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4


 あれからすぐに事態は進展すると思われたが、内務局の手に渡ったオスヴァルトの尋問は思いのほか難航しているようだった。




 外部との接触に関して物的証拠は揃っているものの、その密会相手に関しては一切口を割ろうとしないのだという。




 光冠の神殿会コロナ・ルーキスの関係者だということは分かっていても、調査対象の範囲が広すぎる。教会は帝国内部に留まらず、周辺諸国にも広く分布しており、あの封蝋だけでは人物までは特定できない。




 お兄様が様子を確認しに宮廷に行くというので、私も一緒に向かうことにした。オスヴァルトの件もそうだが、私には目的があったのだ。




――ディートヘルム。




 彼が私に会いに来てくれた時、また今度話をしようと言ってくれた。彼の言葉に甘えて後回しにしていたが、きっと彼を待たせてしまっているだろう。


 




「アンネリーゼ=フォン=ローゼンベルク様ですね、伺っております。」






 宮廷の前でお兄様と別れると、何も言わずとも宮廷女官に皇太子の私室へ通された。扉前にはレオンハルトが立っている。彼に扉を開けてもらい室内に入るとそこにはすでにディートヘルムが座っていた。






「君の方から来るだろうと思っていた。」






 ディートヘルムの前のソファへ着席を促されその通りにする。室内には側近の士官や侍女は一人もいなかった。






「人払いしてある。部屋の前に護衛はいるが気にしなくていい。」






 皇太子の警護にしては少ない気もするが、彼一人で騎士何人分者を働きをするので構わないのだろう。






「では、私が紅茶を入れるわね。」




「あぁ、頼む。」






 緊張を解すためにも、少しは動いたほうが気が紛れる。彼もそれを分かっているのか、私の申し出を簡単に受け入れてくれた。




 静かな室内に私の給仕する音だけが響く。やがて二人分の紅茶を入れ終わると、ディートヘルムの前にカップを置き、私もソファに身を置いた。




 少しの沈黙の間、今度は私の方から切り出した。






「この間は、心配してくれてありがとう。あの日は大したおもてなしも出来ずにごめんなさい。」




「構わない。内務局からは話を聞いている。尋問には手こずっているようだが。」




「…今日は、私の事に関してお話ししようと思って、参りました。」






 彼の口調が、より大人の彼に近づいていた。それにつられて、私も前のような話し方に戻ってしまう。今の彼はいったいどちらの意識が強いのだろう。






「そんなに畏まらなくていい。基本的には君の知っている私のままだ。夢の中の話し方のほうが違和感がないのでそうしているだけだ。」




「…そう。では今まで通りにするわね。」






 彼は私の言葉に小さく笑いをこぼした。確かに以前の彼ならここまで感情を表に出すようなことはっしなかっただろう。






「もしかしたら、気づいているかもしれないけれど。私にも未来の記憶があるの。」






 意を決してそう告げたが、目の前の彼はやはり大した驚きはないようだった。






「私と同じ夢に見たということか?」




「いいえ、少し違うの。私は処刑されたあの日の意識のまま、この世界のアンネリーゼになった。正確には、八歳のアンネリーゼに。」




「……そうか。」






 そう言って彼は押し黙ってしまった。再び室内に沈黙が落ちる。






「…君が、私と同じなら知識として未来の記憶を持っているのだと思っていた。君はあの時の痛みも、感情もすべて引き継いでここにいるんだな。」






 静かに紡ぎだされた彼の言葉に、私たちの“似て非なる逆行”への 理解と哀しみが滲んでいた。






「でも――きっと、それがあったから、ここまで頑張れたの。」






 もし“夢に見た”だけの状態で、あの時のことをただの情報として受け止めていたら。私は、こんなふうには動けなかった。ここまで進んで来ることは、きっとできなかった。




 そんな私の言葉に、彼は小さく息を吐き、視線を窓の外へと向けた。






「……処刑のあと、私はすぐに隣国への長期的な公務を言い渡された。私が帝国内にいては何か不都合があったのかもしれない。」






 低く落ち着いた声音だった。けれどその中には、怒りでも悲しみでもない、もっと深く澱んだ感情が潜んでいるように感じられた。






「何もかも、唐突だった。あの執事が提出した文書が正式な証拠とされ、神託の名のもとに、君たちは……。」






 言葉を飲み込むように、彼は一瞬だけ目を閉じた。






「私は信じられなかった。あんな人間が、忠義だけで動くとは思えなかった。だから調べ始めた。――独自に、静かに。」




「独自に……?」




「そうだ。オスヴァルトの動きを洗い、過去の記録を精査し、裏で通じていた者を洗い出していった。その結果、私はある仮説にたどり着いた。」






 彼の声がわずかに低くなる。吐き出すような口調だった。






「……ヴァレンシュタイン家。お前の母方の家系が、すべての裏で糸を引いていたのではないかと、そう――疑っていたんだ。」






 思わず息をのんだ。否定の言葉がすぐには出てこなかった。






「教会との結びつきも強い。密偵を使い、常に君たちを“見守っていた”とも聞いた。だがその行動が、あまりにも組織的で、そして――冷酷に見えた。」




「……それで、ヴァレンシュタイン家を?」




「ああ。執拗に調べ続けていた。だがその矢先だった。宮廷内で、要人の不審死が立て続けに起きた。毒、事故、失踪――そのどれもが、ただの偶然とは思えなかった。」






 彼の声には、悔いと断ち切れぬ疑念が混ざっていた。






「私はすぐに宮廷に呼び戻された。それを好都合だと、私は真実を知るために、歩みを止めなかった。……だからこそ、私は。」






 そこで彼の声がふと止まる。






「……君に、あの夢を見せられたのかもしれないな。生きて、伝えろと。そう思われたのかもしれない。」




「ディートヘルム…。」




「最後の記憶は、誰かに背後を取られた感触と、君の名前だった。」






 彼の言葉に思わず目を見開く。どうして気づかなかったのだろう。私が死を迎えてから逆行したように、彼もまた早すぎる死を迎えていたのだ。




 私が言葉を返せずにいると、彼はふっと視線を落とした。過去を振り返るその眼差しに、迷いと断ち切れぬ執念が入り混じっているように見えた。






「……思い返すと、いくつか腑に落ちないこともあった。」




「腑に落ちないこと?」




「記憶を辿っていて、少し不自然に思ったことがあったんだ」






 彼は眉をひそめて続けた。






「あぁ。君も知らないことだが、聖女リアナが、何故か兄の名を口にしていた。」




「貴方の、お兄様…?」






 彼のその言葉に何か引っかかりを感じる。確かに、以前の私はディートヘルムに兄が、皇室にもう一人皇子がいたことは知る由もなかった。ではなぜ、こんなにも胸がざわつくのか。




 詳しく話を聞こうと口を開いたが、慌ただしいノックの音にその動きは阻まれた。






「失礼いたします。」




「…人払いをしてあったはずだが?」






 ディートヘルムが、入室してきたレオンハルトを咎めたが、彼は深く一礼して静かに告げた。






「申し訳ありません。ですが急を要すると判断いたしました。」




「何があった?」




「……オスヴァルトが、殺されました。」






 顔を上げた彼の口から放たれたのは、衝撃の一言だった。











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