第3話:夜に現れる影
夜の神社は、昼間とはまるで別世界だった。
風は冷たく、木々の影は長く伸び、境内にぽつんと浮かぶ灯篭の光が、揺れる泡のように揺れている。
「今日も怪異が現れそうだな……」
無能神――青年は呟きながら、鳥居の前で立ち止まる。
「俺は何もできない。だから、頼む――しずく」
胸が締め付けられる。けれど、昨日より迷いはない。
私は深呼吸をして、視界を泡沫祭の世界に切り替える。
そこには、影の欠片がうごめいていた。
小さな影が、人々の笑顔や思い出を喰らうようにうねる。
その中心には、漆黒の影が、ひときわ大きく存在していた。
「……あれが、穢れの核?」
私が心の中で呟くと、青年は頷く。
「そうだ。あれを抑えないと、祭りが暴走する」
私はゆっくりと歩き、影の核の前で立ち止まる。
手をかざすと、視線が泡沫祭の世界に触れ、影の欠片が光を帯びて形を整え始めた。
――でも、影は簡単には消えない。
「しずく……早く!」
青年の声に、私は焦る。
しかし、力は自分の意思でしか動かせない。
心を落ち着け、影の動きを読む。
「来る……!」
黒い影が突然暴れ、泡の光を吹き飛ばす。
身体が宙に浮くような感覚。風に巻かれ、恐怖が全身を駆け巡る。
「大丈夫……私が抑える」
心の中で強く念じると、泡沫祭の光が反応し、影を取り囲む。
青年はその隙に、かすかな光を手に集める。
「しずく、今だ!」
光が影にぶつかる瞬間、黒い影は小さく震え、溶けるように消えていった。
「……終わった?」
深く息をつく私の隣で、青年はうつむきながら笑った。
「……ありがとう。俺一人じゃ、絶対に抑えられなかった」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
怪異を抑えた達成感と、彼の言葉の重み。
「でも、これで終わりじゃない……」
泡沫祭はまだ続く。
穢れの核は消えても、新たな怪異が現れるかもしれない。
そして、影の奥には、私たちを見つめる何者かがいる――。
神社の夜風が、二人の影を揺らす。
泡沫祭の秘密と、無能神の正体。
すべての謎は、まだ始まったばかりだった。