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6


 廷臣の一人に連れられてやってきたのは、使用人のレオンだ。中央へ進み出る彼と目が合う。私は、彼を落ち着かせるように深く頷いた。


 レオンは、少し安心したように小さく頷き返してくれる。


 初めは、レオンを証人として立たせるつもりはなかった。大勢の前で証言をするという事は、彼の信用を落としてしまうことに他ならないから。


 それでもレオンは、自ら証言するといってくれた。私は、その勇気を無駄にはしたくない。



「証人は名乗ったあと、この場で質疑に応えなさい。」


「…はい、私はローゼンベルク家に仕える使用人のレオン=フィンクと申します。」



 裁判官が軽く杖を叩き、場を静める。



「では、被告側証人の尋問を開始する。」



 ゲオルク様は私を見下ろし、安心させるように微かに笑みを浮かべるとゆっくりと前に進み、堂々と前に立った。



「君は初め、小間使いとしてローゼンベルク家に仕えていたそうだな?」


「はい。」


「そして現在は、正式に執事見習いとして務めていることに間違いはないかね?」


「はい。前任の執事オスヴァルトさんの後押しで、小間使いから執事見習いへと昇格しました。」



 ゲオルク様の質問に、レオンは淀みなく答えていく。



「なるほど。そのオスヴァルトという前任執事とは、どのような関係だ?」


「……幼い妹の後見人として、面倒を見てくださっていました。」



 レオンの声は少し震え、目は天井の高い木組みに吸い込まれるように泳いだ。聴衆の視線が集まる。

 

 彼の複雑な心情が伝わってくる。オスヴァルトに脅されていたとはいえ、幼くして両親を亡くし兄妹二人きりになってしまったレオンにとって、オスヴァルトは憎み切れない存在なのかもしれない。


 ゲオルク様はさらに問いを重ねる。



「では、オスヴァルトは現在どうしているのか?」


「……亡くなった、と聞きました。」



 その言葉に聖堂内はざわめいた。ざわめきの中で、レオンはわずかに肩をすくめた。


 ゲオルク様は沈着に頷き、静かに続ける。



「なるほど。では、先ほどノルトハイム家が提出した帳簿の件について、何か見覚えはあるか?」


「はい、あります。」



 レオンは少し息をつき、手のひらを軽く机の縁に押し当てた。



「その書類に触れる立場にあったのかね?」


「……いいえ。執事見習いの身分では、財務に関わる書類に触れることも、見ることもできません。」


「では、どのようにして書類の内容を知ることになったのだ?」



 聴衆のざわめきが再び小さく広がる。レオンは視線を床に落とし、指先で机の角を握ったまま答えた。



「……正確には、証拠として提出された物とは少し違います。オスヴァルトさんが妹を人質に取り、私に書類の内容を報告させました。仕方なく私はそれを伝えたのです。」



 声がかすかに震え、言葉を呑み込むように一拍間を置いた。廷中は再び静まり返った。誰もが、彼が背負った重圧を察して息をひそめた。


 ゲオルク様は慎重に確認する。



「なるほど。つまり帳簿の改竄や不正とされる記録は、ローゼンベルク家の意思によるものではなく、外部からの圧力によって生じた――ということだな?」


「はい、その通りです。」



 レオンの声には、やっと少しの安堵が混ざった。


 ゲオルク様はさらに補足した。



「なお、この偽の書類は当時、ローゼンベルク家の手で押収できなかったものだ。しかし後に、家主導のもと、ディートヘルムの手伝いもあり、オスヴァルトは捕縛されていたことを付記しておこう。」



 聴衆の視線が再び集中し、聖堂内には重い沈黙が漂った。


 ゲオルク様の尋問が終わり、廷中は静寂に包まれた。

 

 私は深く息を吸い込み、折り目のついた羊皮紙を握りしめて前に進む。



「次に、私から証拠を提出いたします。」



 口から出た声は緊張を帯びつつも確かで、廷臣たちの視線が一斉に集まった。

 


「今から読み上げるのは、シスター・アマリアという修道女が遺した手記の一部です。彼女は幼少期、聖女リアナが住んでいた教会のシスターです。手記には、リアナが眠れずに泣いていた際、添い寝をし見守った状況が記されています。その中で、リアナの口から神託の言葉が漏れたとあります。」



 私は、曾お祖父様から手渡された羊皮紙を開き、慎重に核心部分を読み上げる。



『帝国の中枢にある家門が、信を失い、滅びを招くであろう。その血は高く、誇りは高く、されど腐敗は見えぬところに根を張る。』



 廷中にざわめきが走る。皇帝陛下も手元の書類から目を上げ、廷臣たちは眉をひそめた。


 ある廷臣が声を震わせながら口を開く。



「これは……リアナ殿がまだ幼い頃の神託、何年も前に下されたものではありませんか?」



 聴衆の間に驚きの表情が広がり、誰もがその事実に息を呑む。


 別の廷臣が眉をひそめる。



「その神託が、今になって裁判の証拠として出されるというのか……。神殿会の判断基準は、果たして正しかったのか?」



 皇帝陛下も静かに眉を寄せ、書類に目を落とす。


 私は神託の成立時期に言及しながらも、落ち着いた声で説明を続けた。



「はい、確かにこれはリアナが五歳の頃に下された神託です。しかしその言葉は、当時から正確に記録され、今日まで改竄されることはありませんでした。」



 一人の廷臣が声を上げる。



「現存する神殿会の記録がないと聞く。どうしてこれが本物だと証明できるのか?」


「この羊皮紙は、シスター・アマリアが聖女リアナと共に教会で暮らしていた際に書かれた手記です。アマリアは信頼のおける修道女であり、手記はアマリアの死後、他のシスターによって遺体と共に埋葬されました。これは、事情をお話しし、アマリアの棺から譲り受けてきたものです。複製や改竄は不可能です。」



