第十四話
俺は夢を見ているのだろうか―――アリーナを埋め尽くさんとする女子生徒から何かを祝うように盛大な拍手を送られており、祝砲代わりの花火が打ちあがる。
俺の手には近接用ブレードが握られており、目の前にはボロボロのZEXを纏って悔しそうに膝をついている女子生徒がいた。
この状況から俺が勝者であるということに気付くのにそう時間はいらなかった。
『素晴らしい試合でした! 平民という身分でありながら差別や偏見に真っ向から立ち向かい、数々の困難を乗り越えてきた神原秋冬くんがたった今、学園最強の座に上り詰めたのです!』
放送スピーカーから聞こえる声はどこか興奮して上擦っており、時折涙声にも聞こえた気がする。
その時、後ろから足音が聞こえたので振り返ってみるとそこには大きな花束を持ったグレイシアさんがいた。
『おめでとう! 秋冬!』
その美しい花束に負けないくらいの笑顔を見せられ、俺の心臓は高鳴る。そして俺は彼女に近づき、その花束ごと彼女を――――――
「……?」
パチッと目が覚め、眠気眼を擦りながら上半身だけを起こして周りを見渡すと見覚えしかない風景が広がっている。
目を擦り、眼鏡のレンズを拭くように視界をクリアにしてもう一度、現実を確認する。
「……俺の家……」
まだ頭が覚醒しきっておらず、ベッドから起き上がってカーテンを開けると広がる景色を視界に収め、ようやく全てを理解した。
「あ~、そうだった……俺、家に帰ってきたんだった」
そう。今俺がいる場所はZEX学園のコンテナハウスではなく住み慣れた自宅だった。
頭をガシガシと強めにかきむしり、テレビをつけるとちょうどのタイミングで美人アナウンサーが今日の天気予報を伝えていた。
『本日は春の日差しが気持ちいい天気になりそうです!』
そこから流れるように今日のコーディネートの紹介に入ろうとしたので俺はテレビの電源を落とし、椅子に座った。
静かになった室内には時計の針の音しか聞こえないが今の俺にとってはこれくらいの静けさがちょうどいい具合だ。
「退学……になったんだよな」
机の上には学園長の公印と担任印が押された四月末付での退学許可書が置かれており、その横には封も開けていない通信制の高校の転入書類が置かれている。
姉ちゃんが気を利かせてか、それとも担任としての最後の仕事なのか封筒を持ってきてくれたけど俺はまだ中身を空けてすらいない。
締め切りは五日後なのでそろそろ開けないとまずいのだが開ける気分にならない。
「濃すぎる宿泊行事だったな~」
目を閉じると数日前の出来事がつい昨日のように鮮明に思い出せる。
そう―――あれは戦いが終わって一時間後の事だった。
――――☆――――――
「いや、だから俺は何も知らないんですって!」
「惚けないで。超過起動を使ったのは事実でしょ?」
「そもそもその超過起動ってやつも知りません!」
もう何度目かの同じ質問の往復に声を荒げるが尋問官の女性も同じ質問の往復に辟易しており、表情にはイライラの色が見える。
「いい? 何度も言うようにZEXの損壊は重罪。ここで否認しようが貴方の処分はもう決まっているのよ? 大人しく吐くべきよ」
「そう言われましても……」
かれこれ一時間近く、この人から取り調べを受けており、戦いの直後ということもあって早く部屋で休みたいのが正直なところ。
「とにかく、俺は何も知らないんです。模擬ゼータがいきなり暴走かなんかして、それを必死に倒したらああいう結果になったんです。それしか言えないんですよ」
「でも超過起動の通知は見たんでしょ?」
「それはそうですよ。そうですけどそれが何なのかは知りませんし、第一、殺されかけているんですから出てきたやつを使いますよ」
「どうだか。平民の言う事なんか信じられないし」
結局、この尋問官も漏れずに現代の風潮に染まっているのだ。まともな質問のキャッチボールなんかできる筈もない。
「とにかく、貴方の処分はもう決定済みなの! 早く認めなさいよ! 日頃の恨みを返すためだけにZEXを壊しましたって」
「絶対に認めません! 俺はわざとZEXなんか破壊してない! 俺は自分の命を守るために戦っていただけです!」
