第十話
「ん?」
『どうかしましたか~?』
「あ、いや……」
ノイズは一瞬だけであり、今は見えない。
少しの間、模擬ゼータ君を見つめるがそれからは何もおかしな通知はない。
「いえ、大丈夫です」
『分かりました~、それでは振り分け試験、始め!』
先生の合図とともに俺は背部スラスターを吹かして模擬ゼータ君との距離を詰めるがその速度はそれまでの皆と比べると非常に遅い。
「はぁっ!」
ゆっくりとした動きながらも俺は拳を突き出し、模擬ゼータ君へと攻撃を繰り出すとAIが判断したのか俺の動きに合わせてゆっくりとした動きで俺の攻撃をいなす。
そして模擬ゼータ君の鋭い爪がゆっくりと振り上げられる―――俺は落ち着きながら後方へと飛び退き、一撃を回避する。
―――ザクッ
「……」
気のせいだろうか。
模擬ゼータ君の鋭い爪がアリーナのフィールドに突き刺さり、穴が開くが先程の攻撃に殺意のようなものを感じた。
それに俺が回避した後の動きも一瞬だけ早くなった気がする。
「き、気のせいだよな」
自分にそう言い聞かせていると模擬ゼータ君が回転し、その勢いで鋭い突起物がいくつも生えている尻尾を振るってくる。
「っと―――!?」
尻尾の一撃をスラスターとウイングパーツを使用して上空へと飛翔することで回避する。
しかし、またもや俺が回避するや否や攻撃の速度が上がった。今度は確実に。
「……」
心臓の鼓動が不安を感じ取ったのか徐々に早くなりつつある―――目が乾き、反射的に瞬きをした直後、空気が震えた。
「っっ!?」
目を慌てて開けた瞬間、目の前に一気に距離を詰めた模擬ゼータ君の姿があり、驚きのあまり大きく後方へと飛び退く。
おかしい―――絶対におかしいという考えが俺の脳内を支配する。
「せ、先生」
『どうしました~?』
「な、何かおかしくないですか?」
『こちらのシステムでは何もないですよ~』
先生の声音はいつものように柔らかく、優しい。
でも今の俺はそれ以上に不安に駆られており、先生の声を聞いただけでは安心することが出来ない。
「……ぶ、武器は」
若干、震える声でそう呟いた瞬間、ビクン! と脈打つかのように模擬ゼータ君の腕が動き出し、鋭い爪が俺の方を向く。
―――捕捉確認
「っ! うぉぁ!?」
そんなアラート通知が目の前に表示された直後、ZEXの自動姿勢制御が働いたのか俺の体がゆっくりと後ろへと倒れていく。
そして俺の視界を縦に割るように何か黒い突起物が過ぎ去っていく。
―――カッン!
尻餅をつくのと同時にそんな甲高い音が響き渡り、そのままの体勢で恐る恐る振り返ってみるとアリーナの壁に模擬ゼータ君の鋭い爪が突き刺さっていた。
『あ、あれ? こんな攻撃はこのレベルではしないはずじゃ』
World Linkを通して赤阪先生の声が聞こえる―――その喋り方は優しく、柔らかい話し方ではない。
それが俺の不安をさらに加速させる。
模擬ゼータ君が一歩、俺に向かって足を踏み出す―――直後、全身を電流が駆け巡っているかのように大きく震えはじめる。
「な、なんだよ……なんなんだよ!」
『こ、これは!?』
赤阪先生の慌てた声が響くと同時に目の前を断続的なノイズが走っていく。
ジジッ、ジジッ、と走るノイズは徐々に大きくなっていき、模擬ゼータ君の情報がノイズで埋め尽くされていく。
「ど、どうなってるんだ!?」
『神原君!』
「っっ!?」
『今すぐ離脱を―――』
「―――!」
空気を震わせるほどの獣のような野太い咆哮を天井目がけて放つ模擬ゼータ君のその姿はまさに入試のあの日、目の当たりにしたゼータの姿だった。
目の前は相変わらずノイズ塗れだがその中にある文字列があったことを見逃さなかった。
―――敵ゼータ確認
『神原君! 試験は中止します! すぐに離脱してください!』
「は、はい!」
聞いたことがない先生の怒声にすぐさま立ち上がり、その場から逃げようとするがZEXからの通知を見て思わず振り返る。
―――前方に敵影あり
ZEXから送られてきた情報はシンプルなものだった。
俺の視界に映るは二対の翼を大きく羽ばたかせ、鋭い牙を見せながら爪が生える腕を大きく振りかぶっている模擬ゼータ君の姿だ。
「くそっ!」
