1 処刑執行
僕は今、処刑台へと続く階段をゆっくりと登っている。
一歩進むごとに、下から聞こえてくる声が大きくなった。
「【魔眼】持ちのアレスを処刑しろ!」
「不吉の王子は国から出ていけ!」
「そうだ、そうだ! さっさと殺してしまえ!」
地鳴りのような怒声が間断なく響き渡る。
僕の気持ちは空っぽだった。
それらの怒声を他人事のように聞きながら、処刑台まで登りきった。
中央にぽつんと置かれた断頭台が、僕の到着を待っているかのようだ。
眼下には、無数の民衆が広場を埋め尽くしているのが見えた。
彼らの視線に込められているのは、憎悪と、侮蔑と、そして……期待だ。
僕の【魔眼】は、人の感情を漠然とした色のオーラとして捉えることができる。
今、僕の目に見えるのは、鮮やかな赤色と黄色の渦。
怒りと歪んだ喜悦の色だった。
彼らはこれから行われる僕の処刑を楽しみにしている。
王子の公開処刑が彼らにとっては最高の『ショー』であり、最高の『娯楽』なのだ。
「どうして、こんなことになったんだろう……」
僕は生まれつき【魔眼】を持っていた。
人の感情が色で見える。
相手が嘘をついているかどうかも、何となくわかる。
ただし、誰かの心を覗き見たり、思考を詳細に読み取ったりするような大層な力じゃない。
けれど、兄上や姉上たちは、その力を『不吉の象徴』だと言った。
『父上。アレスのあの忌まわしい【魔眼】は、きっと王家に災いをもたらします』
『ええ、そうですわ。あのような呪われた力、野放しにはしておけません』
『民も不安に思っております。国に不穏な空気が流れているのは、すべてアレスのせいです』
『一刻も早く、かの忌まわしい存在を排除せねば――』
兄姉たちの言葉は巧みだった。
彼らの心に渦巻く嫉妬や劣等感の色を、僕の【魔眼】は捉えていた。
何の異能も持たない彼らにとって、不吉であろうとなんだろうと異能を持つ僕は嫉妬と劣等感の対象だったようだ。
けれど、彼らはそれを決して表に出さなかった。
ただひたすらに、国の未来を憂う忠臣として父に訴えかけた。
そして父王は、あっさりと彼らの言葉を受け入れた。
僕の処刑を決意した。
そう、父もまた嫉妬と劣等感を抱いていたのだ。
僕に対して……。
「『不吉の象徴』……か。そんなあいまいなイメージだけで僕を殺すのか……父上……!」
こみ上げてくるのは、どうしようもない絶望だった。
僕の十五年の人生はここで終わる。
この期に及んで、まだどこか実感が湧かなかった。
覚めない悪夢の続きを延々と見続けているみたいだ。
僕はされるがまま、処刑人によって断頭台の前まで連れられた。
がしゃり。
冷たい鉄の枷が僕の首を固定した。
――その瞬間。
「い、嫌だ……」
金属の冷たさが現実感をよみがえらせたのか、自分の死の未来を強烈に実感した。
「ひいいいいいいい……」
今まで麻痺していた恐怖が、堰を切ったようにあふれ出した。
「死にたくない……死にたくない……! 誰か、助けて――」
僕は恥も外聞もなく命乞いの言葉を叫んだ。
そのとたん眼下の民衆たちから爆笑の声が聞こえた。
「なんだよ、あれ! なっさけねぇ!」
「面白れぇよ、王子様! もっと叫べ叫べ!」
「ははははは! 俺たちはそういう無様な姿が見たいんだよ!」
誰も僕を憐れむ者はいない。
誰もが僕の死を望んでいる。
誰もが僕の処刑を楽しんでいる。
死の恐怖が理不尽への怒りによって塗りつぶされていく。
「貴様ら……!」
噛みしめた唇から血が流れた。
こぼれた涙も、きっと血に染まっているだろう。
自分の死を笑いものにし、娯楽として消費するこの世界の全てが、憎くてたまらなかった。
父も、兄姉も、そして目の前で哄笑する民衆も。
一人残らず、許せない。
次の瞬間、ひゅっ、と風を切る音が聞こえた。
処刑人が剣を振り下ろしたのだろう。
――ごとり。
重い、鈍い音がした。
視界がぐるりと回転する。
ああ、僕の首が落ちたんだ。
石畳の上を転がっていく自分の首を、既に絶命しているはずの僕は、なぜかはっきりと感じ取ることができた。
――許せない。
――絶対に、許せない。
――父上も、兄上も、姉上も。
――僕を嘲笑った、あの民衆も。
――全員、許せない。
暗い絶望と燃え盛る怒りの中で、僕の意識は急速に薄れていった。
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