第二十五話
「あー……終わった」
「お疲れさまでした~」
終礼ギリギリに滑り込んだ俺は若干の注意を受けながらもなんとか一日を終えた―――が、終礼後に待ち受けていたのは俺だけの特別補習だった。
一度、退学処分となった俺は数日間の授業を欠席している扱いなのでそれを取り戻すためにこうして放課後に補習を受けている。
どうも聞くところによると本来であれば振り分け試験後の実技授業はもっと前に開始される予定だったんだが今年はいつもと比べて一週間ほど遅らせているらしかった。
だから俺が復帰したと同時に振り分け試験後初めての実技授業が開始されたということになる。
「あ~、これがあと十日は続くのか」
「この調子で頑張りましょ~」
赤坂先生の教え方は非常にうまく、義務教育で一切習っていない平民の俺でも基礎の基礎からしっかりと丁寧に教えてくれる。
正直、嫌み成分は一切感じられないのでZ族の中でも非常に珍しい存在だろう。
俺の実技授業を受け持っているあの教師にも赤坂先生の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
その時、窓の外から何やら歓声のようなものが聞こえてきたので窓の外を見ると何人かの生徒が人工芝のグラウンドに集まっていた。
「なんだあれ」
「あ~、あれはグレイシアさんを誘ってるんですね~」
「グレイシアを? 何に?」
「専用機体の性能を確かめたいんですよ~。専用機体のスペックや能力は基本非公開ですし、グレイシアさんの機体は比較的新しい機体ですからね~」
彼女の専用機体の燼焔の錬造神は武器を創造する炎を使うことができ、副次的能力として単なる炎を操ることもできる。
そんな能力を目の前で、しかも生で見ることができた俺はある意味ラッキーなんだろうか。
「大変ですね」
「毎年、専用機体持ちが入学してくるとみられる光景ですからね~」
「上級生にもいるんですか?」
「ええ、いますよ~」
いつか会えるかも、と思ったが俺の目的を思い出しその考えを振り払う。
俺は来年には整備科に転科する予定なんだから上級生の専用機体持ちと遭遇するなんてことは考える必要はないんだ。
今はしっかりと勉強をして知識をつけて整備科に移れる知識をつけないといけない。
「あ、そう言えば先生」
「なんですか~」
「放課後ってアリーナは使えるんですか?」
「はい~。使えますよ~。タブレットから生徒用ページにログインしてもらってアリーナサイトに行けば予約ができますよ~」
試しにタブレットを取り出して生徒用ページへとログインし、アリーナサイトへと行くと確かにアリーナの使用予約のページがあった。
だけど今画面に表示されているのは全てのアリーナの全ての時間帯がメンテナンス中と表示されておりどこも予約できなかった。
「ありゃ~、今は定期メンテナンスでしたか~」
「今日は厳しい感じですか?」
「ん~、ダメもとでアリーナの受付で使用許可願を紙で出せば限定的な範囲であれば使用許可が下りるかもしれませんね~」
「なるほど。ありがとうございました!」
先生にお礼を伝えてカバンを持ち、すぐさま第三アリーナへと向かう。
入学してからもうすぐ三週間が経過しようとするがそれでもまだ新入生マジックは消えず、いろんな部活動から勧誘されているやつも多い。
「……すげぇ、誰も見向きもしねぇ」
試しに新入生に群がっている連中の近くを歩いてみるが気配でも感じ取ったのか誰一人として俺の方を向かず、Z族の新入生だけを勧誘し続けている。
まるで透明人間にでもなったような感覚になりながらも第三アリーナに到着し、受付周辺をキョロキョロと探しているとアリーナ受付の看板が見えた。
「あれか……ということはあのボックスにある紙が……ビンゴ」
受付のすぐ近くの机に置かれていた書類ボックスの中を見て見ると俺の予想通り、使用許可願が入れられており、それを一枚とって近くに置かれていたボールペンで記入していく。
授業が俺にとってまともじゃないのであれば放課後、自分でまともな学習をするしかない。
「あの、お願いします」
「……はぁ」
受付の男性は大きなため息を吐きながら視線だけで画面を確認するがキーボードを触ることすらせずに俺が出した紙をピンと適当に弾き飛ばす。
「無理。どこも空いてないわ」
「どこも……ですか?」
「そ。今ちょうど定期メンテナンス中だし」
「あの、フィールドのちょっとの範囲だけでもいいんです」
「ダメダメ。使えないから帰れ」
恐らく押し問答をしても何ら変わらないことを悟った俺は帰ろうと振り返った時―――
「おぉっ」
「……What's up?」
彼女の英語は相変わらず理解できないがなんとなしにこの場の雰囲気とを合わせればなんとなくの意味合いは理解できるようになった。