前方に大きく飛び込む。さっきまでいた場所を爪が通過していき、地面に―――
「うぉぉぉぉ!?」
突き刺さった瞬間、凄まじい爆音とともに俺をも吹き飛ばすほどの強烈な爆風が発生し、フィールドに大きな穴をあけながら土煙を巻き上げる。
土煙は模擬ゼータ君を覆い隠すがその赤く光る鋭い眼光だけは隠せず、俺をとらえる。
明らかに振り分け試験のレベルを超えた一撃に俺の心臓はバクバク、と鼓動を速め、額からは冷や汗が流れ落ちる。
再び模擬ゼータが動き始めるが電流が迸るかのように全身を大きくビクつかせながら立ち止まる。
『こちらから緊急停止の命令を送りました。これで全てのシステムが停止するはず』
赤阪先生の言うように数秒間、模擬ゼータは体をビクつかせるがやがて治まっていき、両手が力なく落ちる。
「と、止まった」
ホッと一安心から息を吐こうとしたその時―――
「――――――!」
「っっ!?」
再び叫びだす模擬ゼータはまっすぐ俺を捉える。
『模擬ゼータの動きを止めます! 伏せて!』
その直後、アリーナ内にグォォン、という低い音とともにアリーナの内壁からいくつもの長身の銃身が現れ、その銃口を模擬ゼータへと向ける。
地面に伏せ、両手で頭を抱えた瞬間、鼓膜を破る勢いで断続的な爆音が響くと同時に銃口が火を噴き、無数の弾丸を放つ。
模擬ゼータに注がれる鉛の弾丸は装甲を貫くことはなく、あくまで無数にあてることによる衝撃によって動きを止める。
それも一時策に過ぎない。
『神原君、今のうちに退避を! 非常口は開けました!』
ZEXからの検知により、非常用ゲートの場所を確認し、立ち上がってそちらへと向かう―――その時、背筋を何か冷たいものが走った気がした。
振り返った時には既に俺の視界の大部分は模擬ゼータの手の平が支配していた。
「ぐぅ!」
いつの間にか距離を詰められたことで顔面を鷲掴みにされ、そのままフィールドに叩き付けられてしまい、背中から全身に衝撃が走る。
鋭い牙の隙間から漏れる空気の音はまるで獲物を捕らえた獅子の唸り。
もう目の前にいるのは模擬ゼータではなく、ただのゼータだ。
―――死ぬ
そう直感した瞬間、頭部ギアからメキメキッ! という嫌な音が響くとともにZEXから警告通知が無数に表示される。
―――このままでは頭を握りつぶされる。
そう直感した俺の目の前に展開可能な兵装リストが表示される。
俺は考えるよりも視界に最初に入った兵装を目で選択する。手に光の粒子が集まり、一瞬でサブマシンガン《ヴォルケイノ・ブリッツ》が展開される。
「喰らえ!」
無我夢中で銃口を相手の腹部に押し付け、引き金を引くと噴火のような爆発的な勢いで弾丸がゼロ距離で放たれ、装甲から無数の火花が散ると同時にがくがくと相手の全身が震える。ゼロ距離射撃の衝撃で銃口がぶれるがお構いなしに引き金を引き続ける。
「ど、どうだ」
一マガジンを全て撃ち切るころにはZEXからの警告通知も消えており、相手の動きもピタリと止まっている。
無数の弾丸を至近距離でぶつけ続けた部分の装甲からは焦げた嫌な臭いが漂っている。
「がぎっ!? こ、こいつまだ!」
頭部に衝撃が走り、再び相手の手に力が入る。先程とは比べ物にならない力の前にピシッ! と頭部ギアにひびが入る音が俺の耳に入る。
目の前のウィンドウが真っ赤に染まり、頭に激痛が走り始める。
何か俺の耳に誰かの声が聞こえてくる気がするけどあまりの激痛によく聞き取れない。
痛みから逃れようと必死に相手の傷ついた装甲に拳を叩きつけるが相手はそれを無視して俺の頭を握りつぶそうとする。
「ぎぁぁぁぁぁっ!」
あまりの激痛に今までに挙げたことがない絶叫を上げる―――次の瞬間、激痛がふっと和らいだと同時に相手の脇腹の装甲にめり込むほどの勢いで蹴りが炸裂する。
細かい破片とともに相手の体が吹き飛んでいき、壁に激突する。
「ハァッ……ハァッ……」
『情けない声上げないでよ……気分が悪いから』
俺の耳に心底鬱陶しそうな声音の声が聞こえてくる。
顔をあげるとそこには赤を基調とした装甲に白のラインがいくつも加えられたZEXを身に纏った彼女がいた。
視界に彼女のZEXが入るや否やZEXから通知が送られ、目の前にこう表示された。
――――――燼焔の錬造神




