58 ロッケイルの戦い(ジークハルト視点)
ロッケイル。
それは帝国と王国の国境南部に広がる森林地帯だ。
木々が生い茂るこの場所で今、帝国と王国の軍勢が激しく衝突していた。
おおおおおおっ……。
兵士たちの怒号や悲鳴がこだまする。
剣戟の音や攻撃魔法の爆音が響き渡る。
戦場の端にある開けた丘で帝国軍を指揮するのは、第一皇子ジークハルト・ヴァールハイトだった。
「なぜだ、なぜこうも押される……!」
ジークハルトは馬上から戦況をにらみつけた。
開戦当初、帝国軍は優勢だった。
ジークハルトが立てた作戦通り、奇襲によって王国軍の先鋒を叩いた。
「幸先の良いスタートを切ったはずだったんだ……なのに……」
唇をかみしめる。
こちらが前に出るのを待ち構えていたように、敵の第二陣が左右から現れ、挟撃された。
あっという間に戦況は覆り、今は必死で後退しながら体勢を立て直している最中だ。
とはいえ、すでに少なくない犠牲が出ている。
「これも全て、あの女のせいか……!」
脳裏に先ほど見た敵将の顔が浮かぶ。
王国軍屈指の名将――ナナハ・リゼ。
彼女は、相手の動きをすべて見透かしているような巧みな用兵を得意としているらしい。
まさに、寡兵を持って大軍を叩く。
今回も、王国軍はこちらの半分以下の兵数であるにもかかわらず、こうしてジークハルトの軍が劣勢を強いられている。
「これが……本物の戦場……」
ジークハルトはゴクリと息を呑んだ。
これまで経験してきた演習や、机上で論戦を戦わせていた兵法論とは違う。
実戦、なのだ。
「くそっ、こんな屈辱……だいたい、なぜ俺がこんな泥臭い戦場に出なければならんのだ……!」
次第に不満と焦燥がこみ上げてくる。
弟であるクレストは【黒騎士】として戦場を駆け、次々と武勲を立てている。
それに比べて、第一皇子である自分には、これといった戦功はない。
能力も器量も凡庸――ただ帝位に最も近いという立場だけがあった。
その立場が彼に強烈な劣等感を抱かせる。
(俺はただ、他の皇子や皇女より早く生まれただけ……ただそれだけの男……)
「ジークハルト殿下! 次のご指示を!」
と、周囲の騎士たちが騒ぎ出した。
「……何?」
見れば、丘の下に王国軍が集まってくる。
いつの間にか、敵軍はここまで迫っているのだ。
「ま、まずい――」
ジークハルトは全身から血の気が引くのを感じた。
己の考えに没頭するあまり、戦況を見過ごすとは――。
「好機だ! 敵将は第一皇子ジークハルト! これを討って、我ら王国軍の実力を満天に知らしめよ!」
王国軍の戦闘に立つ三十歳ほどの女将軍――ナナハが剣を掲げて叫んだ。
黒髪を長く伸ばした凛々しい女だ。
白銀の鎧は返り血にまみれ、凄艶な美貌を際立たせていた。
「左翼が崩壊寸前だと申したではありませんか!」
「なぜ、すぐにご指示下さらなかったのです!」
騎士たちが騒ぎ出す。
考え事をしていた、などと言えるはずがない。
「お、お前らこそ、なぜもっと強く進言しない!」
「それは……殿下のお考えの邪魔をしてはならぬと――」
「……!」
まさかジークハルトが戦況そっちのけで自分の劣等感に思いを馳せているなどと、部下たちは思いもよらなかったのだろう。
そして、彼もそんなことを部下に明かすわけにはいかない。
プライドというものがある。
「ええい、奴らも敵将が前に出ている。討ち取る好機であろう!」
ジークハルトが叫んだ。
「俺はこの状況を作り出すため、あえて奴らを誘い込んだのよ!」
当然、嘘だった。
そしてそれは部下たちにも伝わっているようだった。
誰もが白けた目でジークハルトを見ている。
「っ……!」
これが『器』というものか。
将として、自分はまったく信用されていないのだ。
「くそっ、誰でもいい! 奴を――敵将を討ち取れ!」
ジークハルトが叫ぶが、その声は戦場に虚しく響くだけだった。
完全に丘のふもとを囲まれている。
逃げ場はない。
このままジワジワと追い詰められ、自分は捕縛の屈辱を味わうのだ――。
――そのときだった。
「う、うわぁ!?」
「な、なんだ、こいつは!?」
王国軍の一角から悲鳴が聞こえてきた。
同時に、黒い閃光のようなものが視界に映る。
「ま、まさか、あれは――!」
ジークハルトが呆然と目を見開いた。
黒い閃光のように見えたのは、一人の騎士。
人間とは思えない異常な速度で駆け抜けながら、王国兵を次々に斬り倒していく、一人の騎士。
「クレスト……!」
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