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補遺:ルートヴィヒの追想――次代へ託す静かな誓い



 ヴァレンシュタイン家の離れの書斎から、アンネリーゼの姿が中庭を抜けていくのが見えた。身に纏っていたのは地味な外套、きっと変装のままなのだろう。隣を歩くのはディートヘルム。ふたりの表情からは緊張が抜けていなかった。


 あの子はまた、真実に近づいていくのだ。


 目を閉じれば、若き日のエリーザの面影がよみがえる。あの頃の彼女もまた、似たような眼差しをしていた。何かを求め、抗おうとする者の目だ。


 私は、執務机の上に置かれた茶を一口啜りながら、静かに過去を思い返す。


 エリーザがまだローゼンベルクの倅と出会う前、レーヴェンタール家の当主、コンラートが何度か私に縁談を持ちかけてきたことがあった。彼の息子アーヴィンとエリーザを婚姻させることで、ヴァレンシュタイン家と強い繋がりを得ようという目論見だったのだろう。



 レーヴェンタール家は、かつては神殿会と極めて近しい立場にあり、南方諸国との交渉でも功を挙げつつあった。アーヴィンがその表の任を担っていたが、実際にはコンラート自身が古代語を用い、裏で武器密輸の取引を進めていたと聞いている。息子の方は知らなかったことだが……それを突き止めたのが、当時皇太子だったハイデンライヒだった。


 彼は即座に父帝フリードリヒ陛下に報告し、レーヴェンタール家の爵位は剥奪され、外交も完全に断絶。南方との関係は崩壊し、家は没落の一途をたどった。


 ハイデンライヒ殿下が神殿会を毛嫌いしていたのは、皇帝一族に連綿と続く伝統でもあった。あの宗教組織が国内外で持つ影響力、そしてその神託とやらがもたらす政治的な波紋を、彼らは常に恐れていたのだ。


 唯一の例外は、彼の父であるフリードリヒ陛下だった。神殿会に対してさほど敵意を抱かず、私――当時ヴァレンシュタイン家の当主であり、神殿会と深い繋がりを持っていた人間とも、穏やかな関係を築いてくれていた。


 フリードリヒ陛下と私の個人的な関係、そして後継者の不在により自ら爵位を一時的に返上していたことから、ヴァレンシュタイン家はハイデンライヒ政権下でも例外的に冷遇を免れていた。


 だからこそ、コンラートが目をつけたのだ。もし自分の息子がヴァレンシュタイン家の後継者となれば、レーヴェンタール家の名誉回復も夢ではない――そう考えたのだろう。


 私はその縁談を断り続けた。エリーザにも、彼の息子とは深い関係などなかったと信じている。顔見知りだったのは確かだが、それ以上ではなかった。多少の噂は立ったこともあったが、信ぴょう性はなかった。


 だが、エリーザは勘の鋭い子だった。ある時、私の部屋に来て、南方との取引の噂について尋ねてきたことがある。



「お祖父様、もし本当に、神殿の名を使って武器を流している人がいるとしたら……。」



 私は彼女の真剣な瞳を見返し、静かに答えた。



「関わるな、エリーザ。今はまだ、お前が踏み込むべき時ではない。」



 彼女はしばらく黙っていたが、最後には小さく頷いた。その横顔に、私は不安を感じていた。だからこそ、あの縁談だけは受けるわけにはいかなかったのだ。


 やがてエリーザはジークベルトと結婚し、私との距離も少しずつ開いていった。


 それ以降、コンラートの姿を見ることも、彼と話を交わすこともほとんどなかった。風の噂で息子が事故で亡くなったことを知り、さすがにその時は言葉を交わしたが……それきりだった。


 だが、あの男が諦めたとは思えなかった。


 そして今、アンネリーゼが追い求めているものの先に、その影が見え隠れしている――それは、決して偶然ではあるまい。


 私はそっと椅子から立ち上がり、書斎の窓を開け放った。


 外の風が静かに頬を撫でた。


 ――どうか、お前だけは。






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