45 シェラへの返事、そして急転
リビティア王国での滞在は続いていた。
騎士団との模擬戦で僕の力が進化し、魂の定着も進んでいる実感を得てから、さらに数日が経過している。
その間、僕はリビティア王女シェラに美しい王都を案内され、彼女と二人で過ごす機会が何度もあった。
シェラは積極的に僕との距離を縮めようとしてきた。
今日も静かな一室で、僕らは二人きりで向き合っている。
「わらわと共に暮らす未来……そなたには魅力的に映らぬか?」
シェラの青い瞳は夢見るように輝いていた。
「僕は――」
言葉に詰まる。
目の前のシェラの想いが痛いほど伝わってきて、上手く言葉を返せなかった。
「わらわは、恋というものを諦めておった。この身は国のためにある。いずれは然るべき相手と結ばれ、この国を良くするために生きていくのだと……そこにわらわ個人の感情は介在せぬし、介在してはならぬと――」
シェラは遠い目をして語った。
「だからこそ、そなたに出会った時……奇跡が起こったかと思うた。心の中心を射抜かれたような衝撃。胸が甘くときめき、全身が蕩けるような快感が訪れた……これが恋なのだと、わらわは瞬時に悟った」
彼女の言葉に胸を締め付けられるようだった。
こんなにもまっすぐに、純粋な好意を向けられたのは、生まれて初めてだ。
だけど、僕はその気持ちに応えられない。
それが申し訳なくて、罪悪感が生じていた。
「シェラ様、僕は……」
僕は唇を噛みしめる。
「やっぱり僕は」
「恋とは一方通行では成就せぬ。そなたの心は……わらわとは別の相手にあるのじゃな」
僕の言葉を遮り、シェラが言葉を重ねた。
その声が震えている。
「っ……!」
僕はハッと息を呑んだ。
ずっと快活で、強い意志を見せていた彼女が――そのとき、泣きそうなほど悲しげな顔をしていた。
「僕は……それでも」
僕は唇を噛みしめた。
それでも――いや、だからこそ僕は自分の気持ちを正直に伝えなければならない。
「申し訳ありません。この婚約、お受けできません」
「……そうか」
シェラはうつむき、目を伏せた。
シンと静まり返った空気が重苦しい。
「はっきり言ってくれて、わらわも気持ちの整理がつくというもの。感謝する」
ゆっくりと顔を上げたシェラは優しく微笑んでいた。
その笑顔を見ていると、よけいに胸が苦しくなる。
「僕は――」
「そのような顔をするな。わらわが一方的にそなたに恋をしただけじゃ。気に止む必要はなかろう」
シェラがふたたび微笑む。
と、そのときだった。
「クレスト殿下、よろしいでしょうか!」
扉が勢いよくノックされた。
ただごとではなさそうな様子に僕はハッとなる。
「どうぞ」
促すと、血相を変えた伝令兵が飛び込んできた。
リビティアではなくヴァールハイト帝国の兵だった。
帝国からここまで駆けつけたようだ。
「ガレンドが……ガレンドが陥落しました! そしてフラメル殿下は、救護所でたった一人で王国軍を食い止めていると――」
伝令兵の言葉に、僕は凍り付いた。
「フラメルが……!? それにガレンドが落とされた……?」
僕はすぐに決断した。
「分かった。至急ヴァールハイトに戻る!」
「――待て」
と、シェラが僕の腕をつかんだ。
「シェラ様、お聞きの通りです。僕はすぐに戻らなければなりません」
「ならぬ……ならぬぞ」
シェラの顔は青ざめていた。
揺らぐ瞳に、妖しい赤い光が浮かんでいる。
「シェラ様……?」
「わらわには『視える』のじゃ」
視える――? もしかして、未来すら見通すというリビティア王族の力が発動しているのか?
「そなたに重なって、何かが見える。黒い騎士……いや、これはそなたではない……誰じゃ……?」
震えながらシェラがうめく。
「そなたの中に、別の何かがいる――それは、やがてそなたを覆い尽くし、滅ぼすであろう」
「っ……!」
僕の身に起きた魂の移植に絡む出来事なのか。
それとも、また別の何かを示唆しているのか。
ただ、今はそれを気にしている場合じゃない。
フラメルを助けなければ――。
「それでも、僕は行きます。大切な人を守るために……!」
今度はシェラが息を呑む。
「――そうか。そなたが想う相手は」
僕は無言で一礼し、部屋を走り出た。
一路、ヴァールハイトへ――。
リビティアを出立した僕は、その足でガレンド地帯へと向かった。
戦場は戦線後方に設置された救護所だという。
「今行くよ、フラメル――」
僕は焦りを感じながら、疾走していた。
【黒騎士】クレスト・ヴァールハイトの圧倒的な走力は、常人のそれをはるかに凌駕する。
馬と比べても、それほど見劣りしないほどの速度で、僕はあっという間に救護所の近くまで到達する。
と、そこで前方に巨大な影が立ちはだかっていた。
全高10メートルを超える石像。
それが、三体。
「こいつらがゴーレムか」
報告によれば、王国が繰り出したゴーレムは二十体ほどだというから、その一部をここに配置しているんだろう。
「どけ……!」
僕は一番手前のゴーレムをにらんだ。
【魔眼】を発動する。
前回の戦いのように、あまり力を使い過ぎると暴走の危険があることは分かっている。
けれど、今はフラメルの元に最速でたどり着くことが最優先だ。
たとえ暴走の危険を冒してでも。
「砕けろ」
がしゃんっ……。
僕の【魔眼】によって、そのゴーレムは岩の全身が脆弱な石へと変わり、さらに砕け散った。
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