第二十一話
あの戦いから二日ほどが経過した。
中型住処による被害は決して小さくはないがそれでも徐々に傷ついた街並みの傷は癒されていく。
あの後、殲滅隊が到着してその場での事情聴取が行われたのちに一旦は解放された。
が、それを見計らったかのように姉ちゃんから鬼のような電話がかかってきたけど取るのが怖かったので電源を切って放置していた。
鬼の電話のことなど忘れよう。
そう思って元の生活に戻った二日目の夜、俺は再び玄関先の芝生の上で正座をしていた。
目の前には仕事をすべて終えたスーツ姿の姉―――いや、鬼の形相と殺意のオーラで後ろに鬼を具現化させている最狂の姉が立っている。
ちなみにその手には銃が握られている。
「お、おはようございます。お姉さま」
「誰が言葉を発して良いと言った?」
俺はすぐさま口を閉じるとともに芝生におでこを擦りつける勢いで土下座をする。
それもそうだろう。
避難用シェルターに向かえと言われたのにそれを無視し、あまつさえ中型住処に突撃をかまし、崩壊させるなど怒りを通り越して殺意を抱くのも無理はない。
ちなみに葉山博士に貰ったZEXは今、銃の待機形態となって姉ちゃんの手にある。
「いくつか問おう。一つ……私は何と言った」
「避難シェルターに行けと仰いました」
「二つ。このZEXはいったいどこから手に入れた」
グリグリと銃口を頬にめり込まされ、引き金に指を置かれると流石に冷や汗をかく。
「ほ、ほれはれすね。ひゃやみゃひゃきゃしぇきゃりゃみょりゃいみゃした」
言葉になっていない言葉で弁明すると何故か通じたらしく姉ちゃんは小さくため息をついて銃を引いてくれる。
「三つ。何故、電話に出ない」
「……ちゃ、着信入ってたかな~」
惚けていると姉ちゃんが俺の傍にしゃがみこんだと思えば鮮やかな手口で俺のポケットからスマホをすっと取ってぱぱっと操作をする。
そして目の前に突き付けられたのは姉ちゃんからの着信履歴という証拠だった。
ちなみに三十件ほど。
「これはなんだ」
「……殺されると思いました」
「今ここで殺すぞ」
カチャリと銃口をこめかみに充てられ、冗談じゃないくらいに低い声で囁かれ、冷や汗をかきながら震える体を何とか抑えようとする。
「大変申し訳ございません。猛省しております」
「……金輪際、今回のようなことはするなよ……次、約束を破れば……分かるな?」
無言の圧力に俺は一瞬で屈し、頭を激しく上下に揺さぶる。
姉ちゃんは小さくため息をつくや否や俺のスマホを再び操作し始めると軽く俺に投げてスマホを返してくれた。
「……ふぅ。とりあえず荷物はまとめたな?」
「ま、まとめたけど」
そう。俺が今こうなっているのも昨日の晩、突然姉から『荷物を纏めておけ』という簡易メッセージが送られてきたからだ。
返信するのは怖かったので既読もつけずにとりあえず荷物だけは纏めた。俺はこの家から追い出されるのだろうか。
「よし、では行くぞ」
姉ちゃんがそう言うや否や一台の車が家の前に止まり、運転席から執事服に身を包む初老の男性が降りてくる。
姉ちゃんはその人に目配せをするとそれだけで初老の男性は意図を理解し、芝生に置いてあったカバンを取り、車へと戻る。
「ど、どこに行くイダダダダダダ!」
「誰が喋っていいと言った?」
姉ちゃんは俺の頬を抓りながら上へと吊り上げるように腕を上げたのでそれに従って立ち上がるとそのまま車へと連れ込まれる。
俺達が乗り込んだのを確認すると車は静かに走り始める。
「イツツ……あ、あの本当にどこに」
「着いてからのお楽しみだ……で、このZEXだが」
「あ、うん」
「ただの汎用機体ではないな。私が触れても反応を示さないし、機体情報も見れない」
そう言いながら俺に手渡されると、目の前に機体情報を表示するウィンドウが一枚、表示される。