「ほんと往生際が悪い平民ね……どうせあんた退学処分なのよ? 否認したところで何も変わりやしないのよ。あなたは退学なのよ。た・い・が・く」
「いいや、変わります。俺が俺自身に思う気持ちが変わります!」
「あぁもう! 早く認めなさいよ!」
バンッ! と勢い良く机を両手で叩いて来たので俺も負けじと机を両手で叩き返し、相手を思いっきり睨み付ける。
「認めません! 俺はわざと壊してなんかないです! 退学だろうが何だろうが受け入れるけどその一点だけは絶対に受け入れません!」
「キィィー! 残業確定じゃないの!」
女性は髪の毛をくしゃくしゃにしながら奇声を上げ始め、再び尋問を開始した。
――――――☆――――――
「今でもあの尋問官の顔思い出したらイライラしてくる……最悪の目覚めだ」
通信制の封筒をもって一階の居間へと降りていくとリビングを物音ひとつない静寂が包み込んでおり、窓の外から聞こえてくる自動車の音が嫌に大きく響く。
冷蔵庫に貼っているお手伝いさんのシフト表を確認するが今日は✕が書かれており、姉ちゃんはもちろん仕事なので家には俺一人だ。
俺がいない間もお手伝いさんが掃除やらなんやらの管理をしてくれていたおかげで埃一つないし、食材も新しいものに変わっている。
お腹もすいていないので椅子に座り、ボケーッとするが流石に暇すぎて苦痛になってくる。
「……そろそろ書類書くか」
――――――ピンポーン
来客を告げるインターホンが鳴り響き、モニターの方に向かうと玄関先には白衣を着てミニサイズのぬいぐるみと手土産らしき袋を持っている一人の女性が立っていた。
「だ、誰?」
その女性は覗き穴をジーッと見たり、ミニサイズのぬいぐるみにインターホンを押させたりと少し行動に不審者味を感じる。
「……」
何故かは知らないけどその人を見た途端に俺の頭が不審者だと認定し、警報を発し始めたので俺は居留守を決めた。
幸い、朝のため電気もつけていないので居留守が発覚することはないだろう。
「……まだ押すのか」
何度も諦めまいとインターホンを鳴らし続ける。
とりあえず物音を立てないように静かにしているとやがてその間隔は遠のいていき、インターホンが鳴らなくなった。
一応、モニターで確認してみるが姿はどこにも映っていない。
「ふぅ……怪しい奴は対応しないのがベストだな」
「そうだね」
「ギャァァァ!? な、なんで!?」
背後からの見知らぬ声に悲鳴をあげながらその場を飛び退く。そこにいたのは玄関にいたはずの白衣を着た女性だった。
「な、なんで!? 鍵は開けてないぞ!」
「鍵? あ~、住宅の鍵なんかこの天っっ才発明家の手にかかればお茶の子さいさいなのだ! なーっはっはっは!」
腰に手を当てて高笑いをする女性―――しかしよく見るとミニサイズのぬいぐるみが俺の家のドアノブらしきパーツを抱えているのが見えた。
「う、嘘だろおい!」
慌てて玄関へと向かい、電気をつけようとするがドアの一部から外の光が見えた。その瞬間、全てを理解した俺は両膝から崩れ落ちた。
「や、やりやがった……ドアノブくりぬきやがった!」
ドアに開けられた円形の穴は綺麗にドアノブのパーツの形状と一致している。つまりこの女性は他人の家のドアノブを勝手にくりぬいた。
「あ~ごめんごめん。何回押しても居留守使うからさ、ドアノブくりぬいちゃった」
「ふ、不法侵入! 器物損壊!」
「この天っっ才発明家が現代の法律などという狭い檻に入る訳ないのだ! ところでお茶出してよ、お茶。私は来客だぞ♪」
話が全くつながらず、完全に住んでいる次元が違うことを察し、俺は渋々、居間に戻ってお茶とフォークやお皿の用意をする。
あのようなねじが三つも四つも外れている輩と話し合っても無意味なことはこれまでに何度も遭遇してきたことで学習済みだ。
恐らく彼女もZ族なんだろうが大概、頭のおかしいZ族は俺たち平民に無理難題を押し付け、出来なければ危害を加え、こちらが反撃すればまるで被害者かのように振舞う。
