなんてことが認められるのかが不安だ。

 普通に考えれば認められないだろう。


「お前、私を誰だと思っているんだ?」

「誰って……腕っぷしだけで隊長にのし上がった辛い食べ物嫌いな人」

「お前なぁ……ま、それだけ軽口を叩けるのなら今は大丈夫か」

「今はだけどな……Z族しかいない地獄でやっていけるかな、一年間も」

「お前の言うように九割は差別や偏見、偏った思想に凝り固まった奴だが意外と良い奴もいる」


 今のところその良い奴は姉ちゃんと赤坂先生しか見つけられていないのだが本当に大丈夫だろうか。

 特に今を生きる若い世代は色濃く平民を見下す思想に染まっているからなかなかいい関係を構築できるとは思えない。


「まぁ、私がいる以上、お前に無用な手出しはさせないさ。私の見える範囲ではな……コソコソとやって来る連中は証拠を押さえて私に提出しろ。いじめ行為で停学に入れてやる」

「うわぁ……リアルすぎて引くぅ」

「というわけで」


 そう言いながら姉ちゃんはポケットから色々と取り出して机の上に置いていく―――それをよく見るとボイスレコーダーだった。


「これを普段から肌身離さず身に着けておけ」

「ボイスレコーダー? スマホじゃダメなのか?」

「スマホは皆が警戒するからな。デジタル時代に抗う術はいつだってアナログの技術だ」

「ふ~ん」

「ところで……明日は振り分け試験がある。分かっているな?」

「……?」


 俺の表情を見て全てを理解したのか姉は大きなため息を―――それはそれは大きなため息をついた。

 恐らく終礼の際に赤阪先生が言っていたんだろうけどここに呼び出されていることの恐怖のせいで覚えていないのだ。


「操作技術のレベルを測るものだ。実技授業はレベル別で行うからな。Z族は皆、義務教育の中で三十時間のZEXの操作をしている。だから最低限の操作はできるが……」

「えっと……この前の戦いの時しか動かしてない」

「よくぶっつけ本番でゼータを倒せたな」

「まぁ、あれは……姉ちゃんの授業の賜物と言うか」


 昔からZEXが学べない、そしてゼータから逃げるためにと最低限の格闘術を一から叩き込んでくれていたのであの時は勝つことができた。

 それに加えて途中までは本職の人が戦っていたからゼータも体力を消費していたんだと思う。


「そう言えばあの人はどうなったんだよ」

「彼女なら無事だ。ま、重症であることには変わりはないがな。今は入院中だ」

「そっか……よかった」

「とにかく今日は休め。明日は一日がかりの大仕事だからな」

「あ、うん……ところで俺はどこに住めば? 一応荷物は持ってきたんだけど」

「それなんだがな……まだ部屋は用意できていない」


 姉ちゃんは申し訳なさそうにそう言うが正直それは予想していたことだ。

 まず第一に平民である俺をZ族しかいない生徒寮に突っ込めばまず間違いなく問題が起きるだろうし、かといって別の場所というのもすぐには用意できない。

 姉ちゃんの部屋は女子寮だから住めない。


「一応、テントも持ってきたんだけど」

「お前は学園内で野宿でもする気か?」

「え? ダメなの?」

「ダメに決まってるだろ」

「じゃあ、どこに住めば」

「プレハブを建ててあるから部屋が決まるまでの間はそこに住め」

「あ、プレハブ建ててくれたんだ」

「これでも苦労したんだぞ? 綺麗に使えよ」

「もちろん……ありがと……ところで風呂とかトイレは?」

「寮の門限後に使わしてやる」

「了解」


  キャリーケースを持ってドアを開けた瞬間、後ろから殺気を感じたので慌てて退室マナーを思い出し、慌てて一礼してからドアを閉めた。


「ほっ」

「ね、怖くなかったでしょ~?」

「先生……最初から知ってたでしょ」

「ふふっ。ではプレハブに案内しますね」


 赤阪先生の案内の下、俺専用のプレハブへと向かう。

 こうして先生が直々に案内してくれるのも人払いという側面もあるんだろう―――その証拠にちょっかいをかけようとしていたであろう連中が先生の姿を見てすぐに踵を返していく。


「住みにくい場所ですが何かあったらすぐに言ってくださいね。対処しますから」

「あ、はい。ありがとうございます」


 相変わらず広い敷地をひたすら歩き続ける。

 ZEX学園は日本の首都である東京に作られた教育機関だ。

 学園の創設の際に他国からも多額の援助を受けたことで広大な施設になったらしく、創設の際に東京の六十二の市区町村のうち半分を区画整理という名目で合併し、ZEX特区にしたらしい。


「あそこが学園の大図書館です~。ZEXに関する書物の他にも色々な本がありますよ~」

「……図書館というか半分カフェですね」

「憩いの場ですね~」


 その表現の通り早速利用している新入生の姿が見える。ちなみに入っている店舗は世界でも有名なカフェだ。


「あそこが部活棟です~」

「……でか」

「ちなみに運動部専用のグラウンドはバスで行きますよ~」


 運動部・文化部両方の部室が入っているであろう部活棟はもう分譲マンションと言われても納得するほどの建物だ。

 中の設備など実際に見なくても最先端のものが置かれているのは確実。


「で、ここが今日から神原君が住むプレハブになります」

「……おぉ~」


 とりあえずそんな声を出してみたが俺の目の前にある物はプレハブではなく、どちらかと言うと災害時のコンテナハウスだ。

 頑丈そうなコンテナがポツンと置かれているので外からのちょっかいには強いんだろうが果たして住み心地の方やいかに。


「トイレについてはすぐそこの公衆トイレを使ってください。食事については一年生寮の食堂を使ってくださいね。お風呂については一年生男子寮の門限後に入りますのでその時はまたメッセージを送るのでタブレットを確認しておいてください」

「分かりました。ありがとうございます」

「はい。ではまた明日」


 赤坂先生はそう言ってこの場を後にする。

 先生の姿が見えなくなったところでコンテナハウスの扉を開けると寝床である二段ベッドと学習用の小さな机が置かれているだけの簡単な作りだった。

 唯一、残念なことはコンセントが全くないということ。

 電気も工事を行っていないので本当にただのコンテナの中に住まうことになるが雨風を凌げ、面倒なちょっかいも避けられるなら御の字だろう。


「二段ベッドも……普通だな」


 キャリーケースを壁に立てかけてベッドに横になる。

 ようやく気を休めることができ、いろんなことが俺の脳内で動き始める。


「明日から……まともに生きていけるのか……俺」


 そんなことを考えていると一日の疲れが出てきたのかだんだん眠気が襲い掛かってきて瞼が重くなってきたので俺は睡魔に身を任せることにした。

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