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ZEXアドベント  作者: ケン


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第四話

 四月四日―――全国的にあたたかな春日和となり、桜が満開を見せるシーズン。

 多くの教育機関で入学式が実施されており、全国で何万人もの新入生が誕生するなんともおめでたい日だ。

 ニュースを聞けばやれ勉強が楽しみですとか、友達をいっぱい作りたいですとか新生活に希望を抱いている若人たちの眩い笑顔で溢れている。

 そんなめでたい日に絶望に打ちひしがれた顔を浮かべ、キャリーバッグを持って電車に乗っているのは俺くらいだろう。

 現に今俺が乗っている新入生専用送迎列車に乗っている生徒たちは皆、希望に満ちた顔をしており、非常に晴れやかな様子だ。

 俺以外は。


「ねぇ、あれ」

「うん……例の男の子……だよね」

「平民の癖に……ZEXを動かすなんてありえない」

「纏う雰囲気からして平民さが出てるな」


 女子たちは聞こえないように小さな声でぼそぼそと、男子たちは俺に聞こえるような声量で俺の陰口をたたいており、居づらさは最上クラスだ。


「……はぁ……」


 思わずため息をついてしまう。

 あの日、平民である俺がZEXを動かし、さらにはゼータまで倒したという報告は瞬く間に全世界に広がっていき、SNSでは世界トレンド一位を一か月間かっさらったほどだ。

 家の玄関には無数のマスコミ関係者が殺到し、警察が動く事態にもなったし、挙句の果てにはZEX学園の関係者による身辺警護まで始まった始末だ。

 それもそうだろう―――今までの常識を打ち破る存在が出てくればその真意を確かめたいと考える鵜存在は出てくる。

 善悪問わずだ。

 だから中学卒業まで三か月ちょっとは非常に肩身の狭い毎日を過ごし、テレビをつければ自分の顔とご対面するという毎日だった。


「……」


 そして俺のZEX学園・ZEX科への強制入学が決まったのは二週間前のことだった。

 速達で分厚い封筒が届いたかと思えば中に入っていたのはZEX学園への入学書類の束、そして気が狂うほどの山もりの課題。

 Z族の連中は義務教育の中でZEXを学習しているから一般常識なんだろうが平民の俺たちにとっては一切習っていない新しい範囲だ。

 だから平民の俺たちがZEXのことを学ぶなら中学卒業後にZEX学園に入るか、それとも独学でZEXを学ぶかのどちらかしかない。


「……既読無か」


 スマホの画面を確認するが通知は入っておらず、メッセージアプリを開いてみても既読がついていないのでおそらく読んでもいないんだろう。

 あの日以来、俺が送るメッセージを姉ちゃんが読むことは無くなった。

 俺⇒姉の方向性は途絶え、姉⇒俺の方向性だけが生き残る完全一方通行のメッセージのやり取りしかなくなってしまった。

 確かに姉ちゃんの言いつけを破った俺が悪い―――ただこれまで十何年と続けてきた生活ルーティンを変えるほどの影響があったんだろうか。

 姉ちゃんは一か月に一回程度しか家に帰ってこれないくらいに非常に忙しい身なのは理解しているけどこの三か月ちょっと、一切帰ってこなかった。


「……」


 名前しか知らないような連中からのメッセージは腐るほど来る。

 でも今俺が欲しいのはそいつらじゃない。


『まもなくZEX学園前、ZEX学園前』


 目的地の駅名が呼名され、荷物を纏める連中が多い中、俺は遠くを見つめながらポケーッとしていると再び車内アナウンスが入る。


『皆様。ご入学おめでとうございます』


 恐らくこれは車掌の気の利いたアドリブだろう。

 よくSNSのショート動画でこの時期に周ってくるあれだ。


『これから三年間、皆さんは過酷な日々を送ることになると思います。ですが今まで頑張ってきた皆さんなら絶対に素晴らしいZEX操縦者になれます。三年後、操縦者となった皆さんをお送りさせていただきたいと思っております。頑張ってください』


