62 決戦前夜
数日後の夜――。
僕は私邸のバルコニーで一人、月を見上げていた。
明日には帝国のすべてを背負い、死地へと赴く。
その重圧が全身にのしかかるようだった。
『クレスト』に転生してから、いくつかの戦場を経験したけど、そのどれとも全然違う。
総司令官としての、巨大な重圧――。
「……眠れないの?」
背後から柔らかな声が届いた。
振り返ると、フラメルが心配そうな顔で立っている。
「いよいよ明日だね」
フラメルは僕の隣に寄り添い、同じように月を見上げた。
「君が総司令官なんて……」
しみじみとしたフラメルの言葉に、僕は軽口気味に笑った。
「随分と評価されたみたいです」
「あたしも驚いたよ。でも、君ならきっと大丈夫。だって君は、この帝国で一番強いもの」
フラメルの言葉から、僕への揺るぎない信頼が伝わってくる。
「あたしは支援しかできないけど、防御と治癒の魔法で君を守るから。絶対、守ってみせるから――」
彼女の瞳が僕をまっすぐ見つめる。
「はい。必ず勝って――一緒に生き残ろう、フラメル」
僕は彼女の手を固く握りしめた。
柔らかな手が、かすかに震えている。
フラメルもまた重圧を感じているのだと気づいた。
それはそうだろう。
僕一人が抱えているわけじゃない。
彼女だって同じものを、きっと――。
「僕が戦う理由は、もう復讐だけじゃない。メルディアへの憎しみは消えないけど、それ以上に強く願うことがあります」
僕はフラメルの瞳を見つめ返し、素直な思いを吐露した。
「あなたと二人で歩む未来を、手に入れたい。そのために戦いを終わらせたいんだ」
僕の言葉に、フラメルは深くうなずいた。
「あたしも同じ想いよ」
「フラメル……」
「君と二人で生きていきたい。この戦いが終わったら、皇子と皇女じゃなく、姉と弟でもなく――」
フラメルが身を乗り出す。
彼女の顔が僕のすぐ目の前にあった。
「ただのフラメルとクレストとして、静かな場所で一緒に暮らしたいの」
僕たちが求めている者は、同じだ。
互いを思いやり、支え合う――優しい未来。
「はい、ずっと一緒に」
「約束よ」
フラメルは微笑み、ゆっくりと顔を近づけてきた。
僕も自然と顔を寄せ、唇が重なる。
誓いの、口づけだった。
「これで、もう何も怖くないね、クレストくん」
「はい。あなたがいるから」
夜の月の下で、僕らは未来を信じて語り合う――。
――僕は夢を見ていた。
風が吹き荒れる中、暗い荒野に一人で立っている。
地面には無数の剣が突き刺さっていた。
その側には、同じ数の死体が転がっている。
そう、これらは――僕が戦場で倒してきた者たちの剣だ。
そして、今も。
「おおお……っ!」
僕は気合いの声とともに剣を振るう。
黒く、禍々しい剣。
その剣圧が衝撃波を生み、前方で巨大な城が崩れ落ちた。
人知を超えたすさまじい破壊力だ。
崩れた城から人々の悲鳴や苦鳴が聞こえてきた。
「やめて、クレストくん!」
悲痛な声が聞こえた。
振り返ると、フラメルが恐怖に顔を歪めて僕を見ていた。
「どうして……どうして、こんなことをするの……?」
その瞳から涙がこぼれ落ちる。
胸が痛んだ。
僕は、あなたにそんな顔をさせたいんじゃない。
あなたに笑顔でいてほしいから、剣を振るんだ。
なのに――。
「僕はただ、フラメルを守りたいだけです」
「もう、やめて……」
つぶやいたフラメルの顔が、僕を殺したメルディア王国の兄や姉たちの顔に重なる。
そして、僕を処刑台へと追いやった父王の顔に。
「うわああああああああああっ!」
僕は絶叫と共にフラメルに襲い掛かった。
フラメルに重なって見える父や兄姉たちに。
「だ、駄目だ、止まれ!」
このままではフラメルを斬り殺してしまう。
だけど体が勝手に動いて止まらない。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
剣が、振り下ろされた。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
荒い息をついた僕の足元には、血まみれのフラメルが倒れている。
ざあっ……。
その姿が無数の光の粒子となって消え失せた。
「ううう……」
これは、夢だ。
動揺するな、これは夢なんだ……!
僕は必死で自分に言い聞かせる。
けれど、たとえ夢でも愛するフラメルを自らの手にかけた痛みや苦しみ、そして絶望が僕の心を打ちのめしていた。
身も心も引き裂かれるように痛む。
すさまじい喪失感で魂が抜けたような心地だった。
と――、
「見事です、我が駒よ」
振り返ると、ローブをまとった人物が立っていた。
「超古代において、魔王とは人に【闇】を宿し、生み出された存在……その完成体である人造の魔王クレスト・ヴァールハイト……お前こそ、我らの悲願。さあ、我らの尖兵として――世界のすべてを従える戦いを始めましょう」
「ふざけるな……」
僕は憎悪を込めて、そいつをにらみつけた。
僕は魔王なんかじゃない。
僕はお前たちの兵士じゃない。
「僕は、僕だ!」
目の前の人物は悠然と僕を見つめている。
目深にフードを被ったその顔は性別も年齢も判然としない。
にもかかわらず、どこか見覚えがある気がした。
「お前は、誰なんだ――」
分からない。
何一つ。
ただ、本能で理解していた。
こいつこそが本当の敵。
こいつを倒さなければ、僕の未来は訪れない――と。
※次回から3日に1話の更新ペースになります(カクヨムの方が先行しているので続きが気になる方は、そちらもぜひ)
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