第十九話
お互いに見合い、音の方を向くとそこには黒紫色の体色を持つゼータがいた。
今ならなんとなくわかる。
あいつは他の下龍種を喰らう事で超過起動に似た状態に至った。だから超過起動時のZEXと同じ体色をしている。
よく見るとその個体の両手にはどす黒い体液が滴り落ちている。ZEXのセンサーで周囲の反応を探るがこの住処にいるゼータは目の前の一体だけ。
『ボスを殺してボスになっちゃったみたいだね。いくつか兵装送っとくからさ、いつでも好きなように使っちゃってよ』
目の前に兵装がいくつか表示されるが今はすべて無視だ。
「ボスを倒せば住処は崩壊する……だよな」
グレイシアに問いかけると彼女は首を縦に振る。
その時、俺達を殺さんと息巻くゼータの雄叫びが放たれ、空気を震わせる。
「行こう。俺達なら倒せる!」
「Of course!」
手中に近接用ブレードを納め、グレイシアと同時に駈け出した瞬間、ゼータもその場から駆け出し、一気に距離を詰める。
俺が突き出した剣の切っ先はゼータの拳によって受け止められ、まるで金属同士がぶつかり合った甲高い音が鳴り響く。
右わき腹を狙ったグレイシアの一撃も相手の固い皮膚に阻まれる。
「うぉ!?」
繰り出された相手の蹴りをブレードで受け止めると凄まじい衝撃が伝わり、後方へ大きく吹き飛ぶ。
体勢を立て直し、もう一度大きく振り下ろすが腕に阻まれ、その隙を狙ったグレイシアの一撃は足で受け止められた。
「っっ!?」
突然、ゼータはその場で回転し、俺達を軽く吹き飛ばすと俺に向かって飛びかかる。
突き出された拳をブレードの刀身で受け止め、超過起動を再び発動する。
腕部装甲に接続されたケーブルを伝ってオーバーエナジーが刀身に流れ込み、金属刃がエネルギー刃へと変貌を遂げる。
「せやぁっ!」
ブレードを振り抜き、拳を弾くと同時に袈裟払いを繰り出す―――まるで紙を切るかのようにスゥッと刃が拳を切り裂く。
「この力なら!」
斬られたことにゼータが怒りを滲ませた直後、後方から相手の懐に飛び込むグレイシアの姿が見えた―――刹那、脇腹が深く切裂かれ、肉塊がボトッと地面に落ちる。
「No distractions allowed」
彼女の剣は先程とは打って変わり、刀身には無数の棘のようなものが生えており、棘の先端には肉片がこびり付いている。
ただの下龍種ならば脇腹を深く抉られればそれ終わり。でも相手はただの下龍種ではない。脇腹を抉られた程度の傷はすぐに再生してしまう。
「ただの攻撃じゃすぐに再生されるのか……どうする? グレイシア」
「Just doing what needs to be done」
「へ? 今なんて」
彼女は俺を無視してゼータに斬りかかる―――しかし、今までの攻撃とは違って至極単調な攻撃であり、ゼータにはいとも簡単に回避される。
グレイシアは回避されるや否や剣を収納し、両手を軽く広げると彼女のZEXが輝きだすとともに上空に装甲と同色の円陣が展開される。
その光景はどこか神々しさを感じさせるもので薄暗い住処の中を明るく照らし出す。
「|God's miniature garden《神の箱庭》」
そんな一言と共に円陣が一層強く輝きだしたかと思うと十本の剣が勢いよく射出され、俺達とゼータを円形に囲うように周囲の地面に突き刺さる。
その剣は常に輝きを発しており、ただの剣じゃないことは一目でわかった。そしてグレイシアが今から何をしようとしているのかも。
「超過起動……最大稼働!」
超過起動を最大レベルで稼働させると同時に翼が大きく伸びようとするが飛行に最適な形を脳裏に思い浮かべる。
それを受け取ったZEXが理解し、翼を徐々にシャープなものへと変貌させていく。
グレイシアが一本の剣を引き抜くと同時に俺も剣を抜く。一瞬驚いたような表情を浮かべるがすぐに笑みに変わる。
黒紫色のエネルギーを発する俺に対してグレイシアのZEXも赤い輝きを放ち始め、ウイングパーツが赤いエネルギー状の翼へと変貌していく。
