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補遺:ディートヘルムの終焉――彼女の名を最期に



 声が聞こえる気がした。


 それはただの幻だったのかもしれない。けれど、耳の奥に残るその名は、確かに彼女のものだった。


 アンネリーゼ。


 背後から感じた気配に、剣を抜く間もなく喉元を裂かれ、床に崩れ落ちた自分を、天井の模様だけが見下ろしていた。


(どうしてだ。私は…….。)


 血の海の中で、ただひとつの後悔が、胸を裂いた。


 ――間に合わなかった。


 それが、逆行前。


 すべてを失った後の、ディートヘルム=ツー=グラウヴァルトの終焉だった。









 ローゼンベルク家が国家反逆罪に問われていると報せが入ったのは、辺境地の開拓視察に行っている時だった。


 彼女の罪は“神託による断罪”という形で下された。神聖不可侵を掲げる教会の介入。政敵を葬るには、最も便利な方法だった。


 手紙も、報告も、何もかもが遅れて届いた。


 私が皇都に到着すると、彼女はすでに帝国騎士団の手によって捕らわれているところだった。動かぬ証拠、聖女の神託。皇帝陛下が是を下すには十分だった。


 成す術もなく連行されていく彼女の姿を黙ってみておくことしかできない自分に腹が立つ。



「証拠を提出したのは、執事オスヴァルト=クレーマー。そしてその裏に、何かがいる。」



 噂を洗い、証拠を追い、使える者には金を払い、時には脅した。全てを暴いてみせる。


 だが、時を同じくして彼女の処刑は実行されてしまった。 


 タイミングが良いことに、その後すぐに公務で行かされたのは、周辺諸国だった。穏やかすぎる外交任務。父の仕業か、他の誰かの思惑か。私を帝国から追い出すには丁度よかったのだろう。


 だが諦められなかった。彼女の名誉のため。いや、もはや自分のためだ。彼女を失った虚しさを埋めるために、周りの静止を無視して真実を追い続けた。

 


 黒幕をヴァレンシュタイン家だと誤認していたのは、観察していた密偵の動きのせいだった。教会との関係、皇都に残した目、噂の断片……全てが誤解を補強していった。



「信じたくなかったが、動機と立場を考えれば、一番怪しかったのだ。」



 それでもやれることには限界がある。皇都から遠く離れた土地では、手に入る情報も限られてくる。 


 

「宮廷内で要人たちが、次々に不審死を遂げている。」



 国外に居ても聞こえてくる不穏な噂。自身の目で確かめるべく、帝国へ一時帰国を決めた。新たな情報欲しさに、安全を確認もせずに独断での帰国だ。


 毒による事故死とされた不審死の中には、知った顔もあった。


 ――そして、自分の番が来た。


 手紙に記した最後の調査記録。暗号化されたメモ。託した使者が無事に届けられたかどうか、それはもう確かめようがない。



(どこで間違えたのか。君と……もっと話をすべきだった。)



 意識が遠のいていく中、私の唇が最期に動かしたのは、ただひとつの名だった。



 「アンネリーゼ……」









 ……なぜ、あんな夢を見たのか。その意味を本当に理解するのは、ずっと後だった。


 毎日のように繰り返し見る夢、大事な婚約者の悲惨な未来と自身の後悔。次第に夢の中の自分と今の自分が少しずつ重なっていく不思議な感覚。


 ついに全てが混ざり合った時、目の前にいたのは、最期に思い焦がれた彼女の姿だった。


 夢の中の彼女が噓のように、美しく微笑んでいた。


 触れられないはずの温もりが、確かにそこにあった。もしもあの夢が、やり直しの始まりなのだとしたら。

 

 私はまだ、救えるかもしれない。もう一度――あの日を越えてゆけるのなら。






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