第十七話
ブオンッ! という爆風が耳をつんざいたと同時に凄まじい速度で後方へと投げ飛ばされ、背中に衝撃が走り、視界の端に吹き飛ぶ瓦礫とZEXの装甲片が映りこむ。
「イツツ……な、なにがっ」
全身が痛む―――体を起こそうとする動きに合わせて痛みが広がり、苦痛に表情を歪ませるが同時にある事実に驚愕する。
「あ、あの一瞬でどれだけ投げられたんだ」
隣にいたはずのグレイシアさんは少し離れた前方に立っている―――そしてもう少し先には一体のゼータが立っている。
ゼータの体色は茶色。しかし、前方に立っている個体の体には黒みがかった紫色がところどころ混じっている。
その姿を見ていると超過起動を発動したZEXの姿を思い出す。
「―――!」
「うわっ!」
ゼータが奇声を発した直後、衝撃波が周囲に放たれ、建物が一瞬にして粉々に崩れ落ちていく。あまりの爆音に思わず耳を塞ぐ。
数秒間続いた爆音が終わったかと思えば黒紫色に輝く翼を羽ばたかせてゼータが俺めがけて一直線に突っ込んでくる。
ゼータの手が伸びてくる―――回避行動をとる寸前に間を割るように機関銃のロングバレルが壁のように挟まれ、横薙ぎに大きく振るわれる。
しかし、ゼータは勢いよく上空へと急上昇し、鈍器となった機関銃の一撃を回避するが瞬間的に軌道を切り替え、地表にいる俺めがけて突っ込んでくる。
「Don't just stand there!」
彼女の怒声が聞こえると同時に腕を強く引っ張られる。その直後、俺がいた場所で小さな爆発が起きると同時に道路が弾け飛ぶ。
立ち込める砂煙を引き裂くように俺めがけてサイドアッパーが放たれ、反射的に腕を盾のように構える。
―――バキィィッ!
「なっ!?」
後ろへと引きずられている行動の最中だったので、直撃はしなかった。
しかし、掠った程度で両腕の装甲が一瞬にして粉々に砕け散った。これは試乗用だからという理由だけでは説明がつかない。
直後、ゼータが口を大きく開けたかと思うとそこに黒紫色の粒子が集まっていく―――そして一瞬の間隔を開けて極大の光弾が俺たちめがけて放たれる。
「っっ! グレイシアさん!」
グレイシアさんは俺を後ろへと放り投げると同時に自身が前に出て目の前にエネルギシールドを展開する。でもそれはZEXの基礎的な機能であり、専用機体の龍能で生み出したものではない。
彼女に向かって手を伸ばした瞬間、全身に強烈な爆風が叩き付けられると同時に視界が黒紫色に染まりあがった。
――――――☆――――――
冷たい―――そんな感覚を感じ、ゆっくりと意識があがってくる。そして耳に激しい雨音と生き物の声が聞こえる。
「ガハッ! ゲホッ!」
大きくせき込んだことでようやく意識が完全に覚醒し、痛む体をどうにかして動かして顔をあげる。
前方に護衛の様な数体の下龍種のゼータ、そして気を失っているグレイシアさんを肩に背負ったゼータがいた。
ゼータは基本的に人間をその場で殺戮する―――でも女性だけは別だ。
女性を襲ったゼータは種の繁栄のために苗床として住処へとメスを連れて帰ると順番など関係なしにそのメスと交尾をし、数を増やす。
だからゼータは男性と女性がいればまず男性を殺し、その後に女性を誘拐する。
痛む体を無視して立ち上がり、ゼータ共に向かって叫ぶ。
「俺はここにいるぞぉぉぉ!」
ゼータたちは突如、響き渡った俺の声に反応し、こちらを振り返るが俺など敵としても判断していないのか無視して翼を羽ばたかせ、ふわりと浮かび上がる。
殲滅隊が来るまでの時間を稼がないとグレイシアさんが住処に連れ去られてしまう。
そんな思いを胸に必死にゼータに向かって叫び散らすが相手は一切反応せず、そのままゆっくりと空へと上がっていく。
「ふざけるな! 俺はここにいるんだ! 俺を殺しに来いよ!」
今にも飛ぼうとするゼータに向かって叫びながら駆け出し、意識を失っているグレイシアさんに手を伸ばす―――しかし、グレイシアさんの体は空へと上がっていき、手が届かない位置へと向かう。
慌てて翼を羽ばたかせようとするがZEXからの通知で使い物にならないことを知る。よく見ると俺が纏っているZEXは至る所が損傷している。
「うあぁぁぁぁっ!」
地面を強く蹴り、彼女の手を掴むために全力で飛び上がる。
絡まれていた俺を助けてくれた人を、俺の命を二度も助けてくれた恩人をゼータなどに渡すまいと必死に手を伸ばす。
しかし、俺の手がグレイシアさんの手に触れることはなくそのまま空高く上がる。
翼が羽ばたいた際の風圧で体勢を崩し、地面に背中から落ちていく―――徐々に小さくなっていく彼女に向かって手を伸ばし、必死に叫ぶ。
俺の叫びは彼女の耳にも、ゼータの耳にも届くことはなかった。
「がっ!」
背中から地面に落ち、激しい雨に全身を打たれながらもう見えなくなりつつあるゼータ共を見続ける。
