第二十四話
突然、ぬいぐるみから博士の音声が聞こえ、思わずしりもちをついてしまった。
恐らくぬいぐるみのどこかにスピーカーを仕込んでいるんだろうけどさすがに何もわかっていない状態の不意打ちは驚く。
「うわっ! しゃ、喋った!」
『そんなに驚かなくてもいいじゃ~ん』
「そ、そりゃ驚きますよ……というか不法侵入じゃないんですか?」
学園はZEXの機密情報を多数抱えているので基本的に関係者しか立ち入りを許可されておらず、不法侵入した場合はかなり重く罰せられる。
噂では懲役何十年と課せられるとか。
『ZEXを生みの親だからそんなの関係ないよ~ん』
「いや、関係あると思いますけど……で、何の用ですか?」
『いやね~、君と連絡を取りたかったんだけどさ、春夏が着信拒否にしちゃったからさ~』
「え? いつの間に……あ、あの時か」
思い浮かぶのは姉ちゃんが夜に迎えに来たあの日のこと。
俺のスマホを操作していたから恐らくその時に博士の連絡先を削除したうえで着信拒否の設定にもしたんだと思う。
『春夏は私のこと信用してないみたいでさ~。昔から君のことは私には教えてくれなかったんだよ』
「そうなんですか……まぁ、俺も博士と姉ちゃんが知り合いだったことは知りませんでしたけど」
『教えてくれてもいいのにさ。でねでね、今日私がここに来たのは君に渡したいものがあるからなんだ』
「渡したいもの?」
そう言うとぬいぐるみはその小さな両手でごそごそとお腹辺りを触り始めると毛糸の奥からチャックのようなものが現れる。
そして器用に小さな両手でチャックを開けるとそこから一台のスマホが出てきた。
「スマホ? なんでまた」
『そのスマホの中には電子版のマニュアルが入れてあるんだ。軽微な損傷程度なら学園の設備でも修繕できるように全部載せてあるよ』
「確かに……じゃあ重大な損傷の場合はどうすれば?」
『その時の対応も載せてあるからやってみて。それじゃ良いデータを期待しているよ』
そう言いながらぬいぐるみはペチョンペチョンとどこから鳴らしているんだと思う音を鳴らしながら学園の廊下をゆっくりと歩いていく。
俺も保健室へと向かおうとしたその時、くるりとぬいぐるみがこちらを振り返る。
『春夏には内緒だよ~』
小さな手をぷりぷり振りながらぬいぐるみは曲がり角を曲がった。
「……言うべきなのか?」
今のところ俺の中での博士の印象は超過機体という戦う力を与えてくれた恩人なので正直、悪い気はしない。
姉ちゃんがどうしてあそこまで俺から博士を離そうとするのかは分からない。
「ん~……とりあえず今は良いか」
そう結論付けて保健室への道を歩いて行く。
曲がり角を曲がった時、一瞬だけ見えた光景を前にして俺の体は戻るという選択肢を自動的に取り、回れ右をして元の道を戻ろうとする。
「おい」
「っっ! は、はい」
後ろから肩を掴まれ、ギギッとさび付いた機械のようにゆっくりと振り返るとそこには額に青筋を立て背後に鬼を顕現させた不機嫌度MAXの姉ちゃんが立っていた。
「いったい何分かけて保健室に来るつもりだったんだ?」
「あ、あの……えっと」
「連中にちょっかいでもかけられたのか」
「そ、そういうわけじゃ」
「じゃあなんで遅い」
頭の中で良い言い訳がないか必死に検索するが姉ちゃんを打破できるほどの良い言い訳が浮かぶはずもなく俺の脳内検索エンジンは一瞬にして沈黙してしまった。
姉ちゃんは小さくため息をつくと肩を掴んでいた手を離す。
「まあいい。次は気をつけろ」
「も、もちろん」
「じゃあ行くぞ。次の仕事が控えているんだ」
姉ちゃんに連れられて保健室へと入ると室内には俺と姉ちゃんの二人しかおらず、既に健康診断用の器具が並べられており、準備は万端の様子だった。
「まずは身長と体重からだ」
言われるがままに順番に計測していく。
身長・体重・聴力・視力・血圧と基本的な数値を測っていき、最後は用意されていたベッドに横になって心電図を計測していく。
今となっては当たり前となったこの光景―――でもやはり気になるものは気になる。
前に尋ねたことはあるけどはぐらかされるか適当な返事をもらうだけだったのでもうここ何年とこの疑問をぶつけたことはない。
ここで聞いたとしてもZ族の連中から離すため、という理由しか言われないだろう。
もし、それが目的だったらわざわざ別室を用意しなくても全体の健康診断の最後に俺を持ってきて受けさせればいいだけの話。
「これで終わりだ。さっさと着替えて第三アリーナに集合だ」
「第三アリーナ? この前の振り分け試験みたいに第一じゃないんだ」
「振り分け試験での結果をもとに選定したグループでの模擬戦だからな」
「……というか俺の振り分け試験って結果はどうなったの? 途中で暴走事故があったけど」
「評価不可としてこちらで下位グループに振り分けておいた」
つまりZ族の中でも成績下位の連中と同じグループということになる。
俺の実力的に下位グループは納得の立ち位置なんだけど果たしてそれを周囲のZ族の連中がどう自分に落とし込むのかが若干不安だ。
平民と同じグループであることに怒りを覚えて殴り掛かってきたり、とかある―――のか?
