74 虚無の皇女の行き着く先は(レミーゼ視点)
儀式が、始まった。
レミーゼは祭壇に横たわり、イオの詠唱が響き渡る。
クレストの場合は【魔眼】の力を持つメルディア王国の王子アレスの魂を移植し、さらにそこに【闇】を宿す形で『人造の魔王』として完成した。
今の彼は肉体がクレスト、魂がアレス、そして力の根源に【闇】が宿った――いわば三位一体の存在だ。
ただ、レミーゼの場合は改造された魂を元に戻すための儀式であり、当然クレストに施されたそれとは違う術式となる。
とはいえ、その根幹には『魂の調律』という工程があり、これはクレストに施した儀式の情報を活かすことができるのだという。
(私は、ただ待つだけ――)
レミーゼは静かにそのときを待っていた。
長かった。
ようやく、心を取り戻せる。
母に『魂の改造』を施されてからの自分は、ひたすら無味乾燥な人生を歩んできた。
喜びはない。
悲しみもない。
怒りもない。
ただ、より優れた人間になるために己を磨き続ける日々。
人形のように母の期待に沿った人間を目指す日々。
(この儀式が終わったとき――やっと私の人生が始まるんだわ)
――ずんっ!
突然、体の中心部に稲妻に打たれたような衝撃が走った。
いよいよ儀式が終わるのだ、と悟る。
「っ……!」
最初にこみ上げてきたのは、母に対する膨大な感情の奔流だった。
愛情。
憎悪。
憤怒。
今までそれらの感情は消え去っていたのかと思っていたが、違う。
本当はただ『せき止められていた』のだ。
そして、それが一気にあふれてきたのだろう。
「う、ああああああああああああああああああああ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
レミーゼは吠えた。
感情がほとばしるままに、獣のように咆哮した。
「があああああああああああああああううううううううううるるるるるるあああああああああああああああ!」
言葉にならない感情の放出。
「――うまくいったようですね」
かつ、かつ、と足音を立てて、イオが歩み寄る。
「心を取り戻した感想はいかがですか、殿下」
「はあ、はあ、はあ……」
レミーゼは荒い息をもらした。
あまりにも強烈な勢いで感情が湧いてきたためか、全力疾走でもしたような疲労感がある。
けれど、それは心地よい疲労だった。
ずっと渇望したものを、ついに手に入れることができたのだ。
やっと自分自身を取り戻した気がした。
そう、これこそが本当の自分――。
ごうっ……!
その瞬間、レミーゼの全身から黒い何かが吹き上がった。
まるで炎のような、濃密な魔力のオーラ。
異常なまでに禍々しい雰囲気を備えた、黒い魔力が後から後から噴出する。
「えっ……!?」
レミーゼは呆然と自分の体を、そして黒いオーラを見下ろした。
「なん……ですの、これは……!?」
「『魂の改造』術式――それを応用すれば、魔王の器に足る魂を現出できる。私はそう考えました」
イオが微笑む。
「クレスト・ヴァールハイトを人造の魔王として改造した際には、まず彼にアレスの魂を宿し、さらに彼が持つ魔眼に【闇】を宿しました。魔王を生み出すためには、その魂に【闇】を抱える必要がありますが、普通の人間の魂にそんなものを宿せば、魂自体が壊れてしまう……」
「な、何を言って……?」
「だからこそ【魔眼】が必要だった。魔を宿す目があれば、そこに【闇】をも宿すことができる……だから最強の肉体を持つクレストと【魔眼】を持つアレスの魂……二つをそろえる必要があったわけです」
イオが謳うように語る。
「けれど『魂の改造』という術式があれば、話は違ってくる。私はこの術式を使い、あなたの魂を【闇】を宿すのに耐えうる強度に改造したんです……半ば賭けでしたが、どうやら上手くいったようですね」
言って、彼は笑みを浮かべた。
会心の笑みだった。
「ま、まさか、あなたは……私に……」
「あなたの弟である【黒騎士】と同様に、あなたもまた『人造の魔王』として生まれ変わったのですよ、【虚無の皇女】殿下」
「……わ、私を虚無と呼ばないでください……!」
レミーゼがイオをにらむ。
胸の内側から吹き上がる炎のような激情。
これは、怒りだ。
以前なら感じることができなかった、相手に対する明確な敵意だ。
「では、虚無だったあなたに目的と意志を与えて差し上げましょう」
イオが微笑む。
「これよりあなたは我らが手駒――【魔王兵団】の一員です」
「魔王――兵団」
レミーゼがゴクリと息をのむ。
「私たちが世界に覇を唱える、その尖兵として――クレストとともに戦いなさい。そして我らに勝利をもたらすのです、魔王レミーゼ」
イオがニヤリとした。
「だ、誰がそんなこと……うぐっ!?」
突然、レミーゼの全身に強烈な痛みが走り抜ける。
「【魔王兵団】だと言ったはずですよ。あなたは私たちの兵士なんです。逆らえば、その痛みがあなたに命令を強制します」
イオが鋭い視線を向けてくる。
「そして、手駒だとも言ったはず。これからは私たちの命令に従い、動きなさい。いいですね」
「私は――ぐううっ!?」
言いかけたところで、また激痛が走る。
「返事は『分かりました』だけで十分です」
イオが冷ややかに告げた。
「……分かり、ました……」
レミーゼは唇をかみしめた。
最初から自分は利用されていたのだ――。
諦念が急速に心の中を支配していく。
「さあ、行きましょうか、レミーゼ殿下。私たちの戦いは、ここから始まるのです」
イオが宣言する。
レミーゼには『服従』以外の選択肢は残されていなかった。
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