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第一章 年老いていくこと 後編
「ここが、どこか分からなくてね……」
震える声でそう言うと、少年は真剣な顔でうなずいた。
「じゃあ、いっしょに行こ。こっちに交番あるよ」
小さな手が、僕の袖をつかむ。
その温もりが、なぜか懐かしかった。
昔、息子の手を引いて歩いた日のことを、ふと思い出す。
夕暮れの街は、橙色に染まっていた。
車の音、遠くの笑い声、街灯の明かり。
それらが少しずつ滲んで、ぼやけていく。
交番の前に着くと、見慣れた姿があった。
君子だった。
彼女は涙をこらえながら僕に駆け寄ってきた。
「文さん!」
その声に、胸の奥があたたかくなる。
君子の手が僕の手を包む。
あぁ、これが“帰る”ということなんだな――そう思った。
少年に頭を下げた。
「ありがとう、本当に助かったよ」
少年は少し照れたように笑って言った。
「困ってる人がいたら、助けるのが普通でしょ!」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「……そうだな」
君子の肩に手を置きながら、僕は空を見上げた。
冬の空は澄んでいて、遠くに光る星があった。
――あぁ、この子の未来は、きっと明るい。
そう思うと、心のどこかが、そっと温かくなった。




