番外編・初めてのクリスマス ①
俺たちは、告白した日から一回もキスをしていない。
あの時はあんなに当たり前みたいにできたのに、あれが最初で最後なんだ。
理由は分かってる。俺がソウイウ雰囲気になると、ガチガチになっちまうからだ。
大和が遠慮している空気を毎回毎回肌で感じる。
申し訳ないのと、俺だって本当はしたいのにって気持ちとでぐちゃぐちゃになっている内にどんどん日にちは経っていった。
◆
「私らのクリパどーする? いつにしよー」
「24は彼ぴとデートだから25でよりょぴりょ」
「おっけー」
帰ろうとカバンを肩にかけた時、そんな会話が聞こえてきた。
冬休み前、窓の外は快晴、テストが終わって気持ちも晴れ晴れ。
空気がこもった暖かい教室とすっかり寒くなった外の温度差に堪えるため、俺は黒いダウンジャケットを羽織った。
挨拶されたのに対して内心ではキョドりながら返事をし、そそくさと教室を出る。
その間も、ずっと「私らのクリパ」「24は彼ぴとデート」という言葉が俺の頭を回っていた。
(クリスマス……ガキの頃以来、縁がなかったけど)
そういえば、クリスマスは友だちや恋人と過ごすものだっけ。
今の今までクリスマスなんてイベントすら忘れていた。歩いている商店街も、ツリーやら電飾やらと色々と賑やかに飾ってあるというのにだ。
街が賑やかになって、母さんがケーキを買ってくる日、くらいの認識しかなかった。
でも意識してしまうと、どうしても思ってしまう。
(クリスマス……一緒に……とか……)
今年初めて出来た友だちで、恋人にまでなった大和。
せっかくだからそれっぽいことをしてみたい。
でも、俺のいくじなしな部分が顔を出して足踏みした。
大和は常に勉強が忙しそうだし、夏休みみたいに塾の冬期講習もあるだろう。クリスマスなんて、気軽に誘っていいかわからない。
大和は優しいから、誘ったら無理にでも時間作ってくれるだろう。だからって無理はさせたくない。
(プレゼントだけ用意して、大将と女将さんに渡しといてもらうか)
と、思うだろ?
ここでも問題は発生する。
プレゼントは、どんなのがいいんだ。
クリスマスどころか、人にプレゼントなんて渡したことないぞ。ぼっち舐めんな。
「クリスマス プレゼント 高校生」
「クリスマス プレゼント 友だち」
「クリスマス プレゼント 恋人」
「クリスマス プレゼント 漫画」
学校で、電車で、ベッドの上で、暇さえあれば色々とスマホで検索をかけてみたものの。
「どれもこれも好みじゃなきゃただのゴミ……!」
結局、頭を抱えて崩れ落ちることになってしまった。
漫画なんか、どれを持っててどれを持ってないなんて把握してない。
大和が好きな漫画やアニメのグッズ系も同じだ。被ったら泣く。俺が。
そんなこんなで、悩みすぎてたら23日になってしまった。あっという間に冬休み突入だ。
大和は大和で、特にクリスマスがどうとか言ってくることもない。
(大和が何も言わねぇってことは考えてねぇのか……俺が言わないから向こうも気を使ってるのか……!)
