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君がいたから  作者: 森 神奈


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7/7

エピローグ ― そして貴方は ―


あなたは、その朝、


いつもと同じように眠っていると思ったの。


私が声をかけても、返事がなかった。


手を伸ばしたら、その手はもう、静かに冷たかった。


あぁ、ついにこの日が来たのね、と。


涙は出なかった。


悲しいはずなのに、不思議と穏やかな気持ちだったの。


だって、あなたは最後まで苦しそうな顔をしていなかったから。


お葬式の日。


息子夫婦は泣きながら、


「お父さん、本当にありがとう」と何度も繰り返していた。


孫は、よく分からないながらも、


小さな手であなたの遺影を見つめていた。


教師時代の教え子たちも、戦争を共にくぐり抜けた仲間たちも、


みんな、立派な顔で来てくれたわ。


「先生に出会えたから今がある」


「一緒に生き延びられたことを誇りに思います」


そう言ってくれる人がたくさんいた。


あなたは本当に、たくさんの人の心に生きていたのね。


葬儀が終わって、


静まり返った家で、息子夫婦と一緒に遺品整理をしていたときのこと。


あなたの机の引き出しの奥に、


一通の封筒が挟まっているのを見つけたの。


少し黄ばんだ封筒。


宛名には、震える文字で――「君子へ」と書かれていた。


封を開けると、そこには不器用な字で、こう綴られていた。


「ありがとう。これまでいっしょにいてくれて。


だから、ここまでいきてこれた。


きみがいたから、いきてこれた。


ありがとう。」


たったそれだけの言葉だった。


でも、その一行一行に、あなたの人生すべてが詰まっている気がした。


あなたが記憶を失っても、名前を忘れても、


心の奥底では、私のことをちゃんと覚えてくれていたのね。


あの日々が無駄ではなかったと、やっと分かった気がしたの。


私は手紙を胸に抱きしめながら、


ゆっくりと窓の外を見た。


外では、春の風が優しく木々を揺らしていた。


あなたが好きだった桜が、少しだけ咲いていたわ。


――あなた、見える?


今年も、きれいに咲いているわよ。


私は手紙を小さな箱にしまって、


微笑みながらつぶやいた。


「こちらこそ、ありがとう。


 あなたと過ごした日々が、私の人生そのものだったわ。」


そして今日も、あの日と同じように、


朝の光が、静かに部屋を照らしていた。





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