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 浴槽にいる新沼さんと奇妙な同棲生活が始まった。生活と言っても、彼女は浴槽に満たされた水の中で寝るも食べるもせず揺らいでいるだけなのでなんとも言えないが。おまけに幽霊だし。


「今日は何があったの?」


 新沼さんに今日一日の報告をするのが日課になった。


「今日は何か思い出した?」


 新沼さんに今日一日何か思い出せたことがあるか聞くのが日課になった。


 大学生活は順調だった。学部の友達、サークルへの参加、コンビニバイトも始めた。忙しいけど実家を離れて独り立ち出来ているような気がして嬉しかった。


「それなに?」

「え、スマホだよ。知らないの?」

「うーん、知らないのか忘れてるのかどっちなんだろ」

「スマホ忘れるなんて事ある?」

「てへっ」

「何その古いリアクション」


 新沼さんとの生活もペースが掴めてきた。最初はどうしたものかと思ったが、現実的な負担で言えば風呂を溜める水道代ぐらいだ。浴槽でしか過ごせない幽霊である事を除けば、新沼さんは穏やかでにこやかで時には冗談も言う素敵な女の子だった。


「お部屋の方はどうかな?」

「最初はどうなるかと思いましたがいい感じですよ」

「そりゃ何より。長く住んでくれるとありがたいよ」

 

 大家のおっさんはいつもにこにこしていて、たまに声を掛けてくるが深入りはしてこなかった。意外と良い距離感を保ってくれるので心地は悪くなかった。


 家にいる時は浴槽で一緒に時間を過ごすようになった。

 彼女は変わらず浴槽の中、俺は浴槽の外に小さな机と椅子を用意してご飯を食べながら喋り、タブレットで一緒に動画や映画を観たりして楽しんだ。


「すごいね、これで映画が見れちゃうなんて」

「便利な世の中になったよね」

「あーでもほんとすー君がこの部屋に来てくれて良かった。普通幽霊とこんなふうに過ごしてくれる人いないよ」


 すっかり仲良くなって彼女は俺をすー君と呼ぶようになった。


「さやみたいな素敵な幽霊だから成立してるんだよ」


 缶チューハイでほろ酔い気分に浸りながら俺は恥ずかしげもなく口にした。


「それって告白?」


 さやがイタズラな笑顔を浮かべながら俺の頬をつんと突く。感触はない。どうやら死者は生者に触れられないらしいが気にもならなかった。


「彼女が幽霊か。親は卒倒するかもね」

「え、彼女? 見えないんだけどって。とうとう息子は狂っちまったかって見放されるね」

「戸惑う親の顔を見るのもおもしろそうだけどね」


 お互い良い意味で気を遣わず喋れるようになった。彼女との会話、距離感が心地良い。正直彼女に惹かれているのは事実だった。それを特に問題とも思っていなかった。


「でも一緒にはなれないよね」


 ぽつんと彼女が呟いた。何気なくて、何も思わせず、何も思っていないといった空気で。でもその一滴は俺の心に触れた瞬間じわりと広がり深く染み込んでいった。


「そんな事ないんじゃない」


 思わず反論の言葉が出た。生者と死者。光と影ほどに真逆の存在。でもシンプルに思った。今こうして共存しているという事実が全ての証明じゃないかと。真逆の存在は表裏一体とも言い換えられる。表があるから裏は存在し得る。どちらか一方を無くすなんて事は出来ない。


「俺らはもう一緒だよ」


 でも言葉にすればやはり圧倒的に違うとも思った。彼女からすれば生きている俺という存在はあまりに遠い生物だ。もし俺が死者だったとして彼女と逆の立場なら、俺からこの言葉が出ただろうか。生きている事を俺はどこかで優位に思っているのではないか。だからこそ簡単にそんな言葉が出るんじゃないだろうか。

 さやにとっての一緒と、俺にとっての一緒は違うんじゃないか。


「そうだね」


 彼女は笑顔でそう言った。彼女はずっと優しい。そんな彼女に投げかける言葉を、俺は間違えていないだろうか。


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