姿形は汎用機体と何ら変わらないので俺以外にも機体情報くらいは表示されないとおかしい。
「あのバカがお前にしか反応しないように細工したんだろう」
「そんな機能、あるんだ」
「専用機体であればな……そもそも専用の待機形態を持つ段階でそいつはお前専用だ」
「でも姿は汎用機体と同じだったけど」
「そうだな。言ってみればお前だけの汎用機体と言ったところか」
確かに葉山博士は超過起動を主軸に、をコンセプトにしていると言った。
汎用機体のコンセプトはその名の通り汎用的であり、誰もが使えることだがそれから外れていればそれは汎用機体ではない。
「ただ、あまりそれを余所者の前では使うなよ」
「へ? なんで?」
「ZEXを生みだした天才が作り出したZEX……未知の技術を欲しがるやつはこの世界にごまんといる。どんな手を使ってでもな」
ZEXは強大な力を持つ存在。一機あるだけで周辺地域のパワーバランスを変えるとまで言われている代物だ。
今はゼータを討伐するためにという大義名分を掲げて各国が開発に勤しんでいるがそれはあくまで表面上だ。裏ではZEXの強大な力をどのように軍事利用するかと日夜考えているに違いない。
そんな状況で未知の技術が使われているZEXが現れれば欲するのは当たり前の反応。
「分かった」
「現場に急行した殲滅隊の奴らにも緘口令を敷いてある。無論、グレイシアにもな」
「……そう言えばあれからグレイシアはどうなんだ?」
「どうもなにもいつも通りの生活に戻っている」
「そうか……ならよかった」
あの強くて気高いグレイシアがたった一回の戦いで折れる筈もない。今も学園でその力を振るいながら鍛錬に勤しんでいるだろう。
「ところでさ」
「なんだ」
「グレイシアが使ってる専用機体ってなんなんだ?」
「お前の場合、そもそも専用機体の説明からいるんじゃないのか?」
確かに、と言う代わりに小さく頷く。
常識だろと言わんばかりにため息をつきながらも姉ちゃんはタブレット端末を取り出し、学園の電子教材を画面に表示する。
「専用機体も汎用機体もゼータを素材に作り出されるのは知っているな?」
「もちろん」
「専用機体は特殊な素材がいるんだ……名を特龍種」
「と、特龍種?」
「下龍種、上龍種を凌駕する存在だ。他二種はゼータの生物的特徴を利用して攻撃するが特龍種はそれ以外にも龍能と呼ばれる超常現象を起こす力を持つ。その特龍種を素材に作られたのが専用機体だ。世界でも二十機しか作成されていない」
「グレイシアの専用機体で言えば炎を操る力か」
「正確に言えば武器を創造する炎だ。名を燼焔の錬造神。龍能は武器の創造。無論、副次的な能力として炎を操り、それを武器とすることもできる」
そう言われて戦闘の際には多種多様な武器を使っていたことを思い出す。ロングバレルの機関銃だったり、剣だったり。
でもただ生みだせるだけじゃ戦いには勝てない。その戦闘に合った武器を選択し、生み出し、どんな武器の使い方も頭に叩き込んでいないと意味がない。
「専用機体を与えられた国家はパワーバランスを大きく変える」
「まぁ、あれだけ強ければそうなるよな……というか特龍種の亡骸なんてどうやってその国が独占できるんだ?」
「基本的にはZEX機関が管理し、様々な条件を満たした国家に与えられる」
流石に俺でもZEX機関という組織がどんなものなのかくらいはわかる。
ZEXのすべてを取り仕切る国際機関であり、本部は東京に設置されていて汎用機体の配分や上龍種の亡骸の管理などZEXに関することには無くてはならない存在だ。
「へ~」
「話半分に聞きおって……まぁ、良い。で、どうするんだ?」
「何が?」
「これからの進路だ。通信制の願書締め切りは明後日だ」
