11 皇族たちの駆け引き
「よろしいですか、陛下」
と、一人の少年が進み出た。
華奢な体に、少女と見まがうような中性的な美貌。
僕の弟にあたる第四皇子、ゲルダだった。
年齢は確か十三歳――僕より二つ年下のはずだ。
「俺は、ジークハルト兄上の懸念も一理あると思うのです」
ゲルダはまっすぐに皇帝を見つめた。
「クレスト兄上の力は、確かに帝国の宝です。ですが、その力はあまりにも強大で、謎が多い。しかも――今回の戦いまで、その力を隠していたように見受けられます」
ゲルダの視線が僕に向けられる。
「今までのクレスト兄上の戦闘記録に【魔眼】なるものの情報はありませんでした。それが今回、突然そのような力をお使いになった――それは、なぜでしょう?」
「……!」
僕は思わず言葉を詰まらせた。
転生前のクレスト――つまり『本来のクレスト』は、超絶の剣士ではあっても【魔眼】のような異能は持っていなかったはずだ。
帝国側から見れば、『クレストが突然【魔眼】の力を使い始めた』としか見えないのは、当然の話だった。
「それは――」
どう説明すればいいのか。
【魔眼】の力をそう簡単に他者に見せるべきではなかったのかもしれない。
ただ、王国兵士や20人の魔術師はともかくとして、さすがに【雷光】のテスタロッサ相手に【魔眼】なしで戦うのは難しかった。
単純な剣技だけで戦っていたら、もっと苦戦していただろうし、もしかしたら僕の方が殺されていたかもしれない。
だから【魔眼】をフラメルたちの前で使ったこと自体は仕方がない。
とはいえ、この事態をどう切り抜けるか――。
答えに窮する僕を見て、ゲルダは優しげに微笑んだ。
「いえ、理由を問うのは、今はやめておきましょう。スキルの類が突然目覚めるというのは、ごくまれに起こり得ることですから。兄上も、きっとそうなのですよね?」
これは――僕に逃げ道を作ってくれているのか?
ただ、ゲルダの目つきは明らかに僕を陥れようとしているように見える。
「……君は、何が言いたい?」
僕は質問に直接答えず、ゲルダに問いかけた。
「たとえば――『暴走』のような危険はないのかと、俺は危惧しているのです」
ゲルダはゾッとするような酷薄な笑みを浮かべた。
「万が一、その力が暴走してしまい、敵ではなく味方である俺たちに【魔眼】の力が向けられる……その可能性がないと言い切れますか、兄上? 強大な力ほど、その制御は困難になりますゆえ」
「いいかげんにして、ゲルダくん」
フラメルが割って入った。
「ジークハルト兄上といい――まるでクレストくんを責め立てているみたいじゃない。彼は帝国の英雄だよ。その功績は誰もが認めるところでしょ」
「もちろん。クレスト兄上は英雄なのです!」
ゲルダは芝居がかった仕草で両手を広げ、朗々と演説を始めた。
「なればこそ、俺は兄上に万全の状態でいてほしいと願っているのですよ。その偉大なる力に、いかなる不安要素もあってはならない。そうでしょう?」
言って、僕の方に向き直る。
「どうでしょう、クレスト兄上? 【魔眼】の力について、一度、帝国の魔導研究機関で詳細を調査させていただくというのは。そして、皇帝陛下の御名の下で正しく管理するのです。兄上のご負担を減らすためにも、ね」
「管理――」
僕はゲルダをまっすぐに見つめた。
もっともらしい言葉を並べているけど、僕の【魔眼】には彼の心の色の揺らぎが見えていた。
嫉妬と、支配欲。
皇帝の名の下に――と言っているけど、実際には彼が僕の力を自分の管理下に置いて、意のままにしたいんじゃないだろうか。
と、そのときだった。
「ゲルダ、あなたの言うことにも一理ありますが――」
進み出たのは一人の女性だった。
波打つ白銀の髪に柔和そうな表情をした美しい女だ。
年齢は二十過ぎくらいだろうか。
第一皇女のレミーゼだった。
「今は戦の只中です。しかも、メルディアに攻勢をかけられ、この窮地を救うためにはクレストの力が不可欠でしょう? 彼に余計な負担をかけるのはどうかと思いますよ?」
言って、レミーゼは僕を見た。
優しい言葉とは裏腹に、彼女の瞳には何の感情も浮かんでいない。
虚無――そうとしか言えない、暗い光が宿っていた。
「レミーゼ姉上……」
ゲルダが不満そうに唇を尖らせる。
「ですが、俺はただ……」
「国を案じてのことでしょう? 分かっています。あなたは優しい子ですものね」
レミーゼはゲルダに聖母のような微笑みを向けた。
相変わらず、その瞳は虚無だが。
「ただ、その優しさが時には仇となることもあります。今はクレストを信じて、私たちは見守るべきではありませんか」
「ですが、先ほども申し上げたように、クレスト兄上の力が暴走しないとも限らないでしょう? 俺はそれが心配で――」
「心配は無用ですよ?」
レミーゼが淡々と告げる。
「その時は、私が『止め』ますから」
ぞくり――背筋が凍り付くような悪寒を覚えた。
止める、というのは単に言葉を尽くして、とかそういう意味じゃない。
もっと別種の――底知れぬ何かが、レミーゼにはある。
そんな予感がしたのだ。
「……分かりました」
ゲルダはあっさりと矛を収めた。
それから僕の方に向き直ると、その場に平伏した。
「愚かな提案をしたこと、お詫びいたします。クレスト兄上」
「立ってくれ、ゲルダ」
僕はすぐに彼の手を取って、助け起こした。
「君は公平な目で物事を見て、国を案じただけだろう? 僕は君を咎めたりしない」
「ありがとうございます、兄上。本当にお優しい――」
ゲルダは嬉しそうに笑う。
が、その瞳はまるで笑っていなかった。
この国の皇子や皇女は決して一枚岩ではない――短い謁見の中で、それがよく分かった。
僕は先行きの不安を感じながら、謁見を終えたのだった。
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