 廷内に再び沈黙が訪れる。私は視線を廷臣や皇帝に向け、さらに説明する。



「また、神託の言葉が示す『腐敗』は、ローゼンベルク家自身の不正ではなく、外部の陰謀によって仕組まれた偽の帳簿のことを示していたのです。」

 


 私は手元の書類を掲げ、聖堂内の目を見渡す。



「先ほど証言したレオン=フィンクも、妹を人質に取られ、オスヴァルトの脅迫の下で帳簿の内容を外部に伝えさせられていました。その結果、ローゼンベルク家が不正を働いたかのような書類が作られたのです。」



 聖堂内には再びざわめきが走る。


 聴衆は、神託と帳簿の不正が、家の意思ではなく外部の陰謀によるものであることを理解し始めた。私は息を整え、羊皮紙を慎重に折り畳んだ。


 神託の原文とその正当性を裏付ける事情、さらに帳簿の不正との関連性。これは疑惑を覆す強力な反証になる。



「……確かに、証拠として提出された帳簿は、やはり偽造の疑いが濃いのではないか。」


「しかも神託は、ローゼンベルク家を名指しするものではなかった……。」


「だとすれば、これは誰かが意図的に歪めたことになる。」



 囁きはやがて大きなうねりとなり、聖堂全体を包んだ。傍聴席の貴族たちも静まり返り、ただ前方の裁判官の口から発せられる言葉を待つ。


 首席裁判官は厳しい面持ちで手元の文書を閉じ、深く息を吐いた。



「……この法廷において明らかとなったのは、ローゼンベルク家が帳簿を改竄し、国費を横領したと断ずるに足る確証が存在しない、という事実である。」



 廷臣たちの間に、重苦しい沈黙が落ちる。疑念はまだ払拭されていない。だが確かに、有罪を宣告するだけの根拠はもはや失われていた。



「確かに罪を犯したとは言えぬ……。」



 誰かの呟きが静寂を破り、別の声が続く。



「ならば、なぜ神託と証拠はローゼンベルク家を指したのだ?」


「……背後に、仕組んだ者がいるのではないか。」



 聖堂の高い天井に、ざわめきが反響した。廷臣たちは互いに顔を見合わせ、先ほどまでの糾弾の色は薄れ、疑念と困惑が入り混じった空気が広がっていく。


 その空気の中、ライナルト様がゆっくりと立ち上がった。



「……我らノルトハイム家は、本来この裁判が帝律に基づき、公正に行われるようにと原告の立場を引き受けたにすぎません。」



 声は穏やかだが、どこか毅然とした響きがあった。



「しかし、今この場で明らかとなった証拠を前にして、ローゼンベルク家を断罪する根拠は存在しないことがわかります。帳簿は偽造され、神託も誤って伝えられていたのです。」



 静かな聖堂に、ライナルト様の言葉がゆっくりと染み渡る。



「この事実を顧みず、ローゼンベルク家に不当な罪を着せようとする行為は、帝律の根幹を揺るがす暴挙に他ならない。真実を明らかにし、正義を貫くことこそが、ノルトハイム家一同の揺るぎなき信念である。」



 聖堂の空気は、断罪から一転して疑念へと色を変えていく。矛先は、もはやローゼンベルク家ではなかった。


 小さく息を吐き、胸に押し込めていた緊張を解いた。



「……よかった……。」



 思わず零れた呟きは、祈りにも似た響きを帯びていた。隣に立つゲオルク様もまた、固く組んでいた拳をゆるめる。冷徹な眼差しは崩さぬまま、それでも彼の肩からはわずかに力が抜けていた。


 後ろで控えていてくれる曾お祖父様がの手が、そっと私の背に触れる。――ローゼンベルク家の名誉は、今まさに取り戻されつつあるのだ。


 聖堂内の空気が一瞬、安堵で緩んだのも束の間、首席裁判官は重々しい声で口を開いた。



「……しかし、確認すべきは、今回の訴えの根拠となった神託である。」



 廷臣たちの間に、再び緊張が走る。静まり返った聖堂に、杖で床を軽く叩く音だけが響いた。



「この神託が、正確に伝えられていたか否か。改ざんの有無について、神殿会側から説明を求める。」



 一方、廷臣や貴族たちは目を見開き、さざめきながらも息を潜める。誰もがこの場面の重大さを理解している。


 首席裁判官は杖を軽く掲げ、神殿会の代表者に視線を向ける。



「この神託の伝達において、何らかの介入や改ざんがあったか否か、神殿会を代表して答えよ。」



 傍聴席の高位聖職者たちは互いに目を伏せ、僅かな動揺が顔に浮かぶ。皇帝陛下もゆっくりと眉をひそめ、静かに事態を見守っていた。


 聴衆の目は自然と神殿会側に集まり、場内は再び張り詰めた空気に包まれた。











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