67 聖女と魔女の狭間で
「あたしの母は、皇帝陛下の妃の一人だったけど……あたしの本当の父親は、たぶん皇帝陛下じゃないの。クレストくんも噂は知ってるよね」
フラメルが語り始めた。
「魔族――なのよ」
「魔族……」
世界に災いをもたらすとされる、忌むべき【闇】の眷属だ。
「母は、はっきりと教えてくれなかった。だから、あたしは自分でずっと調べてきた。これだという確証を得たのは、本当につい最近よ」
フラメルが唇を噛みしめた。
「百年くらい前、メルディアと隣国のルーファス帝国で大きな戦争があったでしょう? あの時、ルーファスは魔族と連合軍を組んで戦った。それがきっかけで一部の魔族は、その後も人間社会に潜んでいるの」
その伝説は僕も知っている。
当時のメルディア六神将――そのときは全員が魔術師ではなく騎士なども混じっていたそうだが――は縦横無尽の活躍で多くの魔族を打ち倒したという。
「あたしの母はもともと地方貴族の娘だったの。あるとき、森を散策していたら魔族に襲われたという話を、つい先日……当時の使用人の一人から聞き出すことができた」
フラメルが唇をかみしめる。
「そのときに、あたしを身ごもった。それからすぐに母は皇帝陛下に召し抱えられたのよ。すぐに母の妊娠が明らかになったけど、この父親が魔族だということは公には明かされなかった」
皇后が魔族に犯されて身ごもった――なんてことになれば、皇帝の面子は丸つぶれだ。
秘匿されるのは当然だろう。
「やがて母はあたしを産んだの。皇族の誰とも違う緑色の髪は、魔族の血をひいているからだとすぐに噂になった。きっと陛下も、あたしが自分の実の子ではないと分かっているでしょうね」
ふと、袖口から火傷の跡が残る肌が見えた。
出撃前夜、フラメルと結ばれた夜に、彼女の裸身のあちこちに火傷や傷跡があるのを、僕は見ていた。
痛々しい傷跡だった。
一年ほど前、味方の魔導砲撃の巻き添えになったという話だが――実際には彼女を忌むべき存在として葬ろうとする一派がいたんだろう。
そしてフラメルは殺されかけ、一生残る傷を負わされた。
「フラメル……!」
僕は衝動的に彼女を抱き締めた。
その傷跡に示されるように、彼女に今までどれほどの苦しみがあったのか、想像に難くない。
僕が『忌み子』として処刑されたのと同じ、理不尽な孤独を味わってきたんだろう。
「あたしは――自分がいつか化け物になってしまうんじゃないか、って怖いの。あたしの中に流れる魔族の血が、いつか大切な人たちを傷つけてしまうかもしれない……」
「っ……!」
僕はハッとなった。
同じだ。
人造の魔王としての自分自身を恐れる僕と。
フラメルは同じ苦しみを抱いている。
けれど、僕がフラメルを遠ざけたのと違い、彼女はその優しさで僕を包みこもうとしてくれていた。
「フラメル――僕も、自分の中に潜む『得体の知れないもの』が怖い」
「えっ……」
「僕が魂を移植された存在だということは前に話したでしょう? その目的は――人造の魔王を作ることだ、と。記憶の中で少しずつ探り当てることができたんです」
「人造の魔王……」
フラメルが僕を見つめる。
「自分が怖くて、僕はフラメルを遠ざけた。その態度を今、とても後悔しています」
「気に病まないで、クレストくん。あたしは……君が抱えていた苦しみを打ち明けてくれたことが嬉しい」
フラメルが微笑んだ。
「……あと、ブリュンヒルデとは何でもないのよね?」
と、付け足す。
やっぱり、嫉妬は嫉妬でしていたらしい。
「何でもないですよ、本当に」
僕は微笑んだ。
「……よかった。ごめんね、あたし……自分で思っていたより嫉妬深いみたい」
「いえ、そうして気にしてくれることも嬉しいです。そして――あらためて誓います。僕が側に居てほしいのはフラメルだけだ、って」
「クレストくん……」
フラメルが潤んだ瞳で僕を見つめる。
「……そろそろ、戻りましょう」
「そうだね。あ、でもその前に――」
言って、フラメルが目を閉じた。
「ふふ、忘れ物」
「はい、フラメル」
僕は微笑んで、キスを待ち受ける彼女に顔を寄せていった。
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