そう言うときの対処法は相手を煽らず、落ち着かせるために余計な発言はしない。鉄則だ。
「はい、お茶です」
「ありがと~。ではいただきます」
彼女はミニサイズのぬいぐるみをテーブルの上に座らせ、持ってきていた箱を開けるとそこからイチゴケーキを出して食べ始めるが俺に分を出してくれる様子はない。
「……え? 俺のは?」
「え? ないよ」
ねじが三つ四つどころかどうやら目の前の女性は全ての常識というねじが外れてしまっているらしい。
「はむはむ……うん、美味しい。ね、まぐたん」
「まぐたん?」
「そ、この子はまぐたん。私の癒し」
彼女はぬいぐるみの頭をなでなでしながらケーキを頬張っていく。
日本人に似つかわしくない茶色の髪の毛は地毛なのか黒の要素が全くなく、白衣もよく見ると皺があってよれよれだ。
ただ白衣の下に着ているTシャツは豊満なお胸によってぎちぎちに引っ張られている。
ただ興奮する前に不審者への警戒心が勝ってしまう。
「で、貴方は誰なんですか?」
「ん? 私? 私はね~、こういう者なのだ」
そう言いながら白衣のポケットから端末を取り出し、画面をタッチすると空間に電子名刺が投影されるとともに彼女の顔が表示される。
「葉山あずさ……は、葉山!? 葉山ってあのZEXを生みだしたあの葉山!?」
「そそ」
でもZEXが生み出されたのは今から三十年も前だ。
仮に十五歳で生み出したとしても年齢は四十五歳だがとても目の前にいる人間が四十代には見えないし、うちの姉ちゃんと同い年位にしか見えない。
「え、えぇ!? うちの姉ちゃんと変わらない若々しさだ」
「何か勘違いしているみたいだけど私は二十三歳のピチピチのお姉さんだよ?」
「へ?」
「三十年前にZEXを生みだしたのは私の母親。まぁ、そうは言ってもあいつは基礎理論を提唱しただけで現実にしたのは私だけどね」
「は、はぁ……そうですか」
「ん~、美味しかった」
「あ、あの」
「ん? どったの?」
「なんでその天才発明家」
そこまで言うと遮るように葉山博士が指を立ててチッチッ、と左右に小さく振る。どうやら俺は何かミ
スをしているらしい。
「天っっ才発明家、だよ? 天と才の間に小さい“つ”を二個、入れてくれないと」
「は、はぁ」
「ではリピートアフターミー。天っっ才発明家」
「天っっ才発明家」
「オーケーオーケー」
「で、その天っっ才発明家がなんでここに?」
葉山博士はテーブルに置いていたミニサイズのぬいぐるみを膝に置くと俺の方をじっと見つめてくる。
「君の才能に惚れこんだのさ」
「……」
マンガであればキラン、と効果音が表現されるほどの決め顔を俺に向けてくるが正直、何を言っているのか理解できない。
どうやら向こうも俺の反応が理解できないのかキョトンとしている。
「あ、変質者を見る目をしているな~」
「そりゃインターホン押したところから」
「酷い人もいるもんだ……この前の超過起動、素晴らしかったよ」
何故、博士はその事を知っているのだろうか。
博士は所属することを嫌っているためどこにも所属していない。世界のあらゆるところを旅しているという話はあまりにも有名な話だ。
一応、連絡先は公開しているので各国の研究機関がコンタクトを取っているがそれらの連絡を全て無視しているという。
なぜ、そんな世界を放浪する風来坊たる彼女が今、俺の目の前にいてなおかつ学園で起きたことを知っているのだろうか。
「あの……なんでそのことを」
「私はね、面白いことには鼻が利くのさ」
「はぁ」
「実は最近、超過起動が生み出すオーバーエナジーを研究しててさ」
「オーバーエナジー?」
「そもそも超過起動はオーバーエナジーを使用することで大幅なスペック強化をしているの」
「はぁ」
「オーバーエナジーはゼータが生命活動だったり、外部に放出したりすることで武器にしたりするエネルギーなの。君も見覚えがあるでしょ?」
思い出すのは戦いの中で模擬ゼータが放ってきた黒紫色に輝く光弾。あのエネルギーがいわゆるオーバーエナジーというものなんだろう。
「でもゼータは死んだ状態でZEXの素材になるんですよね? 死んでる状態なのにオーバーエナジーは残ってるんですか?」
