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1.



 聖堂内に張り詰めた空気が、まるで重い布で覆われたかのように感じられる。



「私はここで、ローゼンベルク家の名において、コンラート=フォン=レーヴェンタールを告発いたします!」



 私の声は、聖堂内の静寂を切り裂くように響き渡った。


 一瞬、聴衆の間にざわめきが走る。長年、神託審理官として、神殿会の権威を誇ってきたコンラートの名が、公式に口にされたのだ。廷臣たちは息を呑み、互いに視線を交わす。


 すると、まるで私の声に呼応するかのように、私の後ろからゲオルク様がヴァレンシュタイン家も賛同すると声をあげてくれた。


 そして、先ほどまで私たちと相対していたノルトハイム家も。



「我が家もこの告発を支持します。オスヴァルトの死、そして偽造書類の件……この者の関与を見過ごすことはできませぬ。」



 私は視線を、傍聴席にいるコンラートに向ける。つられるように、聖堂内の視線が、コンラートへと集中する。


 しかし、その視線を受けてなお、コンラートは平静を装い微動だにしない。


 首席裁判官は、人々のざわめきを治めるように、杖を叩きつけた。



「静粛に!……まずは、ノルトハイム家による本件訴えについて、ここで一時休廷とする。」



 再びざわめきが走る廷内。傍聴席の人々が互いに顔を見合わせ、重苦しい空気が漂う。


 私は手に握った羊皮紙をそっと押さえ、背筋を伸ばす。決着の瞬間は近い。


 首席裁判官は静かに息をつき、壇上を振り返って皇帝陛下に目礼した。そうして、そのまま重々しい声で続けた。



「只今より、本件について、ローゼンベルク家、ヴァレンシュタイン家、ならびにノルトハイム家の三家を原告とし、コンラート=フォン=レーヴェンタールを被告として、正式に裁きの場において審理を開始するものとする。」



 首席裁判官の宣言に、より一層のざわめきが聖堂内を包んだ。


 裁判官の指示で、コンラートはゆっくりと立ち上がり、聖堂中央の被告席へと呼び出される。


 私はその背中を見つめた。


 彼の顔は今や視界から遮られ、私には表情が見えない。しかし、先ほどまでの冷静さを思い出すと、きっと涼しい顔で立っているのだろう――私を睨みつけることもなく、わずかな動揺も見せず、あくまで平然と。



「これより、コンラート=フォン=レーヴェンタールに問われる罪状を確認する。

 ――第一、ローゼンベルク家を貶めるために行われた神託の偽装、その首謀及び関与の疑い。

 第二、オスヴァルト暗殺への関与。これは、レオポルト=シュタウファーの残した手記をもって証とする。」



 罪状が読み上げられると、首席裁判官は静かに問いかけた。



「コンラート=フォン=レーヴェンタール。貴殿はこの二つの罪状について、いかに答えるか。」



 聖堂中央に立つコンラートは、背筋を伸ばしたまま、淡々と口を開いた。



「……否定いたします。いずれも、根拠に乏しいものです。とりわけオスヴァルト暗殺の件は、すでに故人となったレオポルト=シュタウファーの手記に依拠しているだけ。死んだ男が何を記したかなど、いくらでも作り変えられるのではありませんか?」



 冷ややかな声に、聖堂内がざわめく。


 その声音には揺らぎがなく、まるで自らの無実を信じて疑わぬような確信すら漂っていた。



「それに、神託の偽装について――。その責は、神殿会にではなく、聖女リアナ様自身にあると考えます。彼女が告げた神託を、私どもはただ伝えただけにすぎません。神の声を聞くというその立場において、彼女の言葉を疑うことなど、誰にできるでしょう?」



