9 断罪(テスタロッサ視点)
SIDE テスタロッサ
「本当に謝罪するなら……いいだろう、解いてやる」
しばらくの沈黙の後、黒騎士の少年が告げた。
(ダメ元で言ってみたのに、まさか本当に【石化】を解いてくれるの?ラッキー!)
テスタロッサは内心でほくそ笑んだ。
媚びを売るような哀れな表情の裏で、彼女は冷静に策を練っていた。
目の前の【黒騎士】――その能力は異常だ。
六神将である自分の魔法を、こうも容易くあしらう存在など、今までいなかった。
けれど、彼女は早々にその力の源を察知していた。
相手のスキルは、一般的な魔力に依拠するものではない。
彼が力を行使するときに、魔力の発動が一切感じられなかったからだ。
(おそらく――あの目だね)
両足が石化したときも、全力の雷撃を【吸収】されたときも、ほんの一瞬――黒騎士の目が異様な輝きを放つのを、テスタロッサは見逃さなかった。
(奴の能力の発動キーは視線だ。あの目を封じれば……勝てる!)
そのためなら、頭などいくらでも下げてやる。
プライドも、六神将としての面子も、彼女には必要ない。
ただ『勝利』という結果だけを、彼女は求める。
ただ『生存』という報酬のみを、彼女は求める。
(どんな汚い手を使っても、あたしは生き残ってみせる。死ぬのは、いつだってあたし以外の他人だけなんだから!)
その時だった。
「【石化】解除」
クレストが静かに告げると、テスタロッサの両足がフッと軽くなり、膝から下の感覚が戻ってきた。
石になっていた両足が元の肉体に戻っている。
「さあ、謝罪するんだ。僕に対してじゃない。君が今まで殺めてきた、すべての魂に対して」
「……謝っても、あたしのことは許してくれないんだよね?」
テスタロッサが問いかけた。
「当たり前だ。ただ、君を殺す前に謝罪の機会を与えただけだよ」
クレストの視線も、言葉も、氷のように冷たい。
「せめて罪を懺悔してから死ね」
「……そうだね。あたしは、たくさんの命を奪ってきた。殺されて当然の、悪い子だもんね……」
テスタロッサは悲しげにうつむいて見せた。
もちろん演技だ。
クレストから見えない角度で、彼女の口元に歪んだ笑みが浮かんだ。
「ちゃんと謝っちゃうよ。ごめんね」
言って、テスタロッサが顔を上げた。
「騙し討ちしちゃって――ほんとうにごめんねぇぇぇぇっ!」
クレストの能力が『目』によるものなら、その発動は『見てから』になるはずだ。
ならば彼が視認するよりも速く、認識するよりも深く、この不意打ちの一撃で仕留める――!
彼女が放つのは、先ほどと同じ【冥天雷の槍】。
勝利を確信したテスタロッサが青白い魔力の輝きを放ち――。
「えっ、発動しない……」
ばち、と小さな火花が散っただけで、必殺の魔法は形にならずに消えた。
「な、なんで……!?」
ありえない現象に、テスタロッサの思考が凍り付く。
「【呪怨の魔眼】」
クレストが静かに告げた。
「こいつは発動に少しタイムラグがある。だから、君と会話している間に仕掛けさせてもらった」
「呪怨……だと……?」
「君が僕に対して敵意を持って攻撃した瞬間、君の命は尽きる――そういう呪いだ」
「ごっ……!?」
胸の芯に激痛が走った。
同時に、喉の奥から不快な熱がこみ上げる。
「が、がはっ……な、なん……だ……これ……!?」
口から鮮血があふれ出した。
「できれば、君には心から謝罪をしてほしかった」
クレストは悲しげな瞳で彼女を見つめた。
「メルディアの六神将は王国を守り、多くの民を守った英雄だと――僕はそう信じていた。だから、せめて君には英雄としての誇りを守ってほしかった。けれど……」
その瞳が妖しい赤い輝きを放つ。
「君の魂は英雄には遠すぎる――下衆として死ね」
「お……ご……ごほっ……ごぼぉ……っ」
血が止まらない。
胸の芯に握りつぶされたような痛みが間断なく続く。
「ううう……く、苦しい……」
息ができない。
意識が薄れ、遠のく。
なのに、死にきれない。
強烈な苦痛が、彼女に気絶すら許さない。
「呪いだと言っただろう? 君の命は尽きる。けれど、それには時間がかかる――」
クレストはそう言って背を向けた。
「君が今まで与えてきた苦しみを、その身で味わいながら死ぬんだ」
「き、貴様……ぁ……」
体の感覚が麻痺していく。
見れば、足元から体が灰色に染まり、徐々に硬化していくのが分かった。
【石化】だ。
「うううう……く、くっそぉ……ぉぉ……」
やがて首から下が完全に石になり、今度こそテスタロッサは身動き一つ取れなくなった。
だが、苦痛だけは少しも和らがない。
「ごほっ……ごほっ……ごぼぉっ……」
断続的に湧き上がる激痛と、止まらない吐血。
意識だけは鮮明なまま、永遠にも思える地獄が続く。
テスタロッサは絶望の中で、己の未来を悟った。
この動けない石の体で数十日後か、数百日後か、あるいは数千日後か――いずれ必ず訪れる死の瞬間まで、ただ苦しみ続けるのだ。
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