腰を低くし、構える―――そして
「Go!」
グレイシアの合図と同時に俺もその場から駆け出す。
「はぁっ!」
横薙ぎに振るった剣の一撃をゼータは飛び上がることで回避する――――俺はそれを見越してそのまま通過する。
何故ならそれらを先読みしたグレイシアが既に上空にいるから。
グレイシアの斬撃をもろに受け、どす黒い体液をまき散らしながら地面に叩き付けられるゼータ。
「こいつで!」
方向を転換し、立ち上がり際のやつの脇腹を一閃すると剣は消失し、肉片が飛び散る。
もう一本の剣を手に取り、ゼータ目がけて突っ込んでいく。俺めがけて拳が放たれるがその一撃は目の前に現れたグレイシアが防ぐ。
「よっと!」
グレイシアの肩を足場にして飛び上がり、宙返りをしながら勢いのままに剣を振り、ゼータの左肩から先を切断する。
腕を切り落とされ、どす黒い体液をまき散らしながらゼータは苦痛に満ちた叫びをあげ、上空へと逃げようとするがその足を掴む。
「逃がさねえよ!」
直後、グレイシアがすれ違いざまに一太刀加え、片翼の翼を根元から切断する。切断部分からどす黒い体液が噴き出し、地面を汚す。
「どらぁっ!」
足首を掴んだまま力任せに相手を地面に叩き付ける―――相手の蹴りが俺の手を弾き飛ばし、俺に飛びかかってくる。
「Wide open」
俺の肩を足場にグレイシアが突撃し、ゼータの腹部に剣を深々と突き刺す。口から体液をまき散らしながら叩き落そうと腕を振り上げる。
「やらせるか!」
近くの剣を取り、スラスターを全開に吹かしたうえで増速駆動を発動し、超高速で突っ込みながらその勢いで振り上げていた腕の肘から先を一瞬で切断する。
お互いに最後の剣をそれぞれ手に取り、増速駆動を同時に発動し、ゼータの傍をすれ違いざまに通過しながら切り裂く。
ゴボッ! と体液を口から吐きだし、あちこちから体液を漏らしながらもゼータは雄たけびを上げる。
「止めを刺す!」
展開可能な兵装を表示し、超長距離用の大砲を視線で選択すると上空に兵装が出現し、ゆっくりと降りてくる―――が。
「重っ!? さっきよりも重い!」
「What the heck are you playing at!?」
相変わらずZEXの補助機能を受け付けず、持てずにそのまま地面にめり込む。
俺がもたもたしている姿を見てゼータが勢いよく駆け出そうとするが突如としてその動きを止め、後ろを振り返る。
そこには背部の装甲から四本の獄炎を纏う鞭を生成しているグレイシアがいた。
『I'll hold them off? just do what you have to!』
直後に炎の鞭が勢い良く振るわれ、すぐさま回避するゼータ―――先程までいた場所からは黒煙が昇り、何かが焦げたようなにおいが漂う。
二本の獄炎の鞭が振るわれるたびに俺の方まで熱気が届き、額から汗が流れる。
「あんなの喰らったら丸焦げどころか炭だな」
ゼータ目がけて四本すべての鞭が振るわれ、二本は左右を挟み込み、残り二本は上下にと空間を制圧するように放たれる。
ゼータも翼を羽ばたかせ、鞭を回避していくが振るわれる速度が徐々に上がっていく。
「な、なんて速度だ」
凄まじい速度で振るわれる獄炎の鞭をゼータも翼を羽ばたかせ、身をよじりながら回避していく。
徐々に獄炎の鞭が掠り始め、周囲に肉が焦げたような嫌な臭いが立ち込めていく。
そして獄炎の鞭が相手の脇腹を抉り、焼失させる―――しかし、焼失させてもゼータの傷は一瞬にして元通りに再生してしまう。
『We need your weapon to take this guy down! Stop messing around and finish him off already!』
彼女の発言の内容は理解できないが少なくとも俺を鼓舞する言葉であることは言葉尻と雰囲気で理解することが出来る。
「ぬぉぉぉっ! こんなところで負けてたまるかぁぁぁ!」