色々とバタバタしていたので忘れていた―――かもしれないし、無意識のうちに敢えて考えないようにしていたのかもしれない。
改めて振り返るとこの三日間の経験は悪い様には感じていないし、むしろ人生にとって良い経験として俺の中に残っている。
「というか車に乗せられてる時点でもう確定じゃん」
「それもそうだがな……お前の意思を確認しておきたいんだ」
俺の意思―――今回の戦いでゼータの脅威を再確認できたし、目の前で人が死ぬところも見た。
この世界の現実に直面したことで俺の中で確実に意識は変わった。
「ちなみに表には出していない規則だが退学手続き後、一カ月以内ならば手続きを取り消し、復学することは可能だ」
「それは退学処分でも?」
「私を誰だと思っている。それにお前は十分すぎる実績を作ったじゃないか」
ただの学生二人が中型住処を破壊したという実績は恐らく史上初の快挙だろう。そんな実績を持つやつを学園も放置するわけもない。
それに俺はZ因子を持たずしてZEXを操作してしまっているからそれを研究調査、そして身辺警護も兼ねているんだろう。
まぁ、Z族の連中のちょっかいも悩みの種ではあるけどそれは自分で何とかしていくしかない。
「ただし、補習は受けてもらうがな」
俺を後押しするように姉ちゃんが言葉をかけてくれる。
「……あれ? じゃあ教師と生徒の推薦っていうのは?」
「あれはZEX学園に編入する場合の話だ……話しを戻すがもともと所属していた科への復学になり、通常の生徒と同じように年度が変わる際に転科は可能だ。どうする」
この三日間で痛感したのはこの世界の現実に対して何も知らないということ。ZEXのこともゼータのことも何もかもを俺は知らない。
当事者じゃないし、関係者でもないから知らなくてもいいだろうと考えていたけどそれは誤りだ。この世界に生きる人間として必ず知っておかないといけない。
ゼータやZEXの知識を学び、そしてそれらがこの世界の全てにどのような結果をもたらすのかをしっかりと知らないといけない。
「……戻りたい。もう一回、学園に戻ってもっともっと色んなことを学びたい。ZEXのことも、ゼータのことも」
「そうか……なら手続きはこちらで進めておこう。あとでお前のサインを貰いに行く」
「ありがと」
「……こっちに来い」
「へ?」
窓の外を見ながら姉ちゃんがそう言うので俺はちょっとだけ傍に寄る―――俺を抱き寄せると頭を優しく撫でてくれる。
顔をチラッと姉ちゃんのほうに向けると少しだけ顔が赤く染まっているのが見えた。
「もう、あんなことはするな」
「……」
「私がするなということはするな……お前が中型住処にいると報告を受けた時は正直、生きた心地がしなかった」
住処に連れ去られたとなれば辿る末路は決まっている―――女性であれば苗床となり、男性であれば見るも無残な死体だ。
家族が殺されるかもしれないという考えを押し殺しながら隊長としての役割を果たすことがどれほど苦痛だったか。
「ごめん」
「秋冬。今回の件で分かったと思うが必ず整備科に転科しろ……大事な家族を失いたくない」
「分かってるよ」
その言葉の後、徐々に車が速度を緩めていくのが分かり、教師と生徒の距離へと正す。
窓の外に見えるのは一週間ぶりくらいに見るZEX学園の設備の数々。まさか一カ月も経たないうちに二度も学園に入学を果たすとは思いもしなかった。
徐々に車は速度を緩めていき、やがては完全に停車する。運転手の男性はすぐさま車を降り、姉ちゃん側のドアを開け、次に俺側のドアを開ける。
「ありがとうございました」
「お気をつけて」
初老の男性から荷物を受け取ると車が動き出し、俺達から離れていく。
車が見えなくなるころ、後ろから足音が聞こえ、振り返るとタブレット端末を抱えた赤阪先生がいた。