 そう言って彼は、己の責任をすべて聖女に押し付けた。


 そして一拍置いてから、冷笑を滲ませて言葉を重ねた。



「それに……私がローゼンベルク家に対してそのような行いをする理由が、いったいどこにありますか。

 無益な策を弄するほど、私は暇ではありません。」



 コンラートは余裕を崩さずに、そう言ってのけた。誰もが彼の態度に違和感を覚えながらも、どこかで「もしかしたら」と思ってしまう。


 あまりにも堂々として、あまりにも自然だ。嘘をついている者特有の焦りも、目の泳ぎも、声の震えもない。



「…では、原告側から証人、または証拠の提示をするように。」


「……分かりました。まずは、証人をお呼びします。」



 近くに居た廷臣に声を掛け、証人を連れてきてもらう。


 初めに呼ぶのはノエルが用意した証人のリカルド司祭だ。昨夜、ようやくきたノエルからの手紙に、彼の名が書かれていた。直接会って打ち合わせができていないことが不安要素ではあるが、ノエルを信じて進めるしかない。


 しばらくして、廷臣とともに聖堂内へ現れた人物に、私は驚きを隠せなかった。


 リカルド司祭は、証言台に立つと、私を一瞥し小さく目礼した。


 そう、私は彼の事を知っていた。神殿会の記録保管庫に潜入したあの日、地下の資料室で私を助けてくれた神官だった。



 「…お名前をお願いします。」


「はい。私は光冠の神殿会が有する記録保管庫で管理者を務めております、リカルドと申します。」



 彼が名乗った瞬間、傍聴席にいた光冠の神殿会の関係者たちが表情を変えた。


 私は証言台に立つリカルド司祭に、一歩前へ進み出て問いかけた。



「リカルド司祭。あなたは神託に関する記録文書の管理を一手に担っておられると伺いました。ではお尋ねします――過去において、その管理に不審な点を見出したことはありますか?」



 静かに頷いたリカルド司祭は、低い声で答える。



「はい。……本来、神託文書は厳重に封印され、改ざんが不可能な形で保管されます。しかしある時期を境に、一部の神託文書が通常とは異なる方法で出し入れされておりました。記録の帳簿と実物の動きが一致していなかったのです。」



 聖堂内にざわめきが走る。私はそれを背に、さらに問いを重ねる。



「その出し入れを行っていた人物を、あなたは確認しているのですね?」


「はい。……当時、最も頻繁に閲覧・持ち出しを行っていたのは――神託審理官であるコンラート殿でした。」



 一瞬、張り詰めた空気が走り、廷臣たちの視線が一斉にコンラートへと注がれる。私は胸の奥が高鳴るのを感じながらも、冷静を装った。



「さらにお聞きします。持ち出された文書は、その後どうなりましたか?」


「一時的に記録から抹消されておりました。そうして恐らく内容が変更された状態で、元の場所に戻されていた。」


「つまり、神託の偽装は今回のみならず、これまでも頻繁に行われていたという事ですか?」


「……はい、そう考えるのが自然だと思います。」



 その言葉は、まるで裁きの鉄槌のように聖堂内に響き渡った。私はすぐにコンラートの方へ目を向けた。だが彼は、驚くことも焦ることもなく、あの冷たい瞳で証言台を見つめ返している。


 やがて首席裁判官が彼に弁明を促すと、コンラートは立ち上がり、緩やかに頭を振った。



「……記録が不自然であったというならば、それは管理の不備にほかなりません。帳簿と実物が食い違うなど、管理者の責任ではないのですか?」



 淡々とした声。嘲るような笑みさえ浮かべている。



「そもそも、神託文書の閲覧は審理官の職務の一つ。私がそれを行ったこと自体は、何ら不自然ではありますまい。証拠とお呼びになるには、あまりに心もとない。」



 彼の言葉は、まるで氷のように冷ややかで、隙を見せぬ強さを帯びていた。聖堂に集う廷臣たちの中にも、「確かに」と小声で頷く者がいる。



――やはり、この程度では彼を追い詰められない。



 私は奥歯を噛みしめた。リカルド司祭の証言は確かに重い。だが、コンラートは揺るがない。むしろその落ち着いた態度が、聴衆の一部を再び迷わせてしまっているのが分かった。


