75 師弟はともに歩む
「先生は、どうしてここに?」
僕はリゼッタ先生にたずねた。
「今の私はヴァールハイトを拠点にしているんだ。メルディアの剣術指南職は半年ほど前に辞してな……」
先生は少し苦い顔だった。
「辞めたんですか?」
「……ああ」
僕の問いに、先生の表情に苦みが増した。
「メルディアが帝国との戦争で行っている非道の話が私の耳にも届いたんだ
。それに加えて、禁忌とされる魔導実験をいくつも行っているという話も知って……な」
言って、リゼッタ先生は首を左右に振った。
「私はもう、メルディアのために働きたくはない」
「僕も、メルディアの非道は何度も見てきました。初陣からレイガルド、ガレンド、その後の戦いでも……」
僕は苦い記憶を思い出してうめいた。
「かつては僕の故国だっただけに……いまだに心が苦しいです」
「かつてのメルディアは名君が治め、人心豊かな素晴らしい国だったと聞くが……」
先生が遠い目をして語った。
「なぜ、メルディアは変わってしまったんでしょうか」
「おそらく、現王になってからだろう」
先生の言葉に僕はハッと息をのんだ。
それを見て、彼女もバツの悪そうな顔になる。
「いや、お前にとっては父親の話だ。うかつに口にしていいことじゃなかった、すまない」
と、頭を下げるリゼッタ先生。
「いえ、大丈夫です。父は僕を処刑台にかけました。僕を処刑した父を、僕が尊敬する理由などどこにもありません」
僕は首を左右に振った。
「それに……父は僕をずっと騙していました。メルディア軍は非道なヴァールハイトとは違う正義の軍。軍律に厳しく、非戦闘員に危害を加えることなどない、と。略奪などもってのほかだ、と」
握り締めた拳が震える。
「全部……全部、嘘だったんです……!」
「軍が非道な行いをするようになったのも、今の王になってからだと……私も最近になってようやく知ったよ」
先生は沈痛な表情だった。
「軍の所業は固く口留めされて一般市民にまでは伝わっていなかった。けれど、人の口に戸は立てられない。少しずつ、だが確実に噂は広がっていったのさ……」
それから――僕らの話題は、これからのことに移った。
「僕はメルディアから帝国の民を守りたい。そして、愛する人と共に、平和に生きていきたい」
僕は決意を込めて語った。
「だから、今の僕は、もうアレスではありません。クレスト・ヴァールハイトとして生きていきたいです」
「英雄【黒騎士】、か」
リゼッタ先生がにこやかに微笑んだ。
「剣の腕は見違えるように上がったようだな」
「この肉体のおかげですよ」
僕は苦笑した。
「それだけじゃないさ。今のクレストの強さには、お前自身の強さも上乗せされているはずだ」
「僕の……強さ?」
「そうだ」
うなずくリゼッタ先生。
「お前が持つ優しさ。仲間を想う心。そして何より……誰かを愛する気持ち。それらが、今のお前の強さをさらに押し上げているんだろうな。ただ――」
そこで先生の眼光が鋭くなった。
「まだ甘い。気配で分かるぞ」
「先生……?」
思わず見つめ返すと、リゼッタ先生は優しく微笑んだ。
「決戦が控えているんだろう? なら、私がお前を徹底的に鍛えてやる」
それは予想外の提案だった。
「姿が変わろうが、お前は可愛い弟子だ」
驚いている僕に、リゼッタ先生はニヤリと笑った。
「そして、可愛い『弟』でもある」
「先生……!」
思わず胸が熱くなった。
「――よろしくお願いします、リゼッタ先生」
僕は深々と一礼した。
訓練の前にいったん領主の館に戻ると、フラメルや聖乙女部隊のメンバー十数人が待っていた。
聖乙女部隊はフラメル配下の治癒魔術師たちの部隊であり、全員が女性だ。
ほとんどが十代や二十代で華やかな雰囲気がある。
と、
「……ねえ、クレストくん。その方は?」
フラメルが僕の隣にいるリゼッタ先生を見て、たずねた。
やけに冷たい視線だ。
「この人は――」
言いかけて、僕は口ごもる。
剣の師匠ではあるが、それは僕が『アレス』だったころの話だ。
聖乙女部隊のメンバーもいるこの場では話せない。
「その……友人です」
「……へえ? 随分と綺麗な人だね」
フラメルがスッと目を細める。
明らかに不機嫌そうな顔だった。
「……姉上、この方は僕に剣の手ほどきをしてくださったんです」
変な誤解をされないため、僕はもう少し詳しく説明することにした。
「えっ、あの【黒騎士】様の剣の師匠?」
「すごいです!」
「素敵……!」
と、聖乙女部隊の面々が僕たちの話に食いついてきた。
「師匠……ね」
フラメルは相変わらず疑わしげだ。
僕はそんな彼女に耳打ちした。
「『以前の』僕の師匠ですよ、フラメル」
「以前……? あ、そういうことね」
一瞬眉をひそめた後、フラメルはすぐに理解してくれたようだ。
同時に、にっこりと微笑んだ。
「弟がいつもお世話になっております。あたしはフラメル・ヴァールハイト。彼の姉です」
「お噂はかねがね。聖女フラメル殿下」
リゼッタ先生が恭しく一礼する。
「てっきり弟にいい人でもできたのかと思いました」
言いながら、フラメルは上機嫌だ。
「誤解でしたね」
「ええ、ご安心ください。あくまでも師弟の関係にございます」
リゼッタ先生がまた一礼した。
たぶん、僕とフラメルの間にある微妙な空気を悟っているんだろうな。
先生って昔から勘が鋭いし。
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