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羞恥心

「一緒の方が楽しいと思ったから、大和の部屋に布団敷いたわよ」

「え」

「え」


 俺と大和の愕然とした声が重なった。

 どうして、その方が楽しいと俺たちが感じると思ったんだろう。


 しかしせっかく用意してくれた布団だ。

 女将さんが重そうな敷布団持って、わざわざ移動してくれたと思うと、


「今から布団を移動させてくださいお願いします」


 なんてとても言えなかった。

 しかも大和本人を目の前にして「一緒の部屋は嫌だ」なんて言う度胸もない。

 大和もそれは同じみたいで、珍しく「なんでだよ」って感情が表情に出てるけど何も言わなかった。


 そういうわけで俺と大和は、畳にピッタリとくっつけて並べられた布団の上にそれぞれ座っていた。


 シーン。


 効果音をつけるとしたらこんな感じだろうか。

 全く話題が見つからない。

 俺は目線だけ動かして、何かないかとロータイプの勉強机が置いてある和室を見回す。


 最初に入った時に驚いたのは、壁に沿って部屋を囲むように本棚が連なっていることだ。腰より低いくらいの本棚だから圧迫感はないけれど、こんなに本が多い部屋は初めて見た。

 勉強机周辺は難しそうなテキストや問題集があって、その他はほとんどが漫画っぽい。そういや、漫画とかアニメが好きなんだったっけ。


「えと……漫画、いっぱいあるな。好きなんだな」

「はい」


 会話が終わった。

 俺の話の振り方も下手だったけど、もう少し膨らませてくれてもいいんじゃないかと思う。


 いつもなら沈黙なんて怖くない。

 でもそれは相手が俺のことをどうでもよくて、俺も相手がどうでもいいことがほとんどだからだ。関係が悪くなろうが知ったこっちゃない相手の場合だ。


 大和は違う。


 当たり障りなく波風立てない関係でいたい。仲良くならなくていいけど、どうでも良くはない。

 だから同じ空間にいると気になってしまって、何か話さなきゃいけない気分になる。


「あのさ」

「蓮さん」


 最悪なことに声が被ってしまった。

 嫌な汗がずっと滲んでいる俺は、胡座をかいた足をギュッと握りしめる。


「何?」

「いやそっちから」

「大したことじゃねぇから」

「ぼ、僕も」


 譲り合いをしすぎてギクシャクしてしまう。

 両方がまた黙った。この変な空気、朝まで続くような気がしてつらい。


「あの、ごめんなさい」


 先に沈黙を破ったのは大和だった。何度かこんなことがあったけど、大和の方が俺よりちゃんと喋れるみたいだ。

 こちらを見ずに布団を見つめている大和は、控えめに口を開いた。


「祖父さんと祖母さん、強引で……本当は困ってますよね」

「店長たちは善意の塊だから」

「ありがとうございます」


 逆の立場でも全く同じ状況に陥ったであろうことが想像できて、大和を責めるわけにはいかない。


 どう考えても普通なら接点がない人種同士、話が合うわけもない。IQが違いすぎると会話も成立しないとか聞いたことがあるし、色んな意味で不安しかない。

 あっちも気まずいんだろうなと思うと余計に居た堪れなくて、俺は頑張って体ごと大和に向けた。


「あのさ、敬語、いらねぇよ」

「あ、はい。分かりました」


 敬語で答えてんじゃん、と笑いそうになるのを唇を噛み締めて耐えた。優秀なやつは笑われるのを嫌がる気がする。


「ごめん」


 俺が睨んだと思ったらしい大和は形の良い口元を押さえて俯いてしまった。

 まずいぞ。気まずさが増した。

 時計を見ると、ようやく10時だ。

 普段ならもう少し夜更かしするところだけどもう限界だ。初バイトで疲れてるし、寝た方がいい。寝たら一気に朝が来る。


「寝るか」

「うん」


 俺が布団に横たわり、大和が枕元にある電気のリモコンを手にした時だった。