 車掌のアナウンスが終わるや否や車内を埋め尽くすほどの拍手喝采が車掌に送られ、大歓声が車内に響き渡る。

 悪い気はしないが今の俺にとってはどうでもよく、入学者全員に送られてきたタブレット端末であるデータに目を通す。

 それは事前に送られてきた学園規則。三百ページにも及ぶ文章の羅列のあるページに俺はマークをつけている―――それは転科の規則。

【学園規則第二百条第二項。二年生に進級時、転科を許可する場合がある】

 要約すれば一年間、ZEX科であっても二年生から整備科への転科は可能。

 一年間、我慢すればなんとかなる。俺はそれだけを胸に秘めて今、この場にいる。

 熾烈な受験戦争を勝ち抜いてZEX科に入った者は皆、これからの明るい未来に胸躍らせており、転科の”て”の字もないだろう。

 ここはZ族だけの世界だ―――なんとしてでも整備科に転科できるように頑張らないと一年間でさえもつか分からないのに三年間など到底不可能だ。

 その時、モノレールがゆっくりとその速度を落としていき、やがて完全に停止すると一斉にすべての扉が開き、周囲の連中が荷物を持って降りていく。

 その時、わざと荷物をぶつけられたような気がしたが無視をしておこう。

 駅ホームでは出迎えとして学園の教員たちがお祝いの言葉をかけている。でも俺はすぐには降りずにそのまま少し待つ。


「……そろそろかな」

 一通り、新入生が散ったのを確認した俺はキャリーケースを転がし、モノレールを降りるが誰一人として俺にお祝いの言葉はかけてくれない。


「……お、おはようございます」


 一応、挨拶はしておいたが誰も返答してくれない。

 いや、何と言葉をかければいいのか分からないんだろう。

 なんせZEX学園が設立されてから十五年近くが経つが平民がZEX科に入学するなど一度もなかった話だ。対応の仕方なんて分からないに決まっている。

 平民が入れるのは別の敷地にある整備科だけ―――これが世界の常識だった。

 ジーッと見てくる先生たちの視線から逃れるようにタブレット端末に目を向け、新入生要項に目を通す―――ふりをしながら視線の針山から脱出する。


「……ふぅ」


 やっと視線の針山から逃れることが出来た俺は一安心の息を吐き、新入生要項のページを繰り、入学式の案内へと目をやる。


「入学式は第一アリーナ……あれか」


 付属していた地図を見る間でもなく第一アリーナの場所は分かった。

 ZEX操縦者を育成する以上、学園の敷地内で安全に操作技術を実践するための大型で特別な施設が複数必要になる。

 だから学園の敷地内には第一から第四まで実践演習用のアリーナが作られており、の中でも第一アリーナの広さは別格だ。

 収容数も桁違いで全校生徒はもちろん、来賓も数多く招くことが出来るという。

 他のアリーナも可能らしいが第一アリーナと比べると収容数は少ない―――全部、入学前冊子に書いてあった。


「入学式楽しみ~」

「それな~」


 前方に俺と同じ新入生らしき女子三人組が見えた―――ほんの一瞬、俺の方を見た気がするのでタブレットに視線を落とす。

 前方にいる女子三人組は一見すれば何の変哲もない女子生徒に見えなくもないが俺を一瞬だけ見たあの蔑んだ眼はおそらく例に漏れず、だろう。

 この前に遭遇した女性が珍しいだけであって大半のZ族は平民を見下している。

 それこそ平民=奴隷、使い走りと考えているやつも多く、差別や偏見が横行しているが政府はそれを事実上、黙認している形だ。

 それもそうだろう―――世界の平和を守っているのはZ族なんだから。

 Z族の機嫌を少しでも損なうような政策を打とうものならゼータとの戦闘を放棄すると言われたならばその政治家は打ち首の刑に処されてもおかしくない。


「平民がこんなところで何してんの?」

「……最悪だ」

「格好は私たちと同じZ族してるけど……雰囲気がまず平民なんだよね~www」

「分かるぅ! なんていうかオーラないよね。出来るオーラってやつ?」


