第二話
「な、なんでゼータが」
体が恐怖で動かずにいると何発もの銃声が響くとともにゼータの体からどす黒い液体が次々と噴き出すがゼータは意にも介さずに翼を広げ、敷地内へと入っていく。
あったはずの門は先ほどの衝撃で吹き飛んだのか姿が見当たらない。
「っっ!」
直後、非常事態を告げるけたたましいサイレンが町中から鳴り響き始め、ポケットに入れていたスマホが激しく震えだしながらサイレンの音を響かせる。
震える体を殴りつけながら何とか立ち上がった俺だったけど体が動く方向は敷地の中だった。
いまだに敷地の中に入れば試験が受けられると考えているのかもしれない―――でも何かに引き付けられるかのように体が勝手に動く。
頭がどれほど避難しろと命令を飛ばしても体がそれを受け付けず、足はひたすらゼータが入っていった受験会場の敷地内へと進んでいく。
「……」
敷地内に入った瞬間、視界に飛び込んでいた光景に俺は目が離せなかった。
敷地内ではゼータともう一人―――金属の鎧のようなものを身にまとった女性が右手に剣を、左手にアサルトライフルを持ちながらぶつかり合っていた。
あれこそゼータと唯一、まともに戦うことができる人類最後の希望の兵器―――ZEX。
「……」
女性が引き金を引いた瞬間、断続的な発砲音とともに弾丸がゼータに向かって放たれていくがゼータは翼を翻しながら地上を滑る様に軽やかに移動して弾丸を避けていく。
弾丸が地面に着弾した瞬間、ゼータが動きを止める―――その隙をつくためか女性が纏うZEXの背面からゴォォンッ! というエンジン音にも似た爆音が鳴り響き、推進力を得て一気に距離を詰める。
そして推進力を得た勢いのまま対ゼータ用兵装である剣が振り下ろされる。
しかし、その斬撃は回避されて女性の腹部にゼータの回し蹴りが炸裂して大きく吹き飛んで建物の壁面に背中から直撃する。
「……ZEX」
俺が本当になりたかったのはZEX操縦者だ。
人々を襲うゼータを倒して誰かを護りたい―――そんな憧れを抱いていた。
ふたを開けてみれば覆しようのない事実がそこにはあった―――ZEXはZ族にしか操ることができず、平民は戦えない。
だからずっと姉からは「ゼータに会ったら自分の命だけを考えて逃げろ」と言われていた。
「ぐぅっ」
苦しそうな呻き声が聞こえたかと思った次の瞬間、女性の腹部に強烈な拳の一撃が入り、ZEXの装甲にひびが入り、血反吐がまき散らされる。
女性は必死に剣をゼータに突き刺そうと振り上げるが翼が羽ばたいたかと思うと剣が弾かれて地面に突き刺さる。
その後も一発、また一発と装甲に強烈な一撃が打ち込まれていき、装甲に入る亀裂が大きくなり、吐き出される血反吐の量も増えていく。
「っっ」
凄惨な光景に思わず足が竦み、後ずさろうとしたその時、何かを軽く蹴り飛ばした感覚で視線を下へやるとさっきまで女性が持っていたアサルトライフルが落ちていた。
目の前には人間を捕食するゼータがいる以上、俺が取るべき行動はただ一つ。
姉の言うとおりに行動するだけ―――のはずなのに何故か俺の頭には別の選択肢が出てくる。
ゆっくりと手を伸ばしてアサルトライフルを手に取ると感じたことのないずっしりとした重みが体にのしかかる。
「っっ……お、おぉぉぉっ!?」
重みに圧されかけながらもゼータめがけて銃口を向けて引き金を引いた瞬間、凄まじい衝撃とともに体が後方へと吹き飛び、地面に背中から落ちてしまう。
「――――――」
背中に弾丸が直撃したゼータはこちらをゆっくりと振り返ると掴んでいた女性を離し、俺へと視線を合わせると口角を不敵にニヤリと上げる。
ゼータが一歩、踏み込むと同時に俺の体がこわばる。
もう一度、アサルトライフルの銃口を向けようとするがさっきまで持てていたはずの銃がいきなり持てなくなってしまった。
「な、なん―――っっ」
そのことに驚いていると小さくアサルトライフルが震えているのに気付く―――いや、銃に伝わるほど俺の手が震えていた。
目の前には俺を殺さんとばかりにゼータが近づいてくる。
「―――っっっ!」
すぐ目の前にゼータが到達し、俺をまっすぐ見下ろす―――その視線とバッチリ合った瞬間、何もかもを鷲掴みにされたように動けない。
足先や手先からは冷たさが広がっており、呼吸も出来ているのかさえ自分で理解できない。
ゼータからは生命体たり得るものがほとんど感じられない―――表情も目の色も声も感じられないがたった一つだけ感じるのは俺を殺そうという本能のみ。
「うぁぁっ!」
ゼータが腕を振り上げた瞬間、俺は顔を隠すように地面に突っ伏す―――しかし、いつまで経っても何も起きず、顔をゆっくり上げてみるとゼータの腕と腰回りに鎖が巻き付いている。
「何をしているの! 一般人は早く避難しなさい! 死にたいの!?」
ボロボロのZEXを纏っている女性が口周りを血で赤く汚しながらも鎖を掴んでゼータの動きを止めて俺に向かって叫んでいる。