多分―――多分、彼女は俺の様子を心配してくれているんだろう。多分。
「あ~うん……アリーナ使いたかったんだけどさ。今使えないみたいで」
「……」
グレイシアはタブレットを手に取ると慣れた手つきで画面に指を走らせていく。
そして数秒後、彼女はタブレットの画面を俺に見せてくる―――そこには何ら問題なく第三アリーナの使用許可が下りている画面だった。
「……そうだよな」
これが現実だ。
俺がどれだけ頑張ろうとしても全ては後回しであり、Z族の連中からすれば俺の意思なんてものは踏みにじってなんぼの物。
だから俺が出した使用許可願は却下されるけどグレイシアが出した許可願はすぐに許可される。
「you’re free, aren’t you? Keep me company」
「……へ?」
発言を理解できずに固まっているとグレイシアが制服の袖を掴んでズルズルと奥へと引っ張っていき、アリーナ内に入っていく。
その間にWorld Linkを耳に着け、引っ張られながらもなんとか体勢を立て直す。
「お、おいどこいくんだよ」
『どこ行くってZEXの操縦訓練するんでしょ? 付き合ってあげる』
「え!? いいのか!?」
『毎日毎日、入りたくもない部活の勧誘を受けてストレス溜まってるの』
「お前も苦労してるんだな」
持たない者も苦労するが持つ者もそれ相応の苦労をしているということか。
階段を下りながらそう考えていると扉が開かれ、潜り抜けると目の前には汎用機体のZEXがズラリと並んでいる。
『復習よ。ZEXの種類は?』
「えっと……汎用機体と専用機体の二種類だ」
『正解よ。じゃあ、汎用機体にも種類があるけどそれを答えて』
「ワイバーンシリーズとドラグーンシリーズだろ? 流石にそれくらいは覚えてるぞ」
『じゃあそれぞれの特徴は?』
「……」
その質問で完全に撃沈してしまった。
なんせ俺の知識は浅いどころか水たまり程度の知識でしかないので深く突っ込まれたらもう何も言えなくなってしまう。
俺の長きにわたる沈黙にグレイシアは大きなため息をついた。
『たとえばこいつ』
グレイシアが触れたのは振り分け試験や授業の際に皆が使用しているZEX。
その特徴は装甲がシャープでスリムな設計をしており、翼を広げて各種スラスターと組み合わせれば空を縦横無尽に飛び回れる機体だ。
『ワイバーンシリーズのコンセプトは軽量飛竜型。空戦・高速機動を得意とするわ』
「授業でいつも使ってるやつだよな」
『そうよ。装甲は軽量化してるからバリアの出力は並程度。でも高機動による回避性能の高さでそれを補うの。兵装も基本的には遠距離武装を装備しているのよ。短射程プラズマ砲とかアサルトライフル、サブマシンガン』
「へぇ……ていうか短射程プラズマ砲とかあったんだな」
『あんたは無意識のうちに使い方がすぐイメージできる兵装だけを使ってるのよ。ていうかワイバーンシリーズで近距離武器でゼータにとびかかるのはあんたくらいよ』
「そ、そうなのか?」
『ワイバーンシリーズは空戦を得意としているから上空を飛び回りながら相手を翻弄しつつ、遠距離兵装を打ち込んでいくのが主流よ』
そう言われ、思い返してみると確かに暴走した模擬ゼータとの戦いでもZEXから表示される兵装は遠距離武装が多かった気がする。
その中でも実弾兵装が多かったのは俺の実力でも扱える簡単なものを表示してくれたんだろう。
『で、次はこいつ』
次にグレイシアが触れたのは重厚感あふれる装甲、そしてヘッドギアからは太い一本角が装着されており、先端は鋭くとがっている。
その分厚い装甲を一目見ただけでどのようなコンセプトなのかはなんとなくわかった。
『ドラグーンシリーズのコンセプトは重装騎士型よ。装甲は高耐久の複合装甲になっているから並みの攻撃じゃ傷つかない。もちろんバリアの出力もZEXの中じゃ最高出力を誇っているわ』
「専用機体よりも上なのか?」
『出力だけ見ればね。その代わり機動は鈍重。移動も各種スラスターとかジャンプブースターがあるけどそこまで長くはもたないし、素早く動けない』
「ほうほう。じゃあ兵装のコンセプトは近づかせないほどの高火力ってわけか」
『正解。十二連装ミサイルポッドや大型レールキャノン、ショットガンやドラゴンランス型ビーム兵器を使って敵を塵一つ残さずに消滅させる』
つまりドラグーンシリーズは頑丈な装甲で攻撃を受け切り、高火力で一瞬にして相手を消し飛ばす戦法で進めていくわけか。
となれば俺の専用機体は通常時はワイバーンシリーズ、超過起動時は威力がドラグーンシリーズ並みに跳ね上がるということになる。
『あんたのあれ、人前じゃ使えないんでしょ?』
「まあな。姉ちゃんからもあまり使うなって言われてる」