 女子たちは三人で勝手に盛り上がり始めるが共通してるのは平民苛めが趣味であるということ。

 頼んでもいないのに勝手に昔の武勇伝を語り始め、やれ宿題は全部平民の奴らにさせてただの、やれムカついた時はサンドバッグにしてただのとぺらぺらと出てくる。

 挙句の果てには平民の教師をありもしない嘘で訴えて首にしただのと。


「平民がZEX学園に入っちゃダメなんだぞ~」

「お帰りの電車はあちらで~すwww」

「平民はおとなしくあたしたちのためにZEXの整備してろっつうの」


 俺も是非とも整備科の方に移りたいんだが平民でありながらZEXを動かした身なので保護観察も含めてZEX科への強制入学なんだ。

 俺が三人に絡まれていても助ける人など誰もおらず、教師も何人か通り過ぎていくが当たり前の日常の一コマのような捉え方で何もしない。


「あたしお腹空いたかも~」

「それな~。あ、そこに学園のカフェあるからさ、そこ行こうよ」

「いいね~。まだ入学式まで時間あるもんね~」


 当然、そこの代金を払うのは平民の俺なんだろうが俺は今、所持金は一切ないので正真正銘、一文無しの状態だ。

 入学金や教材費、果てにはここまでくる交通費などを揃えたら口座の残高が0になってしまった。

 これまで働いていた姉ちゃんの生活費の振り込みをやりくりして生活していた。

 もちろん、生活費に関しても節約を徹底して無駄遣いを一切せず、必要なものにだけ使って残りは貯蓄に回していた。

 そんな貯蓄達もすべて今回の巨額の出費で消えてしまったわけだが。


「んじゃ、レッツg」

「Get out of the way」


 唐突な外国語に俺達は止まる。

 俺達を退かすように赤い髪の少女が割って入るように道を通っていく―――俺はその少女に見覚えがあった。

 赤い髪を持ち、腰には鞘を下ろしている彼女―――あの日だけで二回、姿を見た彼女だった。

 三人組が口々に文句を言いながら絡もうとするが赤い髪の少女からすれば小石程度の存在なのか気にすら止めていない。


「何こいつ……空気読みなさいよ」

「ていうか無視すんなし!」

「ほんとほんと……ね、ねえ見てあれ」


 一人の取り巻きが赤い髪の少女のある部分に気付き、共有すると残りの二人もそれに気づいて驚きのあまり目を見開く。

 彼女たちもようやく赤い髪の少女が特別な存在であることに気付いたようだ。

「う、うそ……や、やっばー! もうそろそろ時間じゃん!」


 唐突な登場と言葉が通じないという状況を前に三人組は状況的に不利と察したのか足早に去っていく。


「あ、えっと……ありがとう」

「……」


 赤い髪の少女に俺はお礼を言うが少女はじっと俺の方を見てくる。少女が纏う雰囲気はとてもじゃないが同い年には見えない。

 大人と勘違いしそうなくらいに落ち着いた雰囲気はどこか冷たさを感じ、そこら辺にいるZ族の連中とは決定的に何かが違う。

 この世界で彼女の様に武器を所持している存在は特別であり、世界に必要とされている。


「Why don’t Japanese people talk back?」

「え? え?」


 あまりにネイティブ発音な英語を前に俺は返答が思いつくどころか最初のwhyくらいしか聞き取ることが出来なかった。

 とにかく無視をするわけにはいかないので何とか中学時代に習った英語を思い出し、ふと浮かんだ一文を言い放つ。


「ア、アイムファイン!」

「……」


 俺が知っている英語表現の一つを大きな声でハッキリと、笑顔で彼女に言い放つ。

 しかし彼女は呆れたように大きくため息をつき、キャリーケースを引っ張って入学式会場へと歩いていく。

「……カタカナ英語過ぎて分からなかったのか?」


 とにもかくにも俺も入学式の会場へ足早に向かった。

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