「良い質問だよ!」
突然、興奮気味に立ち上がりながら大きな声をあげるとビシッ! と勢い良く俺の顔を指で指す。
「このオーバーエナジー。実はゼータが死んでも体内に僅かに残るんだ」
「ZEXを作るには下龍種が百体必要……塵も積もれば山となる、みたいな感じでオーバーエナジーが蓄積していると」
「その通り!」
ではなぜ、現代の技術者たちはそのオーバーエナジーを使わないのかという質問の答えは超過起動発動後のZEXの状態だろう。
「オーバーエナジーの破壊力は絶大だし、ZEXの動力源に転用することが出来れば長時間の連続稼働という課題もあっという間に解決されるわけ」
「というかオーバーエナジーは枯渇しないんですか? 人間の体力は休めば回復しますけど」
「これまたいい質問。このオーバーエナジーも超過起動の発動後に時間が経過すれば回復することが確認されているんだ。不思議だよね~」
人間の体力がゼータのオーバーエナジーということだが死後も残り続けるのは少し怖い気もする。
「だから私は何度も超過起動の実験を行ってきたんだけど……反動で壊れちゃうからまともなデータが取れなくて散々な結果だったわけよ。もう止めようかなって思っていた矢先に君が現れたんだ!」
「ほ、ほぅ」
「どいつもこいつも超過起動を使った後は体の不調を訴えてさ、使い物にならなくなっちゃったんだけど君は違う。完璧に使いこなした。体調不良も疲労感も無かったでしょ?」
確かに彼女の言う通り超過起動を使った後に疲労感は全く感じなかったし、ZEXを脱いだ後にも反動のようなものは感じなかった。
もちろん動き回っていたので多少なりとも疲れはしたけど軽いジョギングの後みたいな感覚だった。
「君はまさにうってつけのモルモットだよ!」
満面の笑みで君は実験用マウスです、と断言されても気持ちのいいものではないし、第一俺はもう学園の生徒じゃないからZEXを使うことはもう二度とない。
「君と私でZEXを次の段階に引き上げよう!」
「お断りします」
どうやら彼女の予想では俺が泣いて喜ぶ絵面があったみたいだが予想外の返答をしたことで素っ頓狂な表情を浮かべる。
「あり? どうして? この天っっ才発明家が直々にモルモットにしてあげるって言ってるんだよ? そこは泣いて喜ばなくちゃ」
「いや、そもそも俺はモルモットにはなりません。俺には俺の人生があるので」
「どうして? 基本的な衣食住は保証するよ? 欲しいものも与えるし、君が欲するならこの身体だって好きにして良いよ?」
どうやら本気でこの人は俺達のような一般人とは住んでいる次元が違うようだ。完全に俺のことを動物扱いしているし、自分中心にしか考えていない。
「前提として俺はもう学園の生徒じゃないんです」
「ほへ? な~ぜ?」
「超過起動を使ってZEXを破壊したからですよ」
「そんなことか」
「そんなことって……とにかく、俺は貴方のモルモットにはなりません」
「ふ~ん……ま、今日のところは引いてあげるよ。スマホ、出して」
そう言われ、嫌々ながらも相手にスマホを差し出すと相手の端末が翳され、ピッという電子音と共に自動的に連絡先が追加された。
「あずたん……」
「それが私のアカウント。それを持っている人は世界でも五本の指以下だからね~。超激レアだよ」
「はぁ」
「きっと君は私のところに来ると思うよ。近いうちにね」
「絶対に行きません」
「強情な男は嫌いだよ~。ま、もし入用なら連絡してきてよ。じゃ、またね~」
そう言って彼女はミニサイズのぬいぐるみを抱きかかえて玄関から出ていった―――手土産らしきスイーツの残骸を残して。
「……これ、俺が片付けるのか……あっ!」
俺は慌てて玄関へと向かい、ドアを蹴破る勢いで外へと飛び出し、葉山博士の姿を探すが既にどこにもその姿はなかった。
「玄関のカギ、修理させときゃよかった! 姉ちゃんに何て言い訳したらいいんだ!」
「私が何だって?」
「……」
ギギギッ! とさび付いた機械を動かすような音を立てながら後ろを振り返るとスーツ姿の姉ちゃんが立っていた。




