表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/33

気持ち

「好き?」

「安心するし、隣にいると楽しいし、他に友達居ないから喋るなって言われても困らないし。大和と会ってから、友達って本当は良いもんだったんだって思うようになった」


 考える間もなく、頭の中に浮かぶ言葉を端から言っていく。謝ってほしくない、お前が一番だって分かって欲しい。

 でも、大和の表情は月が隠れた空みたいに曇ってしまった。


「友達……」

「お前は違うのか?」

「違う。ごめんね蓮。全然違うんだ」


 大和は顔を強張らせ、ベンチから立ち上がる。

 ジリジリと後ずさりし始めたので俺も慌てて立ち上がった。もし逃げられたら、俺では大和に追いつけない。


「君と僕は、好きが違う」

「好きに違うもなにもないだろ! 俺は、お前が一番大事で、お前だけが友達でいてくれたら他のやつなんてどうでも良いのに!」


 話がちゃんと終わるまで返さない。そんな気持ちで手首を掴むと、大和の目の端にふっくりと雫が湧いてきて。

 零れ落ちた。


「違うよ」


 ライトに照らされてキラキラと落ちていく涙に胸が軋む。俺は何かを間違えて、また人を傷つけたらしい。

 でもあの時みたいに正解を教えてくれる第三者はここにはいない。自分で聞いて、誤解があるなら自分で訂正しないと。


 逃げそうになる心と足を叱咤して、俺は手首を握る手に力を込めた。


「何が違うんだよ」

「なんでもない。嫌われたくない。余計なこと言った、ごめん。もう一生言わないから、同じ好きになるように頑張るから。やっぱり一番の友達でいて。僕、僕、迷惑かけな」

「大和」


 俺は手を伸ばして、濡れて冷たくなった頬に添える。

 本音を覆い隠そうとする弾丸トークがピタリと止まった。

 親指に伝う雫をガラス細工に触れるように拭い、俺は出来るだけ柔らかく聞こえるように語りかける。


「嫌いにならないから、言ってくれ」

「なるよ」

「俺だって、お前に無理させたくない。無理に友達でいて欲しいわけじゃない」

「……っ蓮」


 大和の長い片腕が俺の腰に回る。ギュッと体をくっつけて、肩に顔を埋めてきた。ワイシャツが濡れる感覚と共に、か細い涙声が耳元で聞こえてくる。


「気持ち悪いって、思っても言わないって約束してくれる?」

「する」


 力強く言い切ると、大和はしゃくり上げながら言葉を紡ぐ。


「僕、蓮といっぱい一緒にいて、い、いっぱい触れ合って……ずっとくっついていたい」

「俺も」


 声を出すたびに胸が動いて肩が揺れて、子どもが泣いてるみたいだ。

 俺は手首から手を離して、広い背中に両手を当てた。さすってやると、大和は言葉通り両腕で強く抱きしめてきた。


「一番になりたい」

「一番だよ」


 なんとなく、分かってきた。

 今まで友だちがいなかったから気づかなかった。

 名前のわからないこの感情は、友情とは少し違ってて。たぶんもっと、ややこしいやつ。


 大和は俺より先に自覚して、ずっと悩んでたんだ。

 最近までの素っ気ない行動は、全部俺に嫌われないようにするためだった。他にどうすれば良いのか分からなかったんだよな。


 俺もきっと、順番が違ったらそうだった。


「お前が思ってること、全部教えてくれ」

「他の人と話さないで欲しい。僕だけを見てほしい」

「そうしたい」


 お互い以外いらないんだと言いたいけれど、実現できると信じ込めるほどお互いに子供じゃない。


 俺が頬を黒髪に擦り寄せると、大和が鼻の赤い顔を上げた。

 涙で輝く目が綺麗で、そこに写っているのが今だけは俺一人なのが嬉しい。


「特別なんだ」

「うん」


 俺は大和だけ、大和は俺だけを見ている。

 こんな距離じゃ、他のものなんて見えはしない。


 音ももう、木のざわめきも川の流れも何も耳に入らない。大和の息遣いと、どちらのものかも分からない心臓の音しか聞こえない。


 なんでだろう。どちらかが合図したわけでもないのに、俺たちは目を閉じた。

 顔の体温が更に近づいて、ふわりと唇を重ね合わせる。


 すぐに離れたから目を開けると、ライトの光だけでも分かるくらいに大和が真っ赤になっていた。


「紅葉に負けねぇな」

「蓮もだよ。明るいところで見たかったな」

「夜で良かった」


 熱い頬を合わせて、もう一回キスをする。

 ファーストキスはレモン味なんて誰が言ったんだ。

 唇が触れるだけで味なんかしやしない。

 でも、触れるだけでも幸せで。脳が甘く痺れてきた。

 体の全部が脈打っていて、もう何が何だか分からない。


「あ」


 薄く開いた目の端に光が差し込む。雲が流れて半月が顔を出していた。

 俺は大和を抱きしめ直して、今まで見たことないほど鮮やかな輝きに目を細めた。


「本当だ。月、綺麗だな」

「蓮と見てるからね」


 金髪を撫でてくれる手が心地良いけど、サラリと告げられた言葉に思わず口元が緩む。


「お前、意外と気障だな」

「……ネットで『月が綺麗ですね』って調べて」


 って照れ臭そうに言ってきたから、俺は言われた通りにスマホを取り出した。


「え、今!?」


 大和が目を丸くして慌てたけど、俺は腕の中で指を動かした。

 情緒のかけらもないが、気になって仕方がない。「月が綺麗ですね」に大和が言いたいことが詰まってるはずだ。


 そして検索した俺は、大和の腕からすり抜けてその場にしゃがみ込んだ。


「れ、蓮?」


 視線を合わせようと腰を落とした大和の頬を掴んで、俺はまた唇を奪う。


 分かるわけない。伝わるわけない。


 これで「I love you」になるなんて、察し能力レベルMAXだ。


「もっと分かりやすく言えよ」

「ちょっとカッコつけたくて」


 気持ちは分かるけど相手を考えろ馬鹿、なんて言えないまま。

 俺たちはひとしきり笑い合った。

お読みいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