「下位グループとはいえほかの連中はZEXの基礎知識は習得済みだ。気を抜いていれば最下層に埋もれてしまうぞ」
「最下層には入らないように頑張るよ」
「ちなみに下位グループは一か月しか設定しない予定だ」
「もし、一か月を超えても下位のままだったら?」
「特別補習を受けてもらう。その特別補習を受けても下位判定を受ければ留年だ」
「き、厳し~」
「ちなみに私が知る限りでは留年認定者は誰もいない」
それは遠回しにお前はなるなよと圧をかけているんだろう。
姉ちゃんがさっき言っていたように俺以外はZEXの基礎知識を既に習得しているし、実技の知識だって俺よりも遥かにある。
それに対して俺の実技経験は片手指の本数以下の回数しかない。
「絶対に留年なんかしない……来年のためにも」
「そうあってほしいな。ほら、さっさと行ってこい」
「姉ちゃんは?」
「先生だ……私は片づけをしてから行く」
「了解。じゃ、行ってくる」
――――――☆――――――
秋冬がいなくなり、一人となった保健室で春夏は静かに心電図の計測機械へと向かうと計測波形が書かれている用紙を手に取り、波形をじっと見つめる。
数秒間見つめた後、春夏はその用紙を持ったままシュレッダーのもとへと向かい、当然のようにその用紙をシュレッダーへと飲み込ませ、裁断していく。
通常であれば腕を掴んででも止めるであろう行為を止める者は誰もいない。
――――――☆――――――
『ではこれより適性測定のための模擬戦を行う!』
第三アリーナのフィールドに集まった一年生は俺を含めて二十人いるがその誰もが暗い表情を浮かべており、絶望しきっている。
その理由は定かではないけどおそらく自信があったにもかかわらず最低クラスに振り分けられたことへの絶望か、もしくは平民の俺と同じクラスなだけで絶望しているのか。
あるいはその両方か。
そして目の前には模擬専用のZEXが二機配置されており、その隣には腕を組んで怒りの表情で俺たちを睨みつける教師がいた。
『これからお前たちの実技授業を担当するイリエスだ! 先に言っておくがお前たちが振り分けられたこのクラスは実技レベル最低クラスだ! 今年はどうかと期待したが無駄だったみたいだな!』
入学当初だというのに俺たちに投げられる言葉には怒りの二文字がふんだんに込められている。
初めての授業だからと思い、今日はきちんとWorld Linkを持ってきて耳に着けているというのにこんな言葉を聞かされるくらいなら持ってこない方がましだった。
『例年四、五人程度だったが今年は二十人も最低クラスに配属されるとは……今年はとんだ外れ年のようだな! お前たちは何も学んでいない平民と同レベルだということだ! 恥を知れ恥を!』
先生の差別と偏見に満ちた怒声を聞いてかここにいる連中が全員、俺を恨めしそうに睨みつけてきて中には軽く中指を立ててくる奴もいる。
正直、差別と偏見に溢れているこのクラスでやっていけるのか不安になってくる。
『この一か月で貴様たちを最低限動けるようにはしてやる! 死ぬ気でついてこい! これより操縦適性を測る模擬戦を行う! 左端の奴から順番だ!』
怒鳴りながら先生はZEXを纏い、一人の生徒を指さす。
指さされた金髪男子は肩をびくつかせながらゆっくりと立ち上がってZEXのもとへと歩いて行き、自信なさげにZEXを纏い、先生の前に立つ。
『使用する兵装は近接用ブレードだけだ! それ以外の使用は認めん!』
「で、では……いきます!」
流暢な日本語で自分を奮い立たせる言葉を出しながら金髪男子はブレードを握り締めて先生へと切りかかるがひょいっといとも簡単に避けられる。
金髪男子は諦めずに何度もブレードを振るうが掠る気配すら見えず、徐々に自信が無くなっていくのを示すかのようにブレードを振るう速度が落ちていく。
『その程度か!?』
「うぁっ!?」
金髪男子が勢いよくブレードを突き出した瞬間、教師はそれを身を翻して回避すると同時に相手に足払いをかけて体勢を崩す。
スラスターを吹かして体勢を立て直そうとする金髪男子だったが立て直しきるよりも前に教師の蹴りが金髪男子の胸部に命中し、勢いのまま背中から倒れてしまった。
『どうした! お前の想いはそんなものか!』
「ま、まだまだです!」
『お前の夢はなんだ!』
「立派なZEX操縦者として国の平和を守ることです!」
『その思いを乗せてかかってこい!』
「はい!」
と、傍から見れば熱血青春物語を見せられているような模擬戦が進んでいく。
その後も先生の熱血指導? による模擬戦が続いていくがみな自分の夢や思いを吐露しながら教師に戦いを挑んでいく。
ついさっきまであんなに暗い表情をしていたのに模擬戦が終わって帰ってきた連中の表情は実に晴れやかなものだった。
俺も最初はそんな光景をボーっと見ていたんだがふと周囲を見渡してみるとアリーナの大型モニターが目に入り、右下に表示されている時刻が見えた。
「……これ俺の番まで回ってくるか?」
学園の授業は一コマ六十分。
今、模擬戦をしているやつで十八人目なんだけど時刻は授業終了の十分前を示しており、一人当たり五分前後の模擬戦をしているので単純計算をすればあとギリギリ二人できるくらいの時間だ。
正直、嫌な予感しかしないが相手は大人だ―――ちゃんと対応してくれると信じておこう。
『最後!』
「はい!」
俺と同じ日本人の女子生徒が気合の入った返事をしながら立ち上がり、ZEXのもとへと向かうが今しがたあの教師は”最後”と言ったような気がする。
そのまま女子生徒と先生の模擬戦が始まるがあの教師を少しでも信じた俺が馬鹿だった。
Z族は人類の平和を守っている、でも平民は何もせずにのうのうと生きている―――だから優先するべきはZ族であって平民は全て後回し。
そんな考えが大人であろうが生徒であろうがしみ込んでいるんだ。
『そこまで!』
ちょうど授業が終わる五分前に模擬戦が終わり、女子生徒がZEXを解除して隊列に戻って来るがよく見ると先生もZEXを解除し、俺たちの前にやってくる。
『ではこれにて本日の模擬戦を』
「あ、あの!」
『話を邪魔するな、平民。授業のまとめに入るんだが?』
「それはそうなんですけど……俺の模擬戦は」
『見て分からんか? 授業が終わる五分前だぞ? お前は授業を延長してでも模擬戦をさせろと言っているのか?』
「そう言うわけじゃ……でも俺の操縦適性はいつ測るんですか?」
『案ずるな。授業計画に入れてある』
その授業計画とやらに平民とZ族の優先度は同じっていう意識は盛り込まれているかは甚だ疑問だ。
『ではこれで模擬戦は終了とする! 各員、今回の模擬戦で自分のZEXに対する願いや思い、将来の夢を思い出したことだろう。俺の仕事は一か月で貴様たちを最低限、動ける人材にすることだ。この一か月間、死に物狂いでついてこい! 良いな!』
『はい!』
俺を除く連中の勇ましい声がアリーナに響いた瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
『ではこれにて本日の授業は終了とする! 今日の操縦適性の結果は明日中に各自のタブレットに送信するのでよく見ておくように! 以上! 解散!』
教師の叫びが響き渡り、連中はそそくさとこの場を後にする。
聞こえてくるのは授業の満足度や先生に対する賞賛の言葉が聞こえてくる。
「……俺この先やっていけるのか?」
『そこの平民』
「はい?」
『俺はこの後、自クラスの終礼に入らなければならん。このZEX二機を格納庫になおしておけ』
「え、あ、ちょっと!」
俺の返事を聞くまでもなく教師はこの場から立ち去っていき、連中のほうを見るも当然のように誰一人として俺の方を見ているものはいない。
一分も経たないうちにアリーナに残るのは俺一人となってしまった。
「……あーもう! 不貞腐れてる場合じゃねえよな!」
俺はすぐさまZEXを装着して残り一機を担ぎながらゲートが開かれている格納庫へと向かっていこうとするがこの際だからと思い、担いだ状態であの時の戦いを思い出しながら動き始める。
今の俺はまだZEXで行動するにしても考えてから行動に移す癖が残っているのでグレイシアのように即座に行動に移すことができていない。
「まずはZEXで体を動かすことに慣れねえと……戦いのとき以外でもいつでもできるように」
俺はZEXを担ぎながらフィールドを動き回りつつ格納庫のゲートへと入り、担いでいた一機を元の位置へと戻し、時計を確認する。
「あと三分ならまだ動かせる!」
俺の意思を受け取ったのか目の前にタイマーが表示され、自動的に動き始める。
それに合わせて俺はフィールドを走るのではなくスラスターを駆使して滑る様に動くことを意識しながらフィールド全体を周回する。
「ぉぁっ!?」
しかし、フィールドの半分程度を回れたところで何かに躓いたように顔からこけてしまい、派手に砂煙を立ててしまう。
この場に連中がいれば格好の笑いの的だっただろう。
「イツツ……だったら飛んでみるか」
赤坂先生の指導を思い出し、空を飛ぶことを意識するとZEXがそれを受け取り、ウイングパーツが展開されて羽ばたきながら俺の体がゆっくりと宙に浮く。
しかし、あの時の戦いのような高速移動はできる気がしない。
「まだまだってことか……やばっ! 時間がない!」
終礼まで五分前となった俺は慌てて格納庫へと残る一機を戻して自クラスへと急いで戻っていった。




