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60 兄皇子は黒騎士に面子を潰される(ジークハルト視点)


 戦闘が終わり、帝国軍の野営地は勝利の喜びに沸いていた。


 あちこちからクレストとフラメルの武勇を称える兵士たちの声が聞こえてくる。


「クレスト様がいらっしゃらなければ、今ごろ俺たちは殺されていたかもな……」

「フラメル様の補助魔法もすごかった。援軍の奴等の戦いぶりを見たか?」

「俺たちもああいう補助魔法をもらって戦いたかったよ……」

「お二人とも、まさに英雄だ。それに比べて、第一皇子殿下は……」

「おいおい、聞かれるぞ……」

「はははは……」


 そんな兵士たちの囁き声が、ジークハルトの耳に届く。


「……!」


 カッと頭に血が上った。


 面子は丸つぶれだった。


 初陣を勝利で飾り、自分にも戦功をあげられるのだというところを見せつけるつもりだった。


 自分一人の力を証明するため、治癒や補助魔法の達人であるフラメルをあえて連れてこなかった。


 だが、結果は――最悪だ。


 クレストとフラメルに窮地を救われることになってしまった。


 なまじ二人が鮮やかに戦況を解決してしまったことで、相対的に自分の無力さを知らしめる結果となってしまった。


「貴様ら、何をこそこそと話している!」


 ジークハルトは近くで談笑していた兵士たちに怒鳴りつけた。


「ひ、ひいっ」

「お、お許しを……」


 兵士たちはビクッとして口をつぐんだ。


「俺の指揮に不満があるとでも言うのか! ええい、無礼者め!」


 ジークハルトが剣を抜く。


 完全に逆上していた。


「う、うわぁぁぁぁ……」


 兵士たちが青ざめる。


 自分の権威を示すために、一人二人斬ってやろうか――。


 そう考えたとき、


「――そこまでです、兄上」


 まるで瞬間移動でもしたかのように、突然クレストが目の前に現れた。


 剣を構えている。


「っ……!」


 動きが、まったく見えなかった。


「兵に当たり散らすのは、指揮官のすることではありませんよ」

「クレスト、貴様……!」


 ジークハルトは弟をにらみつけた。


「この俺に説教する気か! 無礼な!」

「今は勝利を喜びましょう。兵たちも命を懸けて戦ったのです。まずそれをねぎらい、称えるのが兄上のお役目かと」


 クレストは淡々と諭す。


「そうですよ、兄上。みんな、がんばったのですから」


 その隣でフラメルが言った。


 自然とクレストに寄り添う。


 まるで姉弟というより恋人同士のような雰囲気に一瞬違和感を覚える。


 だが、すぐにそんな違和感よりも、目の前のクレストへの怒りと嫉妬が勝り、ジークハルトはふたたび怒声を発した。


「弟の分際で! この兄を見下すんじゃない!」

「私は兄上を見下してなどいません」


 クレストは言いながらも、その視線は冷ややかだ。


 以前、フラメルのことで言い争いになったときも、こんなふうに冷たい目で見られたことを思い出す。


「今回の勝利は全員で勝ち取ったものです。兄上がお力を発揮したことは、この場の全員が認めているでしょう。どうか剣をお納めください」

「ぐっ……」


 何が『全員が認める』だ――。


 喉元まで出かかった言葉を、ジークハルトはかろうじて引っ込めた。


 自分でも分かっている。


 兵たちが認めているのは、クレストとフラメルだけ。


 自分のことは無能な指揮官としか思われていない。


 屈辱で全身の震えが止まらない。


「ぐぐぐ……」


 だが、剣で立ち向かったところでクレストに勝てるはずがない。


 先ほどの戦場で見せた彼の剣は、まさに鬼神のごときものだった。


 こうして向き合っているだけでも、背中から汗が流れ落ちる。


「――ちっ」


 結局、ジークハルトは舌打ち交じりに剣を納めるしかなかった。


「勝手にしろ」


 言い捨てて背を向ける。


 惨めだった。


 劣等感に押しつぶされそうになりながら、ジークハルトは一人で歩いていく。


 その後を追いかけてくるものはいない。


 ただ、惨めだった。

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