 このままでは、足りない。


 そのとき、聖堂の扉が静かに開いた。廷臣に伴われ、白い衣をまとった聖女リアナが姿を現した。タイミングを見計らったかのように、堂内のざわめきが一瞬で収まり、空気が張り詰める。



「……遅くなってしまい、申し訳ありません。」



 彼女は真っすぐな足取りで証言台へと進み出る。細い肩が小さく震えていたが、その瞳には迷いの色はなかった。


 首席裁判官が厳かに告げる。



「聖女リアナ。あなたは神託を受けた唯一の存在として、この場で証言を求められている。」



 リアナは小さくうなずき、まっすぐ前を見据えた。私の視線は、少し緊張しながらも毅然とした彼女の姿に向けられる。


 コンラートは、相変わらず涼しい顔をしているように見える。しかし、その目線の先には、私たちの決意を知らぬまま、無自覚の恐怖が芽生えつつあるのかもしれない。


 裁判官の問いに、リアナは落ち着いた声で答える。



「これまで私が神から告げられた神託は、一言一句、正確に神殿会へ伝えてきました。誤りは一切ありません。」



 壇上のコンラートが微かに眉をひそめたように見えた。



「しかし、神託は曖昧で、人の解釈に左右されます。私が伝えた言葉を、どのように読み取るかは人次第です。ですが、……それをもって、一つの家を断罪する根拠にしてはなりません。」



 リアナは、少し視線を落とし、声を落として続ける。



「幼いころには分かりませんでした。成長するにつれ、神殿会が私の伝えた神託を都合よく解釈し、操作していることに薄々気づきました。それでも、私は黙っていました。権威に逆らう立場ではなく、私が声を上げれば、誰も神託を信じなくなる――そう考えたからです。」



 私の心は、リアナの言葉に強く揺さぶられる。彼女もまた、この場で初めて、自らの立場と苦悩を裁判官や廷臣たちに示しているのだ。



「今回、ローゼンベルク家に関する神託を持ち出された時も、私は一度、見て見ぬふりをしました。」



 リアナの証言は静かだが、重く、そして確実に裁判の流れを変えつつある。


 コンラートの表情は相変わらず冷静を装っているが、その瞳の奥に、これまでの支配が揺らぐ予感が微かに宿っていることを、私は見逃さなかった。


 リアナの最後の言葉が聖堂に響く。



「……この場において、真実を語ることが、神託の名に対する責任であると考えます。」



 その瞬間、コンラートの瞳が一瞬、わずかに揺れた。普段は涼しい顔で周囲を睥睨する彼が、今、初めて微かな動揺を隠せなかったのだ。


 廷内がざわめきに包まれる。息を呑む廷臣たち、互いに視線を交わす者たち、そして、聖堂の奥に立つ貴族たちも、静かに状況を理解し始める。


 私の心臓も高鳴った。ようやく、コンラートの完璧な仮面がひび割れた――その瞬間を目の当たりにしたのだ。


 首席裁判官は杖を打ち鳴らし、静粛を命じる。



「静粛に!……証言は真実であると認める。コンラート=フォン=レーヴェンタール、貴様もこの事実を否定することはできぬであろう。」



 コンラートは顔を少し上げ、壇上を見渡す。冷静さを装うその表情は以前と変わらぬように見える。しかし、私には分かる――その瞳の奥で、動揺が確かに燃え上がっていることを。


 聖堂内は、静けさの中に緊張が濃く漂っていた。廷臣たちは互いに目配せを交わし、かすかな息遣いや手の動きで、その空気の意味を読み取っている。


 言葉にしなくても、皆が理解していた――コンラートが、神託の操作に関与していたことを、否定しきれないということを。


 リアナの証言で状況は変わった。彼女の言葉が、コンラートの立場を露わにしていくのを、私は身をもって感じる。


 聖堂内の空気は、明らかに彼にとって不利に傾いていることを示していた。






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