38 リビティア王国へ
戦勝の宴から三日後。
僕はリビティア王都へ向かうため、転移魔法陣の前に立っていた。
魔法陣が設置された巨大なホール状の部屋には、僕とフラメルの二人だけだ。
そのフラメルは心配そうな顔をしていた。
「クレストくん、本当に一人で行くのね。護衛もつけずに……」
――僕はリビティアの王女シェラに誘われ、単身で王都へ赴くことになった。
名目上は外交使節として、日ごろからの戦費協力に謝意を示すためだ。
けれど、その裏にシェラの個人的な思惑があるのは明白だった。
「はい。皇帝陛下から外交使節に指名されましたから。リビティアに謝意を示すという目的からして、物々しいのは良くないでしょう?」
僕はフラメルを心配させまいと微笑んでみせた。
「……気を付けてね」
フラメルはやはり不安そうだった。
「それに……シェラ王女は積極的な方みたいだし」
ああ、そっちに関しても不安に思ってるわけか。
「僕は彼女と婚約する気はありませんよ、フラメル」
きっぱりと宣言する。
「……そっか、よかった」
とたんにフラメルはホッとしたような顔になった。
「フラメル?」
「あ、いえ、その……意に沿わない婚約は、クレストくんが不幸になるだけかな、って思ったから」
慌てたように両手を振るフラメル。
「そうですね。僕が、側に居てほしいと願う女性は――彼女ではありませんから」
僕はフラメルの目をまっすぐに見つめた。
「……あたしは、君が側に居てくれてホッとしてる。正直に言うと、嬉しいの」
彼女も僕の目を見つめ返してくる。
「こんなこと言うと……困らせちゃうかな」
と、はにかんだ笑顔でそう付け足した。
「いえ、僕も同じ気持ちです」
僕は彼女の手を優しく握った。
フラメルが、その手を握り返してくる。
「本当に気を付けてね。それから……ちゃんと戻ってきて。あたし。待ってるから」
「フラメル……」
「クレストくん……」
互いの視線が絡み合った。
心臓の鼓動が甘く高鳴る。
僕たちは、どちらからともなく自然と顔を寄せ合った。
まるで吸い寄せられるように――。
「あら、随分と仲睦まじいのですね」
あと少しで唇が重なりそうになったところで、冷ややかな声が聞こえてきた。
僕たちの間に割って入るように現れたのは、一人の美女だ。
「……レミーゼ姉上」
僕とフラメルは、驚いて顔を離した。
「あら、わたくしに遠慮などすることはないでしょう? そのまま続ければよかったのに」
レミーゼはクスクスと笑っている。
「まるで恋人同士のように見えましたわよ」
「……ただ、姉と弟が別れを惜しんでいただけに過ぎませんよ、姉上」
僕は硬い表情で言い返した。
「本当にそうですかしら」
彼女は含みのある言い方で、僕とフラメルをジロジロと見ている。
僕が言い淀んでいると、レミーゼが歩み寄ってきた。
「リビティアに行くそうですわね。シェラさんにどうぞよろしく」
「姉上はシェラ様と面識が?」
「親しい友人ですわ」
レミーゼは柔和な笑みを浮かべた。
ただ、その瞳の奥には虚無的な光が宿っている。
相変わらず――感情の読めない人だ。
「国を超えた友人は、本当に貴重ですわね。いえ、友人ではなく、これからは姉妹ということになりますかしら?」
「……僕はシェラ様との婚約を受けたわけではありませんよ」
僕は強い口調で言った。
「あら、シェラさんは素敵な女性ですよ。ぜひ婚約を成立させていただきたいですわ」
レミーゼが身を乗り出す。
「ねえ、フラメルもそう思いませんこと?」
突然話を振られたフラメルが、困惑した顔になる。
「あたしは――」
「いえ、皇族でもない者に聞いても仕方がありませんわね」
レミーゼの顔に嘲笑が浮かんだ。
彼女はフラメルを露骨に『皇帝の実子ではない』と見下している。
「そのような言い方はおやめください、レミーゼ姉上」
押し黙ったフラメルの代わりに、僕が抗議した。
だけどレミーゼはどこ吹く風といった様子で、
「さあ、そろそろ行ってらっしゃい。先方がお待ちですわよ」
そう言って、優雅に微笑んだ。
「――行ってきます。フラメル姉上、レミーゼ姉上」
僕は二人を交互に見つめた後、フラメルにもう一度視線を送った。
待っていてください、フラメル。
必ず、あなたの元に戻ってきます。
視線でそう語りかけ、僕は転移魔法陣へと歩みを進めた。
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