しかし、ゼータは腰回りの鎖を掴むや否やいとも簡単に引きちぎると腕に巻き付いていた鎖を掴み、そのまま勢いよく引っ張る。
「ぁっ! 嘘だろ!」
思わず叫んでしまうほどに簡単に女性が空中に投げ飛ばされたかと思えばそのまま鎖を地面に叩きつけるような動作をゼータが取り、女性が地面に強く叩きつけられた。
「だ、大丈夫ですか!?」
叩きつけられてピクリとも動かない女性の傍へと駆け寄ると女性は苦悶に満ちた表情を浮かべ、必死に起き上がろうとするけど激痛が走ったのか力なく地面に倒れ伏す。
何をすればいいか分からずあたふたしている俺に女性が一つの球体を俺に差し出してくる。
「これ、をっ……投げてっ!」
「は、はいっ!」
女性の言うとおりに球体を受け取り、ゼータめがけて投げつけた瞬間、一瞬の発光と同時に周囲に白煙が広がり、俺たちの周囲が白い煙で覆われる。
その時、カチャカチャと機械音のような音が聞こえ、音の方向を見ると先ほどまで女性に隙間なくぴったりと装着されていた装甲が解除されているのか大きな隙間が生まれていた。
「逃げ……なさいっ」
「あ、あなたはどうするんですか」
「ZEXの……自爆機構を起動させるから……あいつ諸共」
「そ、そんなの……」
「良いのよ……戦えない人々を助けるのが……げほっ……私の仕事だから」
ZEXを纏うこの人もZ族のはずだ―――なのに俺が知っている傲慢で横柄な雰囲気は微塵も感じられないことに驚きを隠せない。
Z族はみな、ZEXを動かせない平民を見下して蔑んでいるものだとばかり思っていた。
「……っ」
決心したかのようにゆっくりと目を閉じた女性が小さく何かを呟き始める――すると彼女の胸元あたりからピピピピッと短い警告音のようなものが鳴り響き始める。
直後、ぼろぼろのZEXの全身が淡く点滅し始める。
「時間がないのっ……お願い、早く……」
彼女は本気で自分を犠牲にして俺を助けようとしているらしい。
こんな―――こんないい人がこんなところで死んでいいわけがない。そう強く思うと同時に先ほどまで震えていた手が嘘のように元に戻っていく。
「その自爆機構って俺が使ってもいいですか?」
「何をバカなことを。第一あなたはっっ!?」
「うわっ!」
その時、凄まじい暴風が吹き荒れたかと思うと俺たちを隠していた白煙が一瞬にして振り払われていき、俺たちの姿が露わになる。
原因はゼータが二対の翼を大きく羽ばたかせていたからだった。
女性は最後の足掻きにとでも言わんばかりに護身用のハンドガンを握り締める。
俺が逃げる時間を少しでも稼ぐためなんだろう―――でもそれを俺は奪い取る様にして彼女から受け取ると銃口を向けて引き金を引く。
「来るな! こっちに来るな!」
腕に肩に翼にと確かにハンドガンの弾丸が命中しているのにゼータの体には傷一つつかない。
「あなたみたいないい人がこんなところで死んでいいはずないじゃないですか! 死ぬんだったら俺みたいな平民が死んだほうがいい!」
「何をバカなことを言ってるの!」
「平民が死んだところでZ族がいればゼータは倒せるんでしょ!?」
「だからって……そんな……」
引き金を引こうとした瞬間、カチッという音とともに弾丸が出なくなり、悪あがきにとハンドガンそのものをゼータに投げつけるが全く意味をなさない。
どうにかできないかと周囲を見渡すが何も武器らしいものはなく、仕方がなく女性のもとへと駆け寄って彼女をZEXから抜き出そうと手に触れた瞬間―――
「「ぇ?」」
俺と彼女の声が重なる。
今、俺の手がZEXの装甲に触れたと同時に僅かに装甲が反応を見せた―――それは自爆機構の点滅による反応なんかじゃない。
確かにZEXが俺に触れて動こうとした。
「……私もあなたも生き残る方法が一つだけあるわ」
「それはっ」
「あなたがZEXを動かすのよ!」
「っっ!?」
それはずっと望んでいたもの―――しかし、それは世界の常識的に不可能だ。
ZEXを動かすことができるのはゼータ因子という特殊な遺伝子を持つZ族だけであり、それを持たない平民は決して動かすことは出来ない。
だからZEXの技術者は全員、平民しかいない。
「今確かにZEXは動こうとした。あなたに触れて……あなたならできるわ」
「で、でも俺は平民」
「関係ないわ……ZEXが動くんだったら何でも構わないじゃない」
女性は最後の力を振り絞って表情を歪ませながら装甲から這い出ると空になり、自爆機構の点滅だけを繰り返すZEXが俺の目の前に残る。
もうすぐそこまでゼータが迫っている以上、俺に残された選択肢はこれしかない。
「――――――!」
「っっ! 動けぇぇぇぇぇぇ!」
ゼータが俺めがけて咆哮を上げながらとびかかってくる姿が見えた瞬間、俺は叫びながらZEXの装甲を殴るかのように触れる。
その瞬間、ZEXから眩い光が放たれて俺の視界は真っ白に染まった。




