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53 最終決戦に向けて(イオ視点)

 メルディア王城での謁見を終えたイオは、そのまま地下深くへと向かった。


 そこには、王族の一部しか知らない秘密の研究所が存在している。


 超古代の魔導文明に由来する技術――【魂の移植】について研究が行われている場所だ。


 イオは重い扉を開き、薄暗い室内に入る。


 広大な室内には古い実験器具が並び、膨大な研究記録があちこちに積み上げられていた。


 そして十数名の研究員たちがせわしなく動き回っている。


 いずれも国内外から集められた優秀な魔導研究者である。


 イオは彼らを一瞥し、部屋の奥に進んだ。


 途中、机の上に無造作に置かれている魔導器具に目を止める。


 小さな羅針盤のような形をしたそれは【魂の調律器(ソウルチューナー)】と呼ばれるものだ。


【魂の移植】の際に使うものだが、耐久性や動作の安定性に問題があり、大量に生産されては、使い捨てのように使用されている器具だった。


 机の上に置かれたそれも、あちこちに亀裂が入っており、おそらくは廃棄予定なのだろう。


 部屋の奥までたどり着くと、前方には無数の透明な容器が立てかけられていた。


 いずれも高さ五メートルほどで、緑色の溶液で満たされた内部には老若男女さまざまな人間が眠っていた。


 彼らは皆、実験体だ。


「研究の進捗はどうなっていますか?」


 イオは近くにいた研究員にたずねた。


「イオ様、お戻りになられましたか……研究は現在、最終段階に入っております」


 研究員は緊張した面持ちで答えた。


「それで、完成はいつです?」

「正確なところはなんとも……ですが、魂の移植は、これまでにない安定した定着率を記録しています。早ければ数週間、遅くとも二か月程度で形になると期待しております」

「成功は近い、と?」

「はっ。我々一同、そう確信しております」

「いつもながら頼もしい言葉ですね」


 イオは満足げに微笑んだ。


 超古代文明『レムセリア』の技術を応用した『魂の移植儀式』。


 そして【闇】の力を魂に付与し、人為的に魔王を量産する研究。


 目の前に並ぶ実験体たちによって、その研究は遠からず結実する――。


「引き続き、研究を進めてください。次の――いえ、最後の作戦はすでに始まっています」


 イオはそう言い残し、部屋を後にした。




 イオは自室に戻ると、通信用の魔道具を取り出した。


 緑色の水晶がいくつか組み合わさったような形をしており、距離を問わずに通話ができる代物だ。


 水晶が淡い光を放ち、通話可能状態になると、イオは通信器に向かって言った。


「赤い鳥。青の宝石。緑の墓石」


 まずは合言葉だ。


「黒の魔導書。白の棺。灰色の祭壇」


 相手――王国との内通者である『帝国の重要人物』からも対応した合言葉が返ってきた。


 目的の相手に間違いはないようだ。


「私です」


 イオは語り掛けた。


 万が一の傍受を恐れて自分の名前を語ることはしない。


「ご連絡ありがとうございます」


 相手の声が聞こえてくる。


 その声には何重にも処理がされており、本来の声とは似ても似つかないものになっていた。


 男なのか女なのか、若いのか老人なのかも分からない。


 これも傍受対策だった。


 幾重にも対策をしているのは、この内容が外部に漏れればイオも相手もただでは済まないからだ。


 間違いなく国家大逆罪で極刑である。


「計画通り、次の舞台は帝都ヴァールです」

「了解しました」

「私たちの悲願を達成するため、最後の仕上げを始めましょう」

「最後の、仕上げ……」


 相手がつぶやく。


「いよいよですね」


 その声に強い熱意がこもっているのは、変質した声でもはっきりと分かった。


「あの日、あなたがたが提供してくれた【黒騎士】の肉体と、私たちが差し出した【魔眼】の使い手――その魂と肉体は融合を深め、人が生み出せし魔王としての力を増しつつあります」

「完成の日は近いのですね?」

「はい。完成した暁には、我らの」

「そう、我らの」




「【魔王兵団】による、世界の蹂躙が始まる」




 二人の声が重なった。


「王国は遠からず私が掌握します。そろそろ帝国も掌中に収めておきたいところですね」

「それは……こちらに任せてください」


 相手がが答えた。


「皇族の複数同時暗殺……そして帝位の簒奪……機は熟しました」

「期待していますよ」


 イオは笑みを漏らし、通信を切る。


 メルディア王国とヴァールハイト帝国。


 二つの大国の戦いは、いよいよ最終局面へと向かっていた。

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