第二十七話
『ま、とにかく明日以降も放課後、あんたの特訓に付き合ってあげるから』
『ありがとな。じゃ、また明日』
「ハエ払いにはちょうどいいが……秋冬にこれ以上は……いや、まだ範囲内か」
モニターに映されている映像を見ながら春夏は一人残っている職員室で膨大な書類の山と対峙し、手早く正確に処理していた。
彼女には今、殲滅隊隊長としての職務と一組担任、そして秋冬の監視という三つの仕事がのしかかっており、明らかにオーバーワークだった。
「秋冬……実技もいいが座学もきちんと学ばないとな……この点数では整備科の転科は厳しいぞ」
そう言う春夏の目線の先にはタブレットが置かれており、画面には少し前に授業内で実施された筆記小テストのPDFが表示されていた。
秋冬は十点満点中三点であり、平均点が九割を超えている小テストでは赤点だった。
「だがもっと面倒くさいのは」
春夏が動画の再生時間を戻していくとモニターに小型のぬいぐるみが映し出される。
何度かぬいぐるみの視線が秋冬に仕掛けている小型カメラに注がれていることから向こうも気づいているだろうが牽制のつもりなのか見るだけで何も具体的なことはしない。
「……今は様子見か、それとも向こうで作戦を練っているのか……なんにせよこいつの侵入を許している時点で学園のセキュリティーは終わりだな。改善案を出す必要があるな」
春夏はふっと小さく自嘲気味の笑みを浮かべると近くに置いてあったおにぎりを食べながら片手でキーボードを叩いていく。
「今はグレース社も来日していたな……こちらに何もなければいいが」
――――――☆――――――
「グレイシア家は代々、名家として有名な一族であり、現代では様々なビジネスにも精通している……なるほど……その一つがグレース社……創業者はアギエル・グレイシア……」
明日は土曜日で学園も休みということもあり、コンテナハウス内で俺は調べ物にふけており、先ほどまで復習をしていたが今はグレース社を調べている。
「グレース社の造る兵装は対ゼータを念頭に置いていることから威力が非常に高く、並のゼータであれば一発の弾丸で仕留める……」
ふと中型住処での戦いを思い出してみるが確かにショットガンに一撃でゼータを葬っていたところを思い出せるので威力は相当高いんだろう。
最近はZEXを災害救助活動や競技に取り入れようという動きもあるという記事もさっき見つけたがやっぱり今はまだ対ゼータ用兵器という側面でしかない。
「全然知らなかったな……あいつが御曹司だったなんて」
専用機体を与えられている時点で並のZ族じゃないことは理解していたけどまさか上位数パーセントの上澄み中の上澄みZ族だとは思いもしなかった。
でも地位だけで専用機体を与えられたんじゃない―――血のにじむような鍛錬があったからこそ彼女に専用機体が与えられた。
「グレイシアに教わる以上は俺もちゃんとしないとな……となると」
カバンのチャックを開け、中から葉山博士から貰ったZEXの待機形態である銃を取り出す。
中型住処での戦いでは展開された状態で装備していたけど待機形態の状態からZEXを展開したことはまだ一度もない。
この先、人前ではこいつを使わないとはいえ、展開の仕方を知らなければ宝の持ち腐れだ。
「グレイシアは剣を抜いて展開してたよな……となれば銃だから撃つのかな?」
夜で皆が寝静まっているとはいえ、さすがに学園の敷地内で発砲するわけにもいかない。
その時、まぐたんから貰ったスマホを思い出し、カバンに適当に入れていたそれを取り出して画面をタッチすると光がともる。
「あったあった。超過機体のマニュアルっと」
マニュアルアプリを起動すると画面が遷移して章分けされた目次が表示され、展開の章をタップすると嫌になるほどに細かい文字で文章が表示される。
ちなみに章は二十章くらいまであった気がする。
「展開は……銃のスライドを後方へ一度、引っ張ると展開モードに切り替わり、引き金を引くと弾丸が放たれて搭乗者にヒットすると同時に弾丸が破裂し、素粒子分解されていた装甲が展開されます。ちなみに発砲音はしない……試しにやってみるか」
マニュアルに書かれていることを信じて銃を手に持ったままコンテナハウスから出てマニュアル通りにスライドを一度、後方へと動かす。
すると一発の弾丸がどこからともなく装填されたのが見えるとともに淡い光を放ち始める。
「で、引き金を引くっ!?」
空に向かって引き金を引いた瞬間、凄まじい衝撃が右腕から全身に伝わり、思わず体勢を崩してその場に崩れ落ちてしまう。
右腕のしびれを我慢しながら空を見上げると一発の弾丸がまるで意思を持っているかのように夜空を縦横無尽に飛び回っている。
直後、その弾丸が軌道を変えてまっすぐこちらへと向かってきた。
「おいおいおいおいおい! うわっ!」
思わず後ずさりし、腕で顔を隠したと同時に弾丸が着弾する―――ほんの一瞬だけ打撲の痛みを感じたとともにZEXの装甲が全身に纏われる感覚が出てきた。
ゆっくりと目を開けるとすでに展開が完了したZEXがそこにはあった。
「おぉ……これが俺のZEXか」
『な~んだ』
「っっ!? びっくりしたぁ……脅かさないでくださいよ」
『ごめんごめん。こんな真夜中に超過機体の反応が出てきたからさ……何かと思えば練習で展開しただけか~』