 突然、障子窓が光った。何か巨大なものが落ちたような爆発が起こったような大轟音が鳴り響く。


「ひっ」


 床も揺れたと感じると共に、部屋が真っ暗になる。俺は薄い掛け布団を抱きしめて大和がいるはずの場所に声を上げる。


「こ、このタイミングで消すな!」

「いや、消してない。停電かも」


 我ながら情けない涙声に、至極冷静な大和が答えてくれる。

 何故、そんなに平気そうな声が出せるのだろう。

 俺がビビりすぎなのは分かっているがこれは最早本能だ。怖いものは怖い。雨が窓を叩く音まで聞こえてきたし、停電ってことはさっきの爆発音みたいなのは雷か。


 正体が分かったところで不安は消えず、むしろ恐怖を煽ってくる。雷は何回も光って音が鳴るからな。

 真っ青であろう顔が暗くて見えないことだけが救いだ。


「ちょっと見てくる」


 スマホで的確に廊下に続く引き戸を照らして、大和が立ち上がった。

 俺は咄嗟に、大和の服の裾を掴む。


「ま、待て。独りにするな。俺も行く」


 自分もポケットからすっかり存在を忘れていたスマホを出していると、大和は目を丸くしてこちらを見ていた。


「怖いの?」

「こ、怖い」


 ここまで来たら恥なんか知るか。意地なんて張る意味もない。雷の鳴る暗い部屋に独りで置いてかれるよりマシだ。


 大和は眼鏡の奥で数回瞬きした後、裾を掴む俺の手を控えめに握ってきた。

 今、手汗すごいのにと思ったけど、じんわりと熱い大和の手も同じだ。どっちの汗かとか分からなくて、少し気が楽になった。


(こういう時って、相手が誰でも安心すんのか)


 なんだかホッとした俺は手を支えにして立ち上がり、引き戸に向かう大和についていく。


「ずっと思ってたんだけど」


 大和は廊下に出る前に、まだ手を握ったままの俺の顔を見下ろした。


「蓮さんって、漫画のキャラクターみたいだな」

「はぁ?」


 何言ってんだこいつ。

 心の底からの俺の疑問符がスイッチだったかのように、部屋が明るくなる。


「あ」

「ブレーカー上がったみたいだね」

「二人ともー! 大丈夫ー?」


 パタパタと忙しないスリッパの音が廊下から聞こえてきて、大和が部屋から顔を出した。


「大丈夫。そっちは?」

「平気よー! びっくりだったわね! おっきな雷!」


 興奮気味の女将さんの声がどんどん近くなってきた。俺も大丈夫だって言わないと。そう思った時に、俺はまだ大和の手を握ったままなことに気がついて慌てて振り払う。


「蓮くんも、大丈夫?」


 案の定、女将さんは俺の顔を確認すべく部屋を覗き込んできた。間一髪だ。

 俺はなんでもなかったかのように一回だけ頷いた。大和がポーカーフェイスの裏で爆笑してるかもしれないと思うと悔しかったが、特に揶揄う素振りもない。

 そういうやつで良かった。


「良かったー! じゃあ、お店とおじいちゃん見てくるわね!」


 女将さんのスリッパの音が今度は遠くなっていく。俺はフーッと額に滲んだ汗を手の甲で拭った。

 ふと、大和を見ると手のひらを見ていたのでハッとする。親切で握ってたのに、強く振り払いすぎたかもしれない。気分を害しただろうか。

 腹の奥が一気に冷えて、俺は急いで喉を震わせた。


「あの、ごめん」

「え?」

「女将さんの前では流石に恥ずかしくて、俺、焦って」

「ああ、全然気にしてないよ。そんなの当たり前だし、僕だって恥ずかしいし」


 確かに家族に見られる方が嫌だな。

 大和は本当に気にしてないみたいで、手をぷらぷらと振って見せてきた。


(あ……)


 少しだけ、ほんの少しだけだけど大和の口角が上がって目が細まる。

 自然と出てきた表情なのか、俺を気遣ったのか分からないけれど。


 初めて見る表情に、何故か胸がムズムズ痒くなった。

お読みいただきありがとうございました!

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