「――――――うぁぁぁぁぁぁっ! あぁぁぁぁっ!」
心の奥底から沸々と怒りの感情が込み上げ、それを叫びとして口から解き放ち、何度も地面に手を叩きつける。
何もできない自分を心底恨んだ。
助けられるだけ助けられておいていざその人が窮地に陥っても何も出来ずにただ眺めていただけ。
そんな自分が情けなく、そして殺したかった―――その時、スマホの着信音が鳴り響き、画面を見ると『姉ちゃん』と表示されていた。
「もしもし」
『秋冬か。お前、今どこに居る』
「すぐに殲滅隊を寄越してくれ! グレイシアさんがゼータに連れ去られたんだ!」
『やはりそうか……だがすぐには隊を出動させることはできない』
「なんでだよ! すぐに助けに行かないと」
『今他の地域で大型住処が出現しているんだ。その対処で殲滅隊は人手を充分に割けない』
「いつになったら割けるんだ」
『今、配置の再編成を急ピッチで行っている。三十分もあれば現場に急行できる』
三十分も救出できないとなれば住処で凄惨なことが行われるのは確かだ。ただ住処が複数個所発生している以上、すぐにはこちらには殲滅隊は来ない。
俺に力があれば、と思っている時、スマホが目に入り、ふと思いついた―――しかし、その思考を遮るように姉ちゃんの声が聞こえてくる。
『間違ってもあいつと連絡は取るな』
「っっ」
『あいつはお前をモルモットとしてしか認識していない。あいつに関わった人間は皆、平等に悲惨な末路を辿っている。秋冬、お前にそんな末路を辿って欲しくない』
「……俺はどうすればいいんだ」
『お前は避難シェルターに身を隠すんだ。まだ下龍種が徘徊している可能性もある。ゼータのことは我々が必ず殲滅する。お前はもう一般人だ……だから避難するんだ、いいな』
そう言い、一方的に通話が切れた。恐らく隊長としての責務を全うするためだろう。普段なら姉の言うことに従うが今は従う気にはなれない。
「……ごめん、姉ちゃん」
俺は姉の忠告を無視してあの人へと通話をかける―――今まで待っていたのかは分からないけどワンコールで相手が出た。
「……もしもし」
『君ならかけてくると思っていたよ。春夏の言いつけを破ってでもね』
「俺はあなたのモルモットになる気はありません……俺はあの人を……グレイシアさんを助けたいだけです。勘違いしないでください」
『ふふっ……肝に銘じておくよ。で、君は欲しいんだね』
「欲しい……あの人を助けられる力が」
『いいよ』
その一言の直後、地面に黒い影が生まれ、顔をあげると上空から一台の黒いコンテナが急降下しているのが見えた。
そして数秒後、コンテナは地面を砕きながら降り立つ。
降りしきる雨の中、コンテナが開くとそこには一機の汎用機体が鎮座している。
『汎用機体と思わないでね。それはオーバーエナジー解析のために千体の下龍種と百体の上龍種を素材に作った実験機体―――超過機体。栄えある初号機さ』
「……これが」
『この機体は超過起動を主軸に、をコンセプトに置いた機体。こいつを使って君がやりたがっていることをやってみなよ』
「住処の場所は」
『ZEXが教えてくれるよ。良質なデータを期待しているよ』
その一言を最後に通話は切れた―――俺は用なしとなったスマホをポケットに突っ込み、鎮座しているZEXへと身を通す。
俺の体にフィットするように装甲の全てが一度、粒子となって消え去る。その直後に再構築が始まり、完了した部分から装甲が装着されていく。
装着が完了するのに一分もかからなかった。
「……」
装着した感想をもし聞かれたとしても、「変わらない」という一言に尽きる。振り分け試験の際に装着した汎用機体と何ら変わらない感覚。
でも感じるのはこの機体に秘められているとてつもない強い力。
「行くぞ」
俺は翼とスラスターを駆使して勢いよく上空へと舞い上がり、ZEXの各種センサーを使用して住処の位置を探る。
一番反応を拾いやすく、かつ的確に位置を把握できるのはゼータの反応―――ではなく、彼女の専用機体の反応だ。
ZEX同士で通信ができるのでそれを応用すれば相手の位置を把握することが出来る。
目の前のウィンドウに様々な情報が送られてくる中、他の情報に埋もれるように一瞬だけ表示された通知が目に留まり、もう一度表示する。
「……これだ」
ほんの一瞬だけ―――それこそ何も知らない人間からすれば見逃すほどに一瞬だけグレイシアの専用機体の反応を拾っていた。
恐らく一瞬だけしか取れなかったのは住処に入ったからだろう。でも住処の位置は一度現れた箇所から動くことはない。
一瞬でも取れた時点で住処の位置は確定だ。
「待ってろ、グレイシア!」
反応が示している方向へ向けて俺は全速で向かっていく―――命の恩人を救うために。