持ち手を掴み、気合と根性で無理やり持ち上げると銃口を上空に向ける。
そしてケーブルが腕部装甲に接続され、大砲にオーバーエナジーがチャージされていき、砲身が黒紫色に輝きだす。
「いつでも来い!」
それを見たグレイシアは四本の鞭を一気に地面へと潜らせ、地上を突き破るとともにゼータを上空へと叩き上げる。
そのタイミングでオーバーエナジーのチャージが完了し、輝きが最高潮となる。
ゼータがたたき上げられた位置はまさに俺の最後の一撃が通る最高の場所。
「最高だグレイシア! フルパワーの一撃で消し飛べぇぇぇぇぇぇ!」
俺の咆哮の直後、銃口から極大のレーザーが放たれ、俺の体を大きく後ろへと吹き飛ばしながらゼータへと向かっていく。
その勢いと衝撃は周囲の地面を軽く吹き飛ばすほど。
回避しようにもあまりの広範囲に回避を諦めたゼータは両腕を前に突き出し、受け止めようとするが一瞬にして飲み込まれ、そのまま上へと突き上げられていく。
「行けぇぇぇぇ!」
住処の天井部分に直撃した瞬間、一瞬にして天井部分が吹き飛ばされ、空へとどんどん登っていく。
数刻後、太陽の光が住処に差し込むと同時に上空にて大爆発が起き、地上に凄まじい爆風が叩き付けられる。
爆風によって天井部分は次々に吹き飛んでいき、穴の大きさを広げていく。
「ぅっ……くっ」
爆風が止み、顔をあげると上から天井部分の欠片が次々と落ちてくる。
久方ぶりに感じる日の光の温かさに浸っていると住処全体が大きく揺れ始め、天井の穴から壁に亀裂が走り、崩壊していく。
崩壊し、地面に降り注ぐかと思われた大小さまざまな瓦礫たちは塵となって消滅し、俺たちに降り注ぐことはない。
「住処が……崩壊していく」
中型住処は一分も経たないうちに全て崩壊し、塵となって消え去ってしまった。
残ったのは瓦礫などの人工物だけ。
「っと」
同時に召喚した大砲も塵となって消失する。
それに合わせるかのように超過起動も解除されてウイングパーツがもとの姿へと戻る。
ZEXから通知が表示され、遠くの方からZEXの反応がいくつか現れる。
「あ、そうだ……グレイ……シア」
周囲を見渡し、座り込んでいる彼女のもとへと向かおうとした時、思わず立ち止まってしまう。彼女は倒れ伏して動かなくなっている素肌が晒された女性の傍にいた。
その女性はもう何度も卵を産まされたのか下腹部が変色しており、力の全てを卵に奪われたかのようにガリガリになっていてその姿はまるでミイラだ。
そんな女性を前にグレイシアは―――泣いていた。
苗床となった女性はゼータの卵を産み続けた後どうなるか。
ただでさえ人間の出産でも命を削って行っているんだ。それが化け物に変わればどんな影響が出るかは嫌でも想像がつく。
苗床となった女性に訪れる末路は―――人としての生命の終わり。
「……ゼータになろうとしている?」
人としての生命の終わりだけではなく今まさに目の前の女性の体がゼータの体へと変貌を遂げようとしている。
確かにZEXはゼータを殺せるだけの強大な力がある。
でも間に合わなかった命を蘇らせることはできない。
俺達に出来ることは人間の尊厳を守ること。
グレイシアは涙を流しながら震える手で護身用に持っていたであろう拳銃を握りしめ、ゼータへとなりかけている女性へと銃口を向ける。
この場にいる俺が出来ることは目を背けることではなく、女性が人間であったことを忘れないように刻み込むことだけ。
一発の乾いた銃声が鳴り響く―――ゼータ化の浸食は止まり、女性は人間としてこの世を去った。
「グレイシア」
「It's alright…… This is the duty of those with power」
俺は何も言わずに彼女を抱きしめる。
俺がグレイシアにしてやれることは傍にいて悲しみや苦しみを共に感じること。
彼女を一人にしないために。
グレイシアは何も言わずに俺の胸に顔を埋め、少しばかりの時間、涙を流し続けた。




