第5話:夜に舞う泡沫の影
夜風が神社の境内を駆け抜ける。
灯篭の光が揺れ、泡沫祭の世界がほのかに浮かび上がる。
昨日の覚醒――小さな変化――は確かに、私の力を少しだけ強くしていた。
「しずく、今日の怪異は……かなり手強いかもしれない」
青年――神の代理人は、鳥居の前で不安げに言った。
「手強い……どういうこと?」
彼はため息をつき、ぽつりとつぶやく。
「黒い影の残滓が、暴走しかけている。昨日の覚醒で君は力を使えるようになったけど、まだ完全じゃない……」
私は頷く。
「分かってる。でも、見逃せない。私が止める」
境内の奥で、泡沫祭の光が波打つ。影が、昨日よりも大きく、荒々しく動いていた。
「来る……!」
黒い影が急に暴れ、境内の灯篭を吹き飛ばす。
風が巻き、身体が浮くような感覚。影の中心には、昨日感じた“誰かの視線”の正体――冷たい意志が宿った影が立っていた。
「しずく、後ろ!」
青年の声に反応し、振り向く。
影が二手に分かれ、私たちを包囲しようとする。
「……こうなったら、私がやるしかない」
心を落ち着け、泡沫祭の世界に意識を沈める。
視界が鮮明になり、影の動きを捉えられるようになった。
手をかざすと、光が影の流れに触れ、形を整え始める。
「しずく、俺も行く」
青年は微かに光をまとい、影の隙間に手を伸ばす。
「いくぞ!」
光と力がぶつかる瞬間、影が暴れ、泡沫祭の世界が揺れる。
身体が宙に浮き、心がざわつく。恐怖が全身を駆け抜ける――でも、昨日より迷いはなかった。
「止める……!絶対、止める!」
私の視線が光を纏い、影を押し返す。
青年も光で補助し、二人の力が影を包み込む。
――そして、影は小さく震え、泡沫の光に吸い込まれるように消えていった。
深く息をつくと、青年は私の肩を軽く叩いた。
「……上手くやったな、しずく」
「でも……あの影……誰かが操っていたのよね」
青年は眉をひそめ、うつむきながら答える。
「……そうだ。奴らはまだ動いている。俺たちのことを、ずっと見ている」
胸の奥がひりつくように痛む。
泡沫祭は一つの事件を終えたけれど、世界はまだ静かではない――。
そして、私の力も、少しずつ、変わりつつあった。
「次は……もっと強くならなきゃ」
私は小さく呟き、夜空を見上げる。
泡沫祭の光が、二人の影を優しく揺らす。
そして、影の奥から、冷たい視線がこちらをじっと見つめていた――。