15 出立の前に
僕とフラメルは転移用の魔法陣へと続く長い廊下を歩いていた。
僕らの間に会話はない。
先ほどのやり取りで生まれた気まずい空気が、まだ重く漂っていた。
現在、僕は漆黒の騎士服を、フラメルは白い戦闘用のドレスをまとっている。
どちらも戦場に出るときのいつもの格好だ。
ちなみに、僕は――【黒騎士】クレストは基本的に鎧を身に付けないようだ。
動きが鈍るのを嫌っているのと、クレストの戦い方は相手の攻撃を一撃も受けずに、超速の剣技で圧倒するスタイルだからだという。
と、
「お前たち、そろって出撃か。ふん、また忌まわしい【魔眼】とやらで戦うつもりか?」
前方からやって来たのは第一皇子のジークハルトだった。
先日、謁見の間で皇帝に咎められたというのに全く懲りていない様子だ。
「剣も【魔眼】も、ともに私の力です。兄上」
僕は平然と言い返した。
「私は、私の力のすべてをもって民を守り、敵を討つ――それだけですよ」
「兄上、あたしたちは急ぐ身です。通していただけますか」
フラメルが硬い声で言った。
「それと――クレストくんを悪く言うのは、もうおやめください。彼はあたしたちの誇りです」
「何が誇りか!」
「彼を侮辱するなら、あたしも全力で抗います」
フラメルは険しい表情でジークハルトをにらみつけた。
優しく穏やかな彼女が、こんな顔もするのか――。
僕は内心で驚く。
「お、おのれ、父上の実の子でもないくせに!」
ジークハルトが顔を歪めて叫んだ。
「……!」
その言葉に、フラメルはハッとした顔になった。
傷ついたような表情でうつむき、肩を小さく震わせる。
彼女には、そんな事情があったのか……。
謁見の間でジークハルトが言っていた『皇族の血をひかぬ』という言葉の意味を、僕は今ようやく理解した。
「――ふん、まあいい」
ジークハルトは、傷ついたフラメルの顔を見て溜飲を下げたらしい。
「とにかくレイガルドは我が帝国の防衛の要だ。絶対に守り切れ。たとえ命に代えても、だ」
「もちろんですよ、兄上」
僕はジークハルトを見据えた。
「戦う力を持たない兄上の分まで、私とフラメル姉上で戦ってまいります」
「……! き、貴様――」
『戦う力を持たない』という言葉は、ジークハルトにとって急所だったのだろう。
真っ赤な顔で僕をにらみつける。
僕はわずかに闘気をにじませ、彼を威圧する。
「っ……!」
気圧されたように後ずさるジークハルト。
脅しじみたことは好きじゃないけど――まあ、これはフラメルを傷つけた報いと思ってもらおう。
ジークハルトは苛立ったように舌打ちし、去っていった。
僕はフラメルに向き直り、一礼する。
「かばっていただいたことには礼を言います、姉上」
「君に不快な思いをさせてしまった、せめてもの償いだよ」
フラメルは寂しげに微笑んだ。
「本当にごめんね」
「姉上……」
彼女の申し訳なさそうな顔を見て、僕の心が揺れる。
繊細で、優しそうな少女の顔だ。
やっぱり、この人を疑うべきではないのかもしれない。
この人を信じたい。
けれど――。
と、そのときだった。
今度は、優雅な足取りで別の人物が近づいてくる。
「次はレミーゼ姉上ですか」
僕は振り返り、一礼した。
「あら、警戒しているみたいな顔ですわね」
第一皇女レミーゼは柔和な笑みを浮かべていた。
その瞳には優しげな光が宿っているように見える。
けれど、僕は知っている。
彼女の瞳の奥には、底の知れない虚無が潜んでいることを。
「わたくしは可愛い弟に有益な忠告をしに来ただけですわ」
「弟と妹に、でしょう?」
僕は隣に立つフラメルに視線を送り、そう言い直した。
「妹? どこにいるのかしら?」
レミーゼは笑顔を崩さないまま、氷のように冷たい言葉を吐いた。
その瞬間、彼女の瞳にあの虚無がはっきりと浮かんだ。
やっぱり、こっちがこの人の本性なのか……?
僕は表情を険しくした。
「話が逸れましたわね。レイガルドは単なる要塞都市ではありません。あそこには、帝国の――そして我がヴァールハイト皇家の根幹に関わる、重要な研究施設がありますの」
「……なぜ、そんな話を?」
「今のあなたに必要なものかもしれないと思っただけですわ」
僕の問いに彼女はただ微笑むだけだった。
「話はそれだけです。あなたのご武運を祈っておりますわ。では、ごきげんよう」
レミーゼは優雅に一礼すると、僕たちの横を通り過ぎていった。
僕はその背中を見つめながら思考を巡らせる。
重要な研究施設――か。
もしかしたら、僕の転生と何か関係があるんだろうか?
なぜレミーゼはそれをわざわざ僕に教えに来たんだろう?
彼女の目的は、一体――。
深まる謎を抱えたまま、僕はフラメルとともに転移魔法陣の部屋に足を踏み入れた。
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