『だったら汎用機体で技術を磨くしかないわ。時間も時間だし、さっさとやるわよ』
「了解……ってどこ行くんだよ」
グレイシアがZEXも装備せずにどこかへと向かいだしたので俺もついて行こうとした瞬間凄まじい圧とともに思いっきり睨みつけられる。
『あんたねぇ……人の着替え、覗くつもり?』
「着替え? なんで」
『なんでって……あんたZEXを操縦するときはスーツに着替えるのが鉄則でしょうが』
「……スーツ? 新入生のスーツはゴールデンウィーク明けじゃなかったのか?」
『私みたいな専用機体持ちは自分のがあるのよ。あんたは体操服にでも着替えてフィールドに待っておきなさい』
「お、おう」
俺は更衣室へ向かうグレイシアの背中を見送り、近くにあったワイバーンシリーズのZEXに両足を通すと装甲がぴったりとフィットし、自動的に残りの装甲が装着される。
専用機体が自由に使えれば一々汎用機体を借りずに済むし、ZEXの展開も一瞬で済むんだがなんせ俺の専用機体はあの稀代の大天才が生み出した世界で唯一の機体だ。
そうおいそれと人目に触れるような場所では使えない。
「よし。先に行って動かすか」
ZEXの装着が完了し、ゆっくりと歩みを進めながらゲート前へとたどりつくとゲートセンサーが俺を検知し、ゲートがゆっくりと重厚な音を立てながら開いていく。
そして開いたと同時に背部スラスターを一気に吹かしてフィールドへと飛び出す。
「飛行は何とか慣れてきたな……にしても……なんで俺、あの時あんなに戦えたんだ?」
思い出すのは模擬ゼータや中型住処での戦闘。
通常のZEXを纏っている状態では飛行も覚束ないし、縦横無尽に飛び回って戦える気がしないのに超過起動を発動した際には体がスムーズに動く。
縦横無尽にも飛べるし、兵装も何を使えば良いのか分かる。
『待たせたわね』
後ろから声が聞こえたので振り返ると同時に視界に入ってきた彼女の姿に視線が釘付けとなった。
彼女が纏っているのは俺と同じワイバーンシリーズではあるがその下には彼女の髪色と同じ赤色のスーツが見えていた。
かなり体に密着するようにできているので男なら誰しもがその部分を見てしまうだろう。
『なによ』
「あ、いや……なんでもない」
『んじゃさっそくやるわよ』
「……へ? ってうおいっ!」
彼女がそう言うとともに近接用ブレードをその手に収めて全力で振り下ろしてきたので慌ててその場から離脱すると彼女は不思議そうな表情を浮かべる。
『何してんのよ。避けたら特訓の意味ないじゃない』
「いやいや! まずは教えてくれよ!」
『何言ってんのよ! ZEXの戦闘技術なんて模擬戦を積み重ねて覚えていくのよ! さっさとあんたも武器を展開しなさい! 出ないと痛い目見るわよ!』
再び振り下ろされてきた一撃を近接用ブレードを展開することで受け止めた瞬間、全身に衝撃が伝わるとともに目の前で火花が散る。
同じ汎用機体を使っているというのに彼女の方が出力が上のように感じる。
『せいっ!』
「ぐぇ!?」
脚部スラスターを全開に吹かした彼女の蹴りが脇腹を直撃し、凄まじい衝撃を受けながら俺の体勢が崩れていく。
何とかしてスラスターを吹かして姿勢制御をしようとするが視界の端に影が映る。
「ぁ」
『はぁぁぁっ!』
勢いよく振り下ろされたブレードの一撃がZEXの装甲を切り裂き、大きく火花が散ると同時にあまりの衝撃で地面へと叩き付けられた。
「イツツ」
『動きを止めない!』
「っっ!」
彼女の怒声が聞こえると同時にほぼ無意識で横へと転がった瞬間、俺がさっきまでいた場所にブレードの切っ先が深々と突き刺さる。
動きを止め、普通に起き上がろうとした時、俺の目の前は何かの裏面でいっぱいになっていた。
『はぁぁっ!』
「ぐうぇ!」
起き上がる前に胸部に叩き込まれた蹴りがクリーンヒットし、背中からフィールドに倒れこんでしまう―――同時に俺の顔すぐ近くにブレードの切っ先が突き刺さる。
「っっ!」
『普通に起き上がってたらあんた……今頃ゼータに殺されてるわよ』
冷たい彼女の声が俺に降り注ぎ、脳裏に咆哮を上げるゼータの姿が映る。
ゼータに対する恐怖もそうだけどそれよりもグレイシアの戦闘技術の高さに俺はある意味、畏怖ともいえる感情を抱いていた。
これが殲滅隊所属の隊員だって言われたら納得する―――でも相手は俺と同じ十五、六歳の高校一年生のはずだ。
それなのに目の前にいる彼女は同じ存在には全く見えない。
『起き上がるときは 逆推起動で一瞬で起きなさい。でないと起き上がり時を責められて一瞬で終わりよ』
「……お、おう」
『次……やるわよね?』
「や、やってやるよ!」
俺は起き上がるとともにもう一度、グレイシアへと向かっていった。




