54 終わりの始まり、その足音
ガレンドの戦いから数日後――。
「ねえ、聞いてもいい、クレストくん?」
僕は自室でフラメルと二人っきりで過ごしていた。
「本当にシェラ様とは何もなかったの?」
フラメルが僕の顔をじっと見つめた。
その瞳には明らかな不安の色があった。
リビティアから戻ってきて以来、彼女はシェラのことを気にしているようだった。
僕とシェラの婚約話は立ち消えになったものの、フラメルにとっては気が気じゃないらしい。
「ないですよ、何も」
僕はきっぱりと言い切る。
「ちゃんと断りました。フラメルのことが頭に浮かんで……彼女との婚約を受け入れることは、どうしてもできなかったんです」
「クレストくん――」
「僕が側にいてほしいと願うのはシェラ様じゃない。フラメルしかいません」
「っ……!」
たちまちフラメルの頬が赤く染まった。
「も、もう! クレストくんったら、急にそんなこと言うんだから……」
彼女は照れたように、だけど嬉しそうに俯いた。
その反応を見て、僕の心は温かくなる。
メルディア王国で、僕は誰からも愛されず、孤独に生きてきた。
だから彼女の存在は、僕の気持ちを照らしてくれる光そのものだった。
彼女が僕を慈しみ、寄り添ってくれるからこそ――僕は『クレスト』として、この世界で生きていける。
「ねえ、ところで本当に何にもなかったのよね?」
……話題が戻ってしまった。
「た、たとえば、口づけを迫られたりとか……えっと、その、寝室に誘われたりとか……」
ますます顔を赤くしながら追及してくるフラメル。
「ないです。何も」
「で、でも、シェラ様って美人じゃない。彼女に迫られたら、男の人ってみんなコロッと――」
「いかないです」
「本当に? 本当に本当?」
「……結構ヤキモチ焼きですね、フラメルって」
思わずつぶやくと、フラメルは拗ねたような顔をした。
「だって……! あんなに綺麗で、積極的な王女様なんだもの……心配になるのは当たり前でしょ!」
頬を膨らませ、唇を尖らせて。
そんな子供みたいな仕草が可愛らしくて、僕は小さく噴き出してしまった。
「大丈夫ですよ。僕が想っているのはフラメルだけですから」
「クレストくん……!」
フラメルはハッとしたように目を見開き、それからとびっきりの――嬉しそうな笑顔になった。
「ありがと」
言って、フラメルが僕に寄り添う。
「フラメルこそ、元のクレストは仲が良かったんでしょう?」
「あれは、ただの戦友として……って言ったじゃない」
フラメルが即座に言い返した。
「クレストくんも嫉妬?」
「はい」
「っ……! ほ、本当?」
「まあ、少しは」
僕は苦笑する。
「あたしも……君のことだけを想ってる」
フラメルが僕をまっすぐに見つめた。
その顔がゆっくりと近づいてきて――。
僕らの唇が合わさった。
「ね?」
キスを終えると、フラメルがはにかんだ笑みを浮かべて言った。
「あたしは、君だけだから。今までもこれからも……」
「僕もです、フラメル」
この絆をずっと大切にしたい。
ずっと……守りたい。
僕はあらためてそう思った。
数日後、僕とフラメルは軍議の場にいた。
他にも皇帝や数人の皇族、重臣たちや高位の武官がそろっている。
「メルディアの攻勢はますます強まっている。我が国はガレンドを奪還したとはいえ、奴らは新たな手を次々と打ってくるだろう」
皇帝が言った。
「100年の長きにわたる戦乱――その終局が近づいているのかもしれぬ」
そう、ヴァールハイト帝国とメルディア王国は100年もの間、戦い続けてきた。
小康状態も挟んでいるとはいえ、完全な和平が結ばれたことはない。
メルディアの方は、もっと前にはルーファス帝国とか、他の国とも戦争を繰り広げてきて、その中で軍事力を拡大してきた。
決して侮れない、強大な国家だ。
対するヴァールハイトは、メルディアほどの軍事力はなく、その他の国力でも劣っている。
結果的に僕が撃退したとはいえ、奴らにとって虎の子であるゴーレム軍団を投入したのはも、この戦いを終わらせようという意志なのかもしれない。
この戦争の終わりが近づいている――。
僕は隣にいるフラメルを見つめた。
ならば、僕は必ず勝利のための力になってみせる。
そして、彼女と共に幸せな日々を歩んでいくんだ。
そう、幸せな日々を。
――本当に、そんな日が訪れるのか?
ふいに、どこからか声が聞こえた気がした。
「……!?」
いや、この部屋にいる誰かじゃない。
今、聞こえてきたのは僕の内側から――。
――人が生み出せし魔王、その実験体であるお前が、人としての幸せを得るなど。
――決して訪れぬ。
――お前が歩むのは、血塗られた道だけだ。
不気味な声が、僕の脳裏で反響していた。
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