64 帝国全軍、進撃
僕がヴァールハイト帝国全軍の総司令官になった。
帝国全土から帝都ヴァールに集まった兵の数は30万を超えていた。
魔法技術を使った物資輸送などを併用しているとはいえ、これだけの規模の軍を動かすのは帝国の歴史上、初めてらしい。
皇帝はそれだけ、今回の戦いに国の命運をかけているということだ。
これほどの軍勢を動かすのは前例がない。
そして今日、僕たちは王国への大攻勢を開始する。
その総司令官は――僕だ。
「すごいね、クレストくん。本当に30万の軍勢が集まったんだ」
隣で馬を進めるフラメルが言った。
彼女の緑色の髪が風にたなびく。
「正直、これだけの軍勢を率いるというのは緊張というか……実感がわかなさすぎて」
あらためて周囲を埋め尽くすような大軍に身が震える。
メルディアの王子だったころに、軍を指揮した経験なんてない。
クレストに転生してからも、軍に帯同しても先陣を走ったり、単騎で戦局を切り開くことが多く、『指揮』の経験自体がほとんどない。
僕にやれるんだろうか――不安は尽きない。
「一人で抱え込まないでね」
フラメルが僕の手にそっと触れた。
「君の側には、いつでもあたしがいることを忘れないで」
優しい微笑だった。
いつも通りの、慈愛に満ちたフラメルだった。
「はい、フラメル」
僕は美しい『姉』に微笑んだ。
「いえ、姉上……僕に力を貸してください」
「もちろんよ。おねーさんを信じなさい」
フラメルが悪戯っぽく笑う。
僕の気持ちを少しでも軽くするために、あえてそう振る舞ってくれているんだろう。
「心強いです、いつも」
総司令官という重圧が少しだけ和らぐのを感じた。
進軍を始めて半日が過ぎた。
大軍勢は国境を越え、いよいよ王国領に入る。
と、そのときだった。
「総司令官殿!」
斥候兵たちが血相を変えて報告に来た。
「前方の村より黒煙が上がっております!」
「王国軍の一部隊が略奪行為を行っている模様です」
「なんだって……!」
またか、と黒い怒りがこみ上げる。
僕が初めて戦場に出たときも、メルディアの兵士は帝国の民を虐げていた。
「クレストくん……」
フラメルが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「僕が行きます」
即座に決断した。
「全軍に告ぐ。一時進軍を停止。騎士団二番隊、魔法師団三番隊は僕に続け」
「承知!」
僕の言葉に騎士団二番隊を率いる女騎士ブリュンヒルデと、魔法師団三番隊を率いる中年男のロッツ隊長が返答した。
ブリュンヒルデの方は、以前に任務であったことがある。
そう、あれは僕にとっての初陣――【雷光】のテスタロッサと戦ったときだ。
「あなたの下でまた戦えることを光栄に思います、クレスト殿下」
「殿下に我らの働きをご覧に入れます」
ブリュンヒルデとロッツがそれぞれ意気込む。
「よし、いくぞ」
「あたしも一緒よ、クレストくん」
と、フラメルが寄り添った。
「【黒騎士】と【癒しの聖女】のそろい踏みといきましょ? 緒戦だし」
「――そうですね、姉上。お願いします」
僕たちは少数精鋭の部隊で村に近づく。
焦げ臭い匂いがした。
さらに、人々の悲鳴が風に乗って聞こえてくる。
「……!」
僕たちは先を急ぐ。
やがて村にたどり着くと――、
「ひどい……」
フラメルが唇をかみしめた。
村の光景は、地獄だった。
家は燃えている。
「はっはっは、逃げても無駄だぜ!」
「むしろ、せいぜい逃げろ! 逃げ回ってるのを斬る方がおもしれぇ!」
「おらっ、死ねぇっ!」
剣を手に村人を追い回す王国兵たちの姿が見えた。
周囲には無数の死体が転がっている。
生き残っている村人はもう何人もいない――。
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
僕は絶叫した。
まただ。
また、こんなことが繰り返されている。
どこに行っても、何度戦場を巡っても。
メルディア王国――僕の故国は、どうしてこんなことを繰り返す……!
どんっ!
地面を蹴って、僕は走り出した。
「クレスト殿下!?」
ブリュンヒルデやロッツが驚いたような声を上げる。
指揮官が自ら先陣を切って飛び出すのはどうなのか――なんて理性的な判断をする余裕がなかった。
今すぐ行かなければ、また新たな犠牲が出る。
「な、なんだ、あいつは!?」
王国兵たちがこちらに気づき、村人を追い回すのをやめた。
「黒い騎士服――まさか噂の【黒騎士】!?」
「は、速い――ぐあっ!?」
奴らの予想を超える速度で一気に距離を詰めると、僕はまず一番手前の兵を斬り捨てた。
数は――ここにいるだけで百人ほど。
おそらく全体では、その数倍はいるだろう。
「全員、僕に続け! 村人を救出し、こいつらを掃討する!」
叫びながら、僕はさらに剣を振った。
【鑑定の魔眼】を使えば、奴らの動きを容易に見切ることができるけど、その分【魔眼】を消耗してしまう。
「【魔眼】を使うまでもない――お前たちなんて!」
ざんっ!
ざんっ!
ざんっ!
身のこなしだけで奴らを圧倒し、剣を振るたびに奴らの首が飛んでいく。
「お前たちが今までやったように――今度は僕がお前たちを殺し回る番だ」
返り血を浴びながら、僕は暗い声で告げた。
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