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文字食い虫

作者: 林泰寧

 五月一日(金)

 新しい月の初めはそれこそ何もない、ごく普通の一日になると思われていた。今日も秀美の作ったブルーベリーのジャムサンドを台所で食べて茶を飲み、ホコリを取ってある黒のスーツに腕を通し出勤しようとしていた。だがそんな優しい朝も、秀美の悲鳴により吹き飛ばされてしまう。

「ぎゃっ!?」

 慌てて台所に駆けつけると、そこには青黒い背と長い触角の虫が動めいていた。文字食い虫だ。やはり秀美もそれを見て、泡だらけの手袋に皿を持ったまま腰を抜かしていた。

 文字食い虫なる者が現れては、引いてはこの小説(せかい)の存続の危機ともなり得る。故に発見したのなら、迅速に駆除しなくてはならないのだ。

 斯くして、文字食い虫との戦いの火蓋が切って落とされた──


 五月二日(土)

 さて、(ふみ)食い虫の現れてから困難の開始はとても早かった。最初に棚の本はよく噛むわ家に来たチラシも噛むわ、それはもう悲惨なくらいには何もかも食い荒らされていた。

 所て、ここまて読んて気か付いたことはないたろうか。そう、たく点並ひに半たく点か使われていないのてある。これか(ふみ)食い虫の恐ろしい所て、うっかりそれに食われた()しは表けんてきなくなるのた。したかって上の(ふみ)ては食われた点たちを使わす、意味の通るよう配慮しなから書いておいた。ああ、気てもきかいそう。新しい点の補しゅうにもまた少し()()はかかるらしい。


 五月三日(日)

 今日ハ文字食イ虫ガ三匹モ現レタ。掃除機ノ吸ウ所デ叩イテモピンピントシテオリ、ヤハリヤケニ強イ。途中デ殺虫剤デモカケヨウカト思ッタガ、部屋中悪臭トナルノハ避ケタカッタノデヤメテオイタ。

 ナンダカコウ書イテイルト、マルデ戦前ノ文章デモ読ンデイルカノヨウナ感覚ニナル。コレデ歴史的仮名遣ト文語体ダッタラ、間違イナクソレッポカッタノニナァ。ヒラガナハ用意シテイル最中デ、マダマダ使エルホド揃ッテハイナイ。


 五月四日(月)

 先日に続き、今日は五匹も虫が現れた。取り敢えず家中の本棚には覆いをかけ、簡単には文字を食われないよう可能な限り工夫をしておいた。だが帰宅後、うっかり安心して電視を点けると例の虫の残党が現れ、映像の中の文字を一気に食べてしまったのだ。こりゃあまずいと思ったのも束の間、たちまち片仮名という存在は我が家より抹消されてしまった。

 しかし、ほら。倶楽部(くらぶ)とか珈琲(こうひい)とか、漢字で書けるものは特に問題ない。


 ごがつ いつか かようび

 きのうのきょうで けいかいしていたのに、こんどは ななひきも あらわれて かんじを すべて たべられてしまった。かんごこそ ぶじではあるが、これでは しまりもなく たいへんよみにくいうえに、どうおんいぎごも つかいにくくなる。あっ、そうか。カタカナをつかえばいいんだ。

 カレーをたべる ひでみのすがたは たいへんカレイである。おっと、これはかんじがつかえなくなったからで(かきかけ)


 五月六日(水)

 今 は虫が七匹いた。計算してみ 気 つ  こと゛ 、 うも の数 奇   増え  るら   それより      も   一度使  文字 消   く ゃな   古礼邪抹卓不便駄加羅これじやまつたくふべんだから 漢而(かんじ)伝書事爾史多(でかくことにした) 打雅室天居留喪自丹藻だがしつているもじにも限界賀阿流科乱(げんかいがあるから) 時間之問題哉 爽伊江馬(そういえば)筒井康隆乃小説仁つついやすたかのしようせつに根奈作品圧多木我須琉こんなさくひんあつたきがする


 皐月七日の木曜日

 今日は九つ虫あり。週の末の近ければいと嬉しきと思ふべきを、かの虫のために未だ心休まらず。朝より今つ代の(こと)を使はれぬ故に、(わざ)の仲間とも()語らず。かつて女手なき日に「(いにしへ)の仮名遣ひと古言(ふるごと)さへあらば」と書き造りしかど、此は漢書(からぶみ)の様ならず和文(やまとぶみ)の様なれば、趣は異なりていとわろし。

 あな虫よ、疾く我が家より去に給へ。


 平成四年夏五月甲申

 今日有十一虫きんじつじふいちのむしありて悉食仮名ことごとくかなをくらへり故非和文(ゆゑにわぶんにあらず)唯以漢字記事也ただかんじのみをもつてことをしるすなり

 我帰宅時われのたくにかへりしとき虫已食書むしすでにしよをくらへり其時無殺方そのときころすはうなく思曰(おもひていわく)已矣哉(やんぬるかなと)」。而秀美乃起しかるにひでみすなわちたちて以菜刀舞(さいたうをもつてまふ)虫被両断(むしりやうだんせられ)我黙然而止われもくぜんとしてやむ其舞猶項王そのまふことなほこうわうのごとし秀美曰(ひでみいはく)願以後無虫現ねがはくはいごむしあらはるるなかれと」。秀美雖強ひでみつよしといへども我甚弱矣(われははなはだよわし)噫何不自嘆哉ああなんぞみずからなげかざらんや而謝秀美しかうしてひでみにしやす

 於是欲久読史記ここにおいてひさしくしきをよまんとほつす少時好読わかきときこのみてよめり


 Saturday, May 9

 Kyo wa 13 pikimo arawarete, koko sujitsuno nakadewa mottomo TAIHEN na ichinichi datta. Somosomo kono Mojikui-mushi tokaiu fuzaketa yarou-domowa doushite mojibakari taberunodarou. Soreni mojino naniwo eiyouto shiteirunokamo nazodearu.

 Hiragana, Katakana, Kanjiga tsukaenainode, kyo bakariwa romajida. Takuboku Ishikawano ROMAZI NIKKIwo omoidasunah.









 五月十一日(月)

 昨日は全ての文字を食べられていたので一時はどうなるかと思ったが、秀美が業者のチラシを見つけてくれたおかげで文字食い虫の発生を食い止めることができた。例の虫は一度でも現れたら終わりかと今まで思っていたが、こんな業者がいるとは大変ありがたいものだ。

 今日は虫騒動からの解放記念日として、近くのレストランで食事をすることにした。やっぱり秀美は食べるのが好kidanah.


(了)

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