補遺:?????の懸念――影の檻にて
「ご報告いたします。今のところローゼンベルク家に変わった動きは見られません。」
いつもと変わり映えのない、くだらない定期報告を聞き流す。気づかれるはずもない。念のために監視を置いてあるだけだ。
いずれ来るその日のために、この男にはまだ生きていてもらう必要がある。
「そうか。つまりは何もしていない、ということだな。」
「いえ……用心深いだけかと……。」
「言い訳は聞いておらん。結果だけを述べろ。余計な推測など、貴様が口にする必要はない。」
口答えをする奴は気に入らない。吐き捨てるように言葉を制すと男は眉尻をピクリと震わせた。
まるで仮面のように張りついた沈黙の中、壁際に並ぶ本棚の影が、蝋燭の揺れと共に不気味にうごめいた。
それでも、男は己の任務を全うすべく、なおも報告を続ける。
「最近、あの屋敷に姿を見せていないことを、不審に思われぬよう注意を払っております。小間使いのレオンに、常時見張らせております。」
「……ふん。レオン、か。使えるのか、その男は。」
「はい……今のところは。」
その小間使いの男とやらが、信用に値するのかは甚だ疑問ではあるが。いざとなればこの男ごと、切り捨てればいい。
「信用に足るかどうかなど、所詮は結果でしか判断できぬ。……いざとなれば、貴様もろとも処分すればいいだけのことだ。」
「……心得ております。」
動き出すには早すぎる。
聖女にはまだまだ成果をあげてもらわねば意味がない。それまではこの男にしくじってもらっては困るのだ。
「…あの時処分し損ねた件は、まだ忘れていないぞ。」
「はっ。申し訳ありません。」
謝罪の言葉。それしか返せぬ脳のない愚かな奴だ。
ただの道具として、この男が使えるうちは使う。それだけの話だ。
「ふん、まあいい。また追って連絡する。それではな、オスヴァルト。」
「はい。仰せのままに。」
奴は頭を垂れると、気配を消すように音もなく部屋を後にした。
書かれた文字は、既に読み飽きたものばかり。だが、どれほど整えられた計画でも、盤上の駒が想定通りに動くとは限らない。
――まだだ。
まだ、すべての布石が揃ったわけではない。あの男も、あの女も……“あの子”ですらも。
全てを繋ぐ鍵が、まだ揃いきっていない。
静まり返った室内に、蝋燭の火がかすかに揺れた。
すべてが計画通りに進んでいる――その“はず”だった。