単に勉強が忙しくてそれどころじゃない可能性もある。
進学校がどのくらい忙しいかなんて、俺には分からない。だから、邪魔にならない範囲で一緒に居たいと思っても難しいんだ。
「……今日、店にいるかな……居たら聞くか……」
クリスマスという単語を出すだけで、賢い大和は察して気を使うだろうか。
こんな時に相談出来る相手は、俺には大和本人しかいない。
どうしようもないまま、店に来て、大将と女将さんに挨拶して、いつも通り居間に荷物置いてエプロンつけてると。
「蓮!」
なんの遠慮もなく引き戸がスパーンと開けられて、俺は文字通り飛び上がった。
顔を上げた先には、弾む声に似合う笑顔の大和が立っていた。
目にかかるほど伸びてきた前髪が、身なりに気を使う時間もなかったことを教えてきて。
やっぱ忙しいよなって思う。
「あ、や、大和! 今日は塾は」
「今日は休み。明日から冬期講習なんだ」
「お疲れ。じゃあゆっくり休めよ」
真っ直ぐ俺の目の前までやってきた大和の手が伸びてきた。俺が思わず体を硬直させると、一瞬迷ったように見えた手がエプロンの肩紐に降りる。
捩れてたのを直そうとしてくれただけらしい。
「もう休んだから」
「でも、だからって」
すぐそこで微笑む大和は、俺と同じエプロンをすでに着ている。
一緒に店に出る気だ。俺がいる時こそゆっくりしていて欲しいのに。
「一緒に居たいから」
「……そっか」
そんな風に言われたら、嬉しくて頷いてしまう。
頬に熱が昇ってくるのを感じて、俺は俯いた。
俯いてても、じーっと大和の視線は感じる。
こういう時、何を言われるかだいたい分かってるから顔を上げにくい。肩紐に掛かった指先が、次は俺の肩を優しく撫でてきた。
俺は目線を泳がせながら、引き戸がきちんと閉まっているかを確認してしまう。
「蓮、あのさ」
「うん」
「ちょっとだけ抱きしめていい?」
「お、おお」
予想をしてても、改めて聞かれるとぎこちない返事になる。本当は腕を広げて俺から抱きしめるくらいのことはしたいのに、なかなか体は思うように動かない。
完全に受け身で固まっている俺を、大和は正面からゆっくりと抱きしめた。
温もりに包まれると、カチコチだったのに少しだけ力が抜ける。力が抜けたついでに、俺も広い背中に腕を回した。
「癒しだ……」
「疲れてるんじゃねぇか」
体重をグッと俺にかけながら肩に鼻を擦り付けてくる大和の頭を撫でてやる。ずっと勉強してたら疲れるに決まってるよな。
俺なんかじゃ全く力になってやれない。
そんなこと言ったら「それは違う」って怒られそうだけど。
顔上げた大和と、至近距離で目が合う。
長いまつ毛に囲まれた綺麗な瞳に、俺が映ってる。表情までは確認できないけど、きっと今の俺は、真っ赤な顔で引き攣った表情をしているんだろう。
ほんの少し。
あとほんの少しだけ動けば、唇が触れる距離だ。
そのまましばらく見つめ合って、大和は離れていった。
(……またできなかった……)
温もりが残るエプロンを、往生際悪く握りしめる。
あと数ミリ俺から動けたら、大和は絶対受け入れてくれるのに。
(あの時はノリで出来たけど……冷静になるとやっぱ恥ずかしい)
大和はとにかく距離が近いやつだったのに、ふれあいが前よりぎこちなくなってしまった。
自然に体が触れ合ったらすぐ離れて、触りたい時はさっきみたいに許可を求めてくる。
付き合う前の方が恋人っぽかったんじゃないかと思うくらいだ。
本当は全部、俺からすればいいだけの話だけど勇気がでない。
どうしたら、もう一歩大和に近づけるだろう。
「蓮、今日泊まってかない?」
「え」
「服なら貸すから」
急展開だ。
え、今そんな流れだっけ? 心読まれた?
一体どうしてそうなったんだ大和?
明日はクリスマスイブで、でも大和は塾で忙しくて、泊っても朝はゆっくり一緒に居られなくて。
(でも、バイト終わった後……夜、は……長い
……?)
俺はぐるぐる考えながらも表情には出なかったらしい。コクコクと頷く俺に大和はいつも通り笑っていたし、店に出ても誰にも何も言われなかった。
それでも、バイト中よくミスしなかったなってくらいパニックだった。
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