「いざというときに展開の仕方を知らないのはまずいんでね……それにしても専用機体の展開ってこんな一瞬で終わるんですね」
『ふふ~ん。その素粒子展開を現実にしたのがこの私なのさ。他にも色々な機能を現実にしたけどね』
一般素人の俺にはさっぱり分からないが恐らくあの数秒間の中に稀代の大天才たる所以が秘められていたんだと思うと改めてこの人の天才性が際立つ。
同時にますます姉ちゃんがこの人と俺を離していた理由が分からない。
『ちなみに二回、スライドを後退させてから撃つと私特製の遠隔修復ポッドが召喚できるよ』
「へぇ~。あ、でもそれを召喚するのも学園の外の方がいいですよね?」
『別に大丈夫だよ~。ポッドはステルス機能搭載だから学園程度のレーダー網じゃ補足することは出来ないし、静音ロケット構造だから飛行時の音も聞こえないよ~……春夏以外は』
「あ~」
それほどにまで姉ちゃんという存在は凄まじいんだろう。
恐らくこうやって博士が俺とコンタクトを取っているということも察知しているんだと思う。
『君も大変だねぇ。こんなゴミくずみたいな場所に閉じ込められてさ』
「まあ……Z族の巣窟ですからねぇ」
『私のところに来ればこんな面倒くさい人間関係なんかないのに』
「そりゃ博士とモルモットの関係ですからね」
『でも面倒くさいことは嫌でしょ?』
正直に言えばここの環境にさっそく嫌気がさしそうな感じはする。
なんせグレイシアにZEXのことを教わっているだけで脅しにかかるくらいに器が小さい連中ばかりだからな。
恐らく今後もそう言った脅しは続くだろうし、長期的になれば脅し以上にもなるだろう。
『ま、君がいいなら私は何も言わないよ。それに春夏が許さないだろうしね』
「でしょうね」
『超過機体を使うときは超過起動を使ってくれればそれでいいよ』
「また何かあったら連絡します」
『またね~』
そう言い、相変わらず変な足音を立てながらまぐたんは闇夜の中へと消えていく。
頭の中でZEXの解除を描くとそれを受け取ったZEXの装甲が一瞬にして光の粒子となって消え去り、あっという間に待機形態の銃へと戻った。
「……そろそろ寝るか」
――――――☆――――――
「ふ~む……このままのペースじゃ良いデータは集まりそうにないな~」
とある場所であずさは椅子でくるくると回りながら虚空を見つめ、呟いていた。
せっかく作り上げた超過機体もまともに使われなければ彼に与えた意味もないし、彼女が欲しているデータも手に入ることはない。
かといって彼は学園という春夏の領域にいる以上、おいそれと表立って動くことは出来ない。
こうしてまぐたんを通じて彼とコミュニケーションを取るのが関の山だろうし、春夏が敢えて見逃しているのも理解している。
「彼をうまく戦場に誘導できないかな~」
そんな彼女の呟きに応えるように画面が移り変わり、いくつもの反応が示される。
「今確認されている住処か~……んん?」
その時、何気なく見ていたその画面に気になるものでもあったのかあずさの表情が変わり、画面に触れてある箇所にある住処が映し出される。
それは全開の戦いで中型住処と同時期に発生していた大型住処があった場所であり、そこには多数の残骸が残っていた。
そしてある部分を拡大していくと何やらアリの巣穴への入り口のような小さな穴が見えてくる。
あずさはニヤリと口角を上げながらキーボードを叩いていくと画面が切り替わり、表示される情報も切り替わる。
「なるほど……そう言うことか……良いこと思いついちゃった♪」
その笑顔は酷く汚れた笑みだった。
――――――☆――――――
―――ドンドンドン!
「―――……んんっ……」
何やら扉を叩くような音が聞こえてくる気がするがそれよりも今はこの布団に包まれ、休みという日を謳歌したいという気分に支配されている。
そんな心地よさに俺は身を任せて―――
―――キンッ
「っっ眩し……」
軽い金属音の後、突然、俺の顔に太陽の光が直撃したのを感じ、手で顔を隠しながら体を半分起こして光が差してくる方向を見るが起きたてなのと光が眩しすぎてよく見えない。
目をこすり、再び見るとようやく前方に誰かが立っているのが見えた。
「だ、誰……ってえぇぇぇぇ!? と、とび、扉が……は、はん」
「This is no time to be sleeping!」
「グ、グレイシア!? っていうか扉が斬れてる! な、なんで!?」
俺の顔に太陽の光が直撃した理由はコンテナハウスの唯一の扉が真っ二つに斬られているからであるがそれを押しのける勢いでグレイシアが俺に迫ってくる。
その表情は見たことがないほどに焦っていた。
「It's my day off, but I have a favor that only you can do!」
「うぇ、あぁつ、どっ、うえぇ?」
目覚め直後ということもあって頭が全く回らないところに全く聞き取れないネイティブバリバリの英語が余計に俺の頭を混乱させる。
そんな俺に気付いたのかグレイシアは辺りを見回し、学習机にWorld Linkを見つけるとそれを箱から取り出して俺の耳に無理やり装着させ、一言―――
『私を外に連れ出して!』
「は、はい!?」




