4 最前線へ
フラメルの転移魔法で、僕は彼女とともに国境地帯の町ベリッタまでやって来た。
最前線は、想像以上に過酷な状況のようだった。
あちこちで兵士たちのうめき声が聞こえ、死体の数も多い。
遠くからは、断続的に爆発音と人々の悲鳴が響いてくる。
「フラメル殿下、クレスト殿下」
僕たちの到着に気づいた一人の女騎士が駆け寄ってきた。
凛々しい顔立ちをした銀髪の女だ。
鎧があちこち破損し、ここで行われている戦闘の激しさを物語っていた。
「隊を率いるブリュンヒルデと申します。お待ちしておりました」
「状況を報告して」
フラメルがたずねた。
この状況を見ても眉一つ動かさず、冷静な態度だ。
優しそうなフラメルだけど、戦場では肝が据わっているようだった。
むしろ、僕の方が緊張している。
戦場に出るのは、これが初めてなのだ。
「劣勢です……」
ブリュンヒルデは唇をかみしめた。
「メルディアは強力な魔法師団を前面に押し立て、攻撃魔法の雨を降らせています。我らは防戦一方で、町の大半が焼き払われております。すでに略奪も起きている模様です」
「略奪……?」
僕は思わず聞き返した。
「メルディアは軍規を重んじ、民間人からの略奪は厳しく禁じられていると聞いたけど……」
僕がメルディアの王子だった頃、父王や兄姉たちはそう語っていた。
民の前でも、常に清廉潔白な王国だと公言していたはずだ。
「奴らが軍規を守る? 略奪をしない? はっ、ご冗談を!」
ブリュンヒルデの表情に強烈な怒りと憎しみが浮かんだ。
「奴らは国境を侵すたびに我らの町を焼き、民を殺し、犯し、財を奪い――考えうる限りの非道を繰り返しております!」
叫んでから、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「私の故郷も、家族も、すべて奴らに焼かれました……!」
「……そうか。辛いことを思い出させて済まなかった」
僕は彼女にかける言葉が見つからず、ただ深々と頭を下げた。
メルディアで聞いていた話と、あまりにも違う。
ただ、ブリュンヒルデの言葉が嘘や演技とは到底思えない。
「魔法師団に対抗できる戦力は、どれくらい残っているの?」
重い空気を断ち切るようにフラメルがたずねた。
「……こちらの魔術師はすでに全員殺されました。敵の中にかなりの手練れがいるようです」
ブリュンヒルデが報告する。
「現在、その手練れは後方に退いたようですが、他の魔術師たちは断続的に攻撃を続けています。騎士団だけでは魔法に対抗するのは極めて難しいかと……」
「分かった。僕が行こう」
僕は、迷わずそう申し出た。
初めての戦場に対する不安や恐怖は、すでに吹き飛んでいた。
「魔術師に対抗できる戦力は、今この場では僕だけだ」
たった一人で、しかも剣一本で五十人もの魔術師を斬り伏せたという最強の騎士――【黒騎士】クレスト・ヴァールハイト。
その伝説は、僕も前世でよく知っていた。
敵国の騎士ながら憧れすら抱いた。
その最強の力は、今僕の元にある。
「クレストくん――」
フラメルが、心配そうな顔で僕を見る。
「その間、姉上は生存者の救助をお願いします。もしものときは、ためらわずにみんなへ撤退の指示を」
僕は姉上の返事を待たずに、一人で前線へと駆け出した。
――やれるのか、僕に。
走りながら、自分に問いかける。
前世の『アレス』として生きていた頃の僕なら、単騎で敵軍に突撃するなんて考えられもしなかった。
剣の腕も魔法の才能も、すべてが人並み以下。
兄姉たちから蔑まれ、父から見捨てられ、無力なまま処刑された王子。
それが僕だった。
けれど、今の僕は違う。
英雄クレスト・ヴァールハイトだ。
自分にその力が本当に宿っているのなら――。
どんっ!
僕は駆けだした。
軽くダッシュする感覚だったのに、まるで矢のように――いや、それ以上の速度で道を駆け抜けていく。
「なんだ、この脚力――!?」
走りながら、僕は自分で驚いていた。
実際に動いてみると、よく分かる。
体が異常に軽い。
四肢に信じられないほどの筋力がみなぎっている。
人間がこれほどのスピードを出すことができるのか、と驚くほどの走力。
馬すら凌駕するほどの超速で、僕はあっという間に最前線にたどり着いた。
「っ……!」
僕は、前方に広がる光景に息を飲んだ。
「うわぁぁっ、助け――ぎゃあっ!」
「やめて……お願い、やめてぇっ……」
「殺さないで……金なら全部持っていっていいから……」
住民たちの悲鳴と絶叫が響き渡る。
メルディアの兵士たちが家々に押し入り、略奪を働いていた。
抵抗する者は容赦なく斬り捨てられ、道にはすでに何十もの死体が転がっていた。
ブリュンヒルデの話は――事実だった。
「なんだ、これは……」
体が震える。
震えて、止まらなくなる。
『メルディア王国軍は、誇り高き正義の集団だ。民間人への略奪などは一切せぬ』
「――そう言ったではありませんか、父よ! 兄よ、姉よ!」
噛みしめた唇から血がこぼれ落ちた。
僕が信じていた祖国の姿は、すべて偽りだったというのか。
「これが……これがメルディアの本当の姿なのか――」
怒りが、憎しみが、絶望が、僕の心を黒く染め上げていくのを感じた。
「やめろ!」
僕は叫んで走り出した。
彼らは前世での敵国の民だ。
だけど、そんなことは関係ない。
目の前で苦しみ、理不尽な暴力にさらされている彼らを見て――黙っていられるわけがない!
「はあああああああああああっ!」
僕は剣を振るった。
ざんっ!
高速で駆け抜けながら、兵士たちを斬り伏せていく。
体が、勝手に動くようだ。
僕の身に、三流の剣士に過ぎなかった『アレス』とは比べ物にならない圧倒的な剣技が宿っていた。
「な、なんだこいつは!?」
「速すぎる――ぐあっ!?」
「この騎士服……まさか噂の【黒騎……ぎゃあっ!」
瞬く間に、僕はすべての兵士を斬り捨て、惨殺した。
「はあ、はあ、はあ……」
荒い息を吐き出す。
これだけの数を斬っても疲労はまったくない。
ただ、気持ちの方が激しく高ぶっていて、荒くなった呼吸をなかなか鎮められない。
と、
「お、おお……【黒騎士】様が来てくださった……!」
「クレスト殿下……」
「ど、どうか、我らをお助け下さい……!」
生き残った住民たちがすがるような目で僕を見る。
「もう大丈夫だ」
僕が住民たちに告げた、その時だった。
ぞろぞろと新たな敵の一団が現れた。
全員が白いローブを身にまとい、胸には剣と花をあしらった紋章をつけている。
「メルディアの魔法師団か――」
その数、およそ二十人。
「ふん、貴様が噂の【黒騎士】か」
中心に立つ、リーダー格らしき魔術師